第65話 ファーストコンタクト
「今更だけんどよ……おめぇ、一体ナニモンなんだっぺよ?」
ケルベロスに向けてクマが放った素朴な疑問は、村の入口に妙な響きを残した。
それを隣で聞いた桃花は、真剣な面持ちでクマへと振り向く。
「ナニモンって……一応言っとくけど、ケルちゃんはデジタルなモンスターじゃないからね? 似てるかもしれないけど」
「?」
「?」
ケルベロスとクマの動きがピタリと止まり、同時に桃花を見た。
「……何言ってんだおめぇ?」
「……あ、あのね桃花ちゃん? コイツはね。アタシのことをそういう意味で言ってるんじゃないわよ?……というかアタシ、“デジタルなモンスター”に似てるの?」
突然、その場に全く似つかわしくないことを口にした桃花に対し、二人は呆れる以前に意味不明といった状態であった。
「え? じゃあポケットに入るモンスターってこと? あ、それともデュエルするモンスターの方かな?」
「いやいや、違うわよ……そういうことじゃなくてね。というか、よくそんな情報知ってるわね。アタシ、なぜか心の奥底に不思議な懐かしさを感じちゃってるわよ」
妙なところで感心し、尻尾を振るケルベロス。
一方、そのあまりに噛み合わないやり取りを目の当たりにしたクマは、呆れ果てたように溜息を吐き出した。
「……あのよ。なんでオラが、ここでいきなりそんなこと聞くんだよ。おめぇってさ……周りから天然って言われたりしてねぇか?」
「ななっ……! し、失礼な! 私が天然!? そんなわけっ、ないでしょぉ!」
聞き捨てならない事を言われた桃花は、ムキになって反論する。
「いや、だってよ。オラはそういう意味で聞いたんでねぇのに、思い込みでいきなり関係ねぇこと言い出してくっからよ。一体なんの話を始めてくんだって思っちまったべっちゃ」
「じゃあ! だったら何よ! どういう意味なのっ!」
まさか、喋るクマに天然扱いされるとは思ってもみなかった桃花は、珍しく語気を強めて詰め寄る。
「は? おい嘘だろ? おめぇ、マジでわかってねぇのか? やっぱしマジモンの天然でねぇかや。なんなら天然通り越して絶滅危惧種まであるか?」
「クマさんにそこまで言われたくないよぉ! それ言ったら普通に喋ってるクマさんの方が絶滅危惧種じゃん! なんならそっちこそ、茶色いクマモンでしょうが! 中に人でも入ってるんじゃないの!? 背中にチャック付いてるんでしょ!? 引きずり出して中身を暴いてやるっ!」
そう言って桃花はクマの背後に回り込み、背中の皮膚を思いっきり引っ張る。
「あいだだだっ!! やめれっちゃ!! 背中引っ張るでねぇ!! 千切れっちまうべさ!! オラは本物の熊だっぺ!! チャックなんかねえっつうの!!」
そんな中、収拾がつかなる空気を察し、黒柴姿のケルベロスが二人の間に割って入った。
「ね、ねぇ、桃花ちゃん。落ち着いて……」
「だってケルちゃん! このクマさんがっ! 私のこと天然とか絶滅危惧種って! ひどくない!? 」
ケルベロスは優しく、諭すような声で桃花を宥める。
「え、ええ……そうよね。でもね桃花ちゃん……コイツの言葉は訛ってるから、 ”ナニモン” とか “マジモン” みたいな、紛らわしい言い方に聞こえるかもいれないけど、言葉を正しく言うとね。コイツはただ、アタシが一体 ”何者なのか” ってことを、ただ聞いてただけなのよ」
「だってナニモンって!……ん? 何モン? え? ナニモノ……ぇ、ぇ?」
「わかる? “ナニモン” = “何者” という意味よ。ついでに言うと、“マジモン” は “本物” みたいな感じね。更に加えて言うと、"バカモン” は馬鹿者って意味」
「……ナニ、なに? もんモン? ばか何、まじ者……?」
一瞬、思考の歯車が空回りし、理解が追いつかなかったが——
「……………………はうあぁっ!?」
「アタシが言ってる意味、わかった?」
そして桃花は、やっと理解した……まるっと全部。
自分の壮大すぎる勘違いと、恥ずかしすぎる発言の数々を……。
「……そっ……そういうことかーーい!! なんで勘違いした私よーー!! 恥ずかしやーー!!」
桃花はその場に崩れ落ち、頭を抱えて絶叫する。
顔を両手で覆っているが、指の間から覗く耳まで、熟した果実のように真っ赤に染まっているのが一目瞭然だった。
「ぎゃははっ! おめぇ一体どうやったら、そんなぶっとんだ勘違いできんだっちゃよ! 想像豊かでオモシロイやつだなオイ! ケケッケ! ってか、背中痛え……。どんだけ引っ張るんだっちゃよ。ホントマジで千切れるかと思ったべ……」
「うぐっ……。そんなこと、喋る熊に言われたくないよぉー!」
「ま、アタシも今は、ただの喋る犬みたいなモンなんだけどね〜♪」
もはや、そこには緊迫したアジトへの潜入感など微塵もなかった。
まるで旅芸人のコントのような騒がしさに、周囲の村人たちが次々と足を止める。
彼らの頭上には、目に見えるような「?」が浮かんでいた。
しかし、その視線が二足歩行で立つ巨躯のクマを捉えた瞬間。
村の空気は一変し、凍りつくような緊張が村人に走った。
ざわざわ……。
一気に刺すような注目が三人へと集まっていた。
「お、おい……あれ、熊じゃないか!?」
「マジじゃねぇか! なんでこんなところにいるんだよ!?」
「大変だ! しかも隣に若い女の子がいるぞ!」
「ほ、本当だ! おい! そこのあんた! 早くその熊から離れろ! あんたの危険が危ないぞ!」
事態を誤認した村人たちは大慌てで、桃花に逃げろと必死に叫び声を上げている。
「……騒ぎすぎたわね」
ケルベロスは小さく舌打ちを漏らす。
「この状況は、ちょっとマズいわよ。熊坂長範に勘づかれて逃げられちゃうかもしれないわ」
「あ、ご、ごめんね……私がうるさくしたから……」
「……オラからしたら、危険が危ないのは、むしろこっちの方なんだけんども」
クマが自嘲気味にぽつりと呟いた……その時。
「……あ、あの……どうか、されましたか?」
恐る恐る、けれど透き通るような涼やかな声が、三人の間に割って入ってきた。
「え?」
「なっ!?」
桃花とケルベロスは、同時に声のした方へと顔を向けた。
すると、そこに立っていたのは——
整った顔立ちで、どこか消えてしまいそうな儚い雰囲気を纏った、可憐な美少女だった。




