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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第5章 交錯した世界

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第68話 フルパニックモード

桃花は黒柴の子犬姿のケルベロス、そして巨体のクマと一緒に、十文字村の一角に建つ一軒の店へと案内されていた。



店の名は「Treatment Light」。



そこは「エルフ」であるフィオンが営む薬屋。

店内は、静謐な外観を裏切らない、木の温もりに満ちた空間だった。


椅子に腰を下ろした桃花とケルベロスは、その心地よさに身を委ねながら、エルフという種族について言葉を交わしていた。



その時——



店の奥へと下がっていた店主のフィオンが、静かな足取りで戻ってきた。



「お待たせしました……こちら、お茶です。どうぞ」

「あ、わざわざありがとうございます。い、頂きます……」



テーブルの上に置かれたのは、茶葉の緑が美しく透き通る、丁寧に淹れられた緑茶。

それをゆっくりと一口含んだ瞬間、豊かな香りと温かさが全身を巡り、桃花は思わず小さな息を漏した。


張り詰めていた肩の力が、ふっと解けていく。



「……っはぁ。美味しい、やっぱりお茶は落ち着くなぁ……」


「あ、それと熊さん。下に敷くシートです。これしかなくて……申し訳ありません」



そう言ってフィオンが持ってきたのは、どこにでもある無骨なブルーシート。



「いや、大丈夫だ。それで構わねぇべ……」



クマはそう言いながら、差し出されたブルーシートを受け取ろうと太い腕を伸ばす。



「はいぃぃっ!?」

「おわっち!? な、何だべっちゃよ! 急に大声出してからに!びっくりしたっちゃー!」



フィオンの喉から引き絞られたような突然の大声に、クマは驚いて飛び上がる。



「熊っ……!」



フィオンの様子が、先程までの楚々とした態度から一変した。

目を限界まで見開き、後ずさりしながら激しく動揺する彼女を見た桃花は、「?」と首を傾げた。



——次の瞬間。



「……熊が喋ったぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

「いや気付いてなかったんかい!!」



桃花のキレの良いツッコミが、完璧なタイミングで静かな店内に響き渡る。



「しかも、すっごくイイ声ぇぇぇぇーーーー!! 」



この流れ。



フィオンが自分の店に招き入れた時点で、「事情は察している」ものだと、全員がそう思っていた。


エルフ特有の鋭敏な感覚で、ただの犬や熊ではないことを見抜いたのだと。


……だが、現実は全く違っていた。

何も気づいていなかったようだ。


一同の思考が、この絶望的なすれ違いに追いつけずにフリーズする。



「あ、あれ? アタシ、もしかして……この子のこと、買い被り過ぎてた……のかしら?」



この状況に、思わずケルベロスがポロッと呟いた瞬間——



「いいっ!? 犬も喋ったっ!? なんでぇぇぇぇーーーー!?」



フィオンのパニックが、更に一段階ギアを上げた。



「あなた何も気付いてなかったんですか!? なんでぇぇ!?ってのは、逆にこっちのセリフだよぉ!」

「まさかこの子、全く気付いてなかったなんて……流石のアタシも驚きよ」

「オラも驚きだべさ。この女、何か裏があってオラたちをここさ招き入れたのかと思って、ちょっと警戒してたのによ……」



この事態に、桃花やケルベロスはもちろん、人質同然のクマまでもが感情を共有していた。



「ひえぇぇーーっ!! 犬と熊がっ!? ふ、普通に会話してるぅぅぅーーー!!?」



事態を理解した側の三人と、理解してパニックに陥る側の一人。


その場にいる全員が、それぞれの理由で困惑し合うという、なんとも奇妙でシュールな空間が生まれていた。


フルパワーで混乱しているフィオンは、言動や挙動にまでその影響が出てきていた。



「とっ、とととにかく!? 皆さん!? いいい一旦落ち着きましょうや! 今、おお、お茶をお出しますのでへっ!? あら? メタノールの方がいいでっか!? それともっ! りゅ、硫酸?」


「いや、お茶はもう出てるわよ。落ち着くのはアンタの方でしょ。というか、メタノールや硫酸とか、そんな物騒なもの出さないでよ。殺す気?」


「一人で勝手に騒いでんのも、おめぇだけだしな」



思いのほか、ケルベロスとクマは冷静である。

桃花もフィオンの取り乱しように驚いてはいるが、彼女ほどではない。



「ね、ねぇ、まずは私と一緒に深呼吸しよ? ね? そうすれば落ち着きますよ」

「んえっ! あれ、うん! は、はひ!?……え、ぇ?」



完全に取り乱して震えるフィオンを見かねて、桃花はそっと彼女の手を取る。


そして、お互いに向かい合い、ゆっくりと呼吸を合わせていった……。

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