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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第5章 交錯した世界

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第66話 Treatment Light

「十文字村」



山賊のクマが所属している犯罪組織——その頭領である「熊坂長範」のアジトがあるという村に辿り着いていた。



するとその時——



村人である一人の美少女が、どこか儚げな足取りで近づき、恐る恐る桃花へと声をかけてきたのだ。



「えっと……この村に、何かご用でしょうか? その……あまり、ここで騒がないほうが……」



少し怯えた様子ではあるが、勇気を振り絞ったのであろう。

微かに震えるその声が、張り詰めた空気を優しく解いていく。


薄い金色の髪をサイドテールに結った彼女は、桃花と同じくらいの背丈で細身。

そして、どこか守ってあげたくなるような、そんな可憐さを纏っていた。


気の強いタイプではなさそうだが、その瞳には強い意志の光が宿っており、必要なときには一歩踏み出せる——


そんな印象の美少女であった。


だが桃花は、ここで奇妙な違和感に胸を突かれる。

美少女の目の前には、巨躯な熊がいるというのに、なぜかそこまで強い恐怖を抱いていないように見えたからである。


どちらかといえば、同性である桃花に対して、どこか緊張した視線を向けているようであった。



「すみません! お、お騒がせしました! 大丈夫です! 怪しい者ではありませんので!」



桃花は反射的に頭を下げ、目の前の美少女へ謝罪の言葉を紡ぐ。

けれど、その謙虚な姿がかえって周囲の村人たちの動揺を煽ってしまった。



「は!? いやいや! 全然大丈夫じゃないっての! 謝ってる場合じゃないよ! 早くその熊から逃げなさいって!」

「おい『フィオン』さん! あんたも危ないよ! そこにいたらやられちまうぞ! なんで自分から近づいてんだい!?」



村人たちの悲鳴のような忠告に、「フィオン」と呼ばれた美少女は静かに首を横に振った。



「いえ、私は大丈夫です。昔から森の生き物たちとは仲がいいので。ご心配なく」



彼女は、村人たちを安心させるように一度微笑むと、再び桃花たちへと向き直る。

その眼差しは、鋭く何かを見抜こうとしているようにも見えた。



「あ、あの……。いきなりで失礼とは思いますが……。“普通ではありませんよね” その、ワンちゃんと熊さん」


「え?」



その一言に、桃花とケルベロスは内心で息を呑んだ。



「た、確かに普通ではないですが……。でも、どうしてそれが?」



疑問に思ったことを、そのまま口にする桃花。



「……」



状況を見極めるためなのか、珍しくケルベロスは黙ったままだ。

それに合わせてか、クマも同様に大人しくしている。



しばしの沈黙のあと——



フィオンは、少し考えるように視線を落とし、やがて意を決したように続けた。



「……何か、事情がおありのようですね。もし宜しければ、私のお店まで来ませんか? 立ち話もなんですし、ゆっくりお話を伺いたいのですが……もちろん、そちらのワンちゃんと熊さんもご一緒に」


「えっ? あなたのお店に、ですか?」



思わぬ提案に、桃花は声を上げる。



「……」



すると、足元にいたケルベロスが桃花の着物の袖をぐいと引き、彼女をしゃがみ込ませる。

そして冷静に、そっと耳打ちをした。



「……桃花ちゃん。ここにずっといても仕方ないわ。それに、あの子から何か情報が得られると思うの。行きましょう」


「あ、う、うん……そうだね。クマさんも、それでいいよね?」


「……ああ。オラも、気になることがあるっちゃ」



クマの歯切れの悪い返事に、どこか微かな引っかかりを覚えつつも、桃花はフィオンの誘いを受けることにした。



「はい。では、お邪魔しますね……」


「こちらです。すぐそこですので、行きましょう」



フィオンの背中を追って村の中へと進む一行。


心配そうに見送る村人たちに、彼女は丁寧に会釈を返し、その場を収めていく。

その誠実な振る舞いは、彼女がこの村でどれほど信頼されているかを物語っていた。


案内される途中も、窓越しや物陰から村人たちの視線が突き刺さる。

するとその時、一人の男性が心配そうにフィオンへ声をかけてきた。



「……おい、フィオンちゃん。本当に大丈夫か? 今のところ、その熊は大人しいようだが……」


「はい。大丈夫ですよ。ご心配かけてしまい、すみません」


「い、いや……フィオンちゃんがそう言うなら……。でも、何かあったら俺にすぐ言えよ」


「はい。ありがとうございます。そうしますね」



そう言って、ニコッと微笑み、軽く会釈してから再び歩き出す。


外にいる村人たちは、ずっと桃花たちをジロジロと怪訝そうに見ていた。

その視線に、桃花がたまらず身を縮めていると、それに気付いたケルベロスは、すかさず静かに声をかける。



「桃花ちゃん。そんなに不安にならなくても大丈夫よ。確かに村人たちはアタシたちを不思議そうな目で見てるけど、特に何もしてこないでしょうし、心配はいらないわよ」

「う、うん……大丈夫だよね」


「それに、このアタシがいるのよ? 問題ナッシングよ♪」

「ふふっ……確かにそうだったね。安心した」



頼もしい相棒の言葉に少しだけ肩の力を抜いたところで、一軒の店の前へと到着した。



「ここが、私のお店です。どうぞお入りください」



店の看板には、流麗な文字でこう記されている。



—『Treatment Lightトリートメント・ライト』—



扉を開けると、小さな釣鐘が「カラン」と涼やかな音を奏で、一行を迎え入れた。



「お、お邪魔します……」



桃花がフィオンの後ろに続いて入った瞬間、背後で「ぐ、せ、狭いべよ……」というクマの呻き声が響く。


それもそのはず。


全長三メートルを超える巨大なクマの身体には、入口も店内もかなり窮屈だ。


それでも巨躯を無理やり折り畳み、なんとか這いずるようにして中へ入る。

その姿は滑稽というよりは、精緻なガラス細工の箱に岩石を詰め込むような、危うい圧迫感を場に与えていた。


そして店内に入った瞬間、桃花は思わず息を呑んだ。


そこは驚くほど整理整頓が行き届いた、清潔な調剤室があった。


磨き上げられた作業机には、蒸留器や乳鉢などの調剤器具が美術品のように整然と並び、壁際の棚には色とりどりの生薬や薬瓶が、まるで兵隊のように隙なく綺麗に整列している。


その空間には、清涼な薬草の香りと凛とした静寂が満ちていた。


だが、そのあまりの清潔さに桃花は、自分の泥のついた靴が床を汚してしまわないかと、落ち着かない様子で、そわそわと視線を彷徨わせた。



「そちらの椅子へお掛けください。今、お茶をお持ちしますので。熊さんは……あいにく座れる椅子がありませんので、床に敷く物を持ってきますね。少しお待ちください」


「え、あ、いや……。お、お構いなく〜」



桃花の制止も聞かず、フィオンはパタパタと軽い足取りで店の奥へと消えていった。


静まり返った店内に、薬草の爽やかな香りと、煮炊きされる釜の微かな音だけが残る。


ここが、十文字村にある薬屋。

あの犯罪組織「熊坂長範」の拠点である「倍金ばいきん」なのか。


だがその店内は、あまりにも清らかで、あまりにも「薬屋」としての誇りに満ち溢れている。


桃花は、隣で居心地悪そうに小さくなっているクマと、鋭い視線で店内を分析しているケルベロスを交互に見る。


そして、これから始まるであろう対話に、言いようのない緊張を感じていた。

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