第62話 「熊坂 長範」
「その山賊には、組織名があるんですわ……」
クマは全てを諦めたように、湿り気を帯びた声で白状した。
「それが……『熊坂 長範』だっべ。オラも、その組織のメンバーだっちゃよ」
「くまさか……ちょうはん? なんか人の名前っぽい響きの組織名だよね?」
桃花は不思議そうに首を傾げる。
その聞き慣れない名を、舌の上で転がすように脳内で繰り返した。
ここでケルベロスが前足を器用に顎へ添え、名探偵さながらの鋭い思索に沈む。
「敢えて、そうしたのかもしれないわね」
「敢えて?」
「意外性を狙い、日常会話に紛れ込ませても違和感がないようにしたのか。あるいは万が一の際、捜査を撹乱するためのものか……。いずれにせよ、食えない連中だわ」
「な、なるほど……。名前一つにも、そんな深い理由があるんだね……」
ケルベロスの見解に、桃花は感心したように頷いてしまう。
目の前のクマを見る目が、単なる「悪い動物」から「恐ろしい組織の一員」へと、認識が変わっていった。
「……ま、何も考えていない単細胞な連中って可能性も捨てきれないけどね。例えば、リーダーの名前をそのまま掲げているだけ。とかさ」
「!!」
その推測が投げかけられた瞬間、クマの巨躯が落雷に打たれたかのように、激しくビクッと跳ね上がった。
「……あ! そういえば関係ないけど……」
桃花が、ふと思い出したように言葉を差し挟む。
「会社の名前に自分の名前を使っている人とか、たまに見かけるよね。看板に大きく書いてあったりしてさ」
「確かにね。最近のトレンドかしら。でも、犯罪組織と健全な会社とじゃ、その名の重みも目的も天と地ほどの差があるわよ」
ケルベロスは即座に話を本筋へと引き戻し、再び針のように鋭い視線をクマへと突き立てた。
「ま、とりあえず組織名はわかったわ。それじゃ次。その組織の規模を言いなさい。何人いるの? 役割と分担は? アジトの場所は? 活動範囲と、それから……」
「あうっ……」
一気に畳み掛けられた問いの濁流にクマの思考は白濁し、言葉が喉の奥に詰まり、渋滞を引き起こす。
「ちょ、ちょっとケルちゃん! まずは一つずつ順番に聞こう? そんなに詰め寄られたら、クマさんだって答えづらいよ」
桃花が割って入ると、場を支配していた刺すような緊張が、わずかに和らいだ。
「チッ……確かに、そうね。少し口が先走っちゃったわ」
ケルベロスは軽く咳払いし、話を仕切り直す。
「じゃ、まず先に組織のリーダーの名前を聞こうかしら……と思ったけど、それはもうわかってるわ。次は……」
「え? なんで知ってるの?……って……。ん、ん?」
桃花が目を丸くした直後、ハッとしてクマの顔を見る。
「ええ。組織名と同じ『熊坂 長範』こそがリーダーの名前よね。アンタの反応を見て、すぐわかったわよ」
ケルベロスは、憐れみすら含んだ冷ややかな目でクマを見据えた。
「うぐ……そうだっちゃよ。よくわかったな。さっきの推理といい、名探偵ってのは伊達じゃねぇってことか」
「いや、アンタわかりやす過ぎるのよ! バカみたいにね! 隠し事のセンスがゴミクズ程度も感じられないわよ!」
「……私は言われるまで気付きませんでしたけどぉー」
その問答に対し、桃花は少し苦笑いをしてながら呟く。
ここでケルベロスは気を取り直し、一転して事務的で温度のない声でクマへの尋問を再開した。
「……ふぅ、続けるわ。端的に事実だけを述べなさい。アンタを含めて構成員は何人いるの?」
「……四人」
「意外と少ないわね。アジトはどこ?」
「この先にある……『十文字村』ってことだべ」
「十文字村?……そこって……」
その村の名前を聞いた瞬間、桃花は何か思い当たるように表情を変えた。
「どうしたの桃花ちゃん? 何か知ってる感じ?」
「うん。その村に、私が小さい頃にお世話になった人がいるって、前におじいちゃんとおばあちゃんが話していたのを聞いたことがあって……」
「あら、そうなの? 奇遇ね」
「あ、ごめんね。今は関係ない話だった。それだけだから、続けてケルちゃん」
桃花は自分を律するように首を振り、再びクマへと向き直った。
ケルベロスは「そう?」と短く頷き、クマへ最後の引導を渡すかのように、一歩踏み込んで問い詰める。
「……で、その十文字村のアジトに、拠点となる建物はあるのかしら? あるなら、どんな建物?」
「お、表向きは普通の平屋で……薬屋を営んでるんだっちゃ」
「その薬屋の名前は?」
ケルベロスは眉根を寄せ、その「店」の名を暴くべく、冷徹に言葉を促した。
「……その、薬屋の名前は——」
そしてクマは重い口をゆっくりと開き、呪文のようなその名を口にする。
まるで、その名を口にすること自体が、禁忌であるかのように——




