第61話 賊
「さぁ、どうなの? 黙ってちゃ何もわからないじゃない。それとも、事実だから反論できないってことかしら? ねぇ、どうなの!」
「!!」
ケルベロスの声が一段と鋭さを増して響く。
三つ首すべての視線が、土下座するクマへと突き刺さり、その巨躯を情けなく震わせる。
その覇気に圧倒され、クマは言葉を詰まらせながら視線を泳がせている。
クマの狼狽ぶりは、ケルベロスの推理が、限りなく「正解」に近いことを雄弁に物語っていた。
「ねぇ、クマさん。本当のこと言ってくれる? 大丈夫、何もしないから」
桃花はクマの前に静かに膝をつき、子供に言い聞かせるような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
だが、その瞳の奥には、拒絶を許さない意志の強さが宿っている。
クマはしばらくの間、自身の影を見つめて沈黙していたが、やがて重い鎖を引きずるように口を開いた。
「………………ああ、そうだ。今の話、全て当たってるべ……全部な」
「……は? ウソ? 全部当たってるの?」
クマの言葉にケルベロスは一瞬自分の耳を疑い、つい聞き返してしまう。
「ああ、そうだべ。一つの間違いもねぇ……完璧だっちゃ」
自らの推理が「名探偵」のごとく的中したことを知り、ケルベロスの表情に隠しきれない歓喜が広がる。
「……まさか、アタシが言ったことが全部当たってるなんて、ちょっと信じられないわ……でも凄くない? あの推理マンガやアニメで大人気の『名探偵 乱歩ドイル』みたいじゃない? アタシって天才だったのかも!」
驚きよりも、推理を的中させた高揚感が勝り、ケルベロスは尻尾を振らんばかりに喜びに浸る。
「う、うん。私も、まさか全部が当たってるとは思わなかったよ」
二人は顔を見合わせ、予想以上の事実に、戦慄にも似た驚きを共有した。
その異様な盛り上がりを目の当たりにし、クマは再び死の予感に怯え始める。
「も、もしかして……オラ、やっぱり殺されるんか……?」
事実が明るみに出たことで、先ほど交わした「もう悪さはしない」という約束が反故にされてしまうのではないか。
そんな絶望が、クマの曇った瞳にありありと浮かんでいた。
「……いいえ」
桃花は透き通った声で、きっぱりと首を振る。
「クマさんは私たちに、もう悪いことはしないと誓ってくれたし、正直に話してもくれた。だから私たちはそれを信じるし、これ以上、危害を加えることはしないよ」
「フン! 桃花ちゃんがそう言うなら仕方ないわ。何もしないであげる」
鼻を鳴らしつつも、ケルベロスはどこか上機嫌である。
「それに、アタシの推理が当たっていたことが、なんだかとっても嬉しいの♪ 謎の高揚感に満たされていて、すっごく気持ちイイわ♡ これは、なかなか味わえない感覚ね〜♪」
その言葉を聞いた瞬間、クマは一気に力が抜けたように、ふにゃっと崩れ落ち、心底からの安堵がその表情に滲み出る。
——だが。
「ただ……」
ケルベロスの声の温度が一瞬で氷点下まで急降下し、三つ首の目つきが一斉に鋭く光る。
「その話が事実だと判明した以上、アンタの背後にいる連中や、グルになっている組織や賊どものことを一つ残らず全部、話しなさい」
「え、なんで!? い、いや……そ、そそそれだけは……勘弁してくだせぇ……」
再び顔色が変わり、またクマは焦り始め、必死の拒絶を試みる。
「ねぇ、クマさん。これだけの事実が明らかになった以上、私たちも知らないふりはできないし、ここで終わりというわけにはいかないよ」
桃花も静かに、けれど逃げ場を塞ぐように言葉を重ねる。
「これ以上、悲しい思いをする人を出さないためにもね。だから、教えて」
「アンタさ、今の自分の立場わかってんの? 無事に帰りたいのなら素直に言いなさいよ」
ケルベロスが、三つの口で同時に、不気味なほど艶やかに微笑んだ。
「!……」
クマの心臓は、安心と恐怖の間で激しく乱高下を繰り返しており、消耗が激しい状態だった。
それに加え、ケルベロスの圧力による精神的ダメージ。
そして、桃花に思いっきり吹っ飛ばされた身体的ダメージ。
それらが全て重なり、今この場で「仲間を売れ」と言われているような感覚に陥っている。
だが、クマがやってきたことは紛れもない犯罪であり、人に迷惑をかける行為に他ならない。
今ここで行われていることは、決して間違ってはいない。
「どうしても……い、言わねぇと、ダメですかいの?」
「当たり前じゃない。もし言わなかったら、アンタのこと捩じ切って、切り落として、すり潰して熊鍋にして食べちゃうかもよ〜?……桃花ちゃんがね♡」
「うん。え、え!? 私が!?」
突然話を振られて目を丸くして驚く。
「だって桃花ちゃん。コイツのこと熊鍋にして食べたがってたじゃな〜い?」
「それはそうだけど……熊鍋じゅるり」
桃花の瞳が、本気の「食欲」を宿してクマを捉える。
「アヒィィェーーーエッ! っぐぅ……!」
熊鍋という言葉に反応し、またしてもイカれた絶叫を出しかけた瞬間——
ギロリ!
鋭いケルベロスの視線に射抜かれ、クマは慌てて両手で口を塞ぐ。
「!……ぷはっ! オ、オラに危害は加えねえんじゃなかったのかよ!? 話が違うっぺ!」
「危害は加えないわよ。さっさとアンタが仲間のことを話せば、それで終わりなんだけど?」
「み、見逃してくれるんじゃねぇのかよ!? 」
今度は桃花へと視線を向け、縋るように訴える。
「う〜ん。見逃すには見逃すよ……でも、だからと言って、何も話さないまま帰すわけにも、いかなくなったよね?」
「ク、クソッ……!」
危害は加えない。
見逃すとも言っている。
だが、その背後にある強制力は暴力的ですらあった。
クマの正体を知ってしまった以上、二人が大人しくクマを帰す気などないことは明白だ。
逃げ場なし。
もし、これ以上の抵抗をしようものなら最悪、本当に熊鍋にされてしまう可能性も再浮上するかもしれない。
クマの脳内で、熊鍋にされる確率が秒刻みで上昇していく。
唯一、解放される道は、犯罪に関わっている仲間のことを全て洗いざらい話すことだけ。
それ以外の選択肢は残されてはいなかった。
「というかさ、そもそも今のアンタに拒否権なんてないのよ。この状況見てわかんないの? アタシ達はアンタに、“お話してくれる〜?”って、優しくお願いしてるんじゃないのよ……」
そして、語尾を強め——
「話せ!って言ってるのよ!」
ドスンッ!
ケルベロスはクマの目の前へと前足を大きく踏み出し、大地を震わせて迫る。
その瞬間、三つ首の口から黒炎が吹き出す。
「オンギャアアエェェーーッスォォイィヤッ!! 話す! ぜ、全部、話しますから! ヤメテェェイヤァァァァーーーーン!!」
完全に観念したクマは本気で怯え、涙目で叫びまくる。
「フン! さっさとそうすりゃいいのよ! というか、うるさい! 黙れ!」
「いや、ケルちゃん。確かにうるさいのはわかるけど、今から話を聞くのに黙れって……」
桃花は苦笑いを浮かべる。
そしてクマは、ようやく本当に観念して語り始めた。
「……オ、オラの仲間は……おめぇがさっき言った通り、人間だ」
一瞬、間を置き。
「その人間は、この辺りを縄張りに活動してる組織の『山賊』だよ。オラも、そこに所属してる」
「え? 山賊って……」
「ええ。ラウムが話してたことね」
望郷街を出る際、Devil’s Doorのイケメン悪魔のラウムから聞いた情報。
彼が言っていた“山賊出没”のことである。
それはきっと、このことであると二人は即座に理解した。
「山賊、とうとう現れてきたわね」
「でもまさか、出会った山賊が人間じゃなくて、クマさんだとは思わなかったよ。というか、山賊に遭遇することすら予想してなかったけど……」
「そうね。でも問題はその次よ」
ケルベロスは、再びクマを睨み据えた。
「さぁ、おバカなクマちゃん。その山賊について、知ってること全部吐いてゲロゲロしちゃいなさい。隠したって何にもイイことなんてないわよ? それと、もし嘘なんて言ったらどうなるか……アンタ想像できるかしら?」
にっこりと笑いながら、暗黙の了解の如く脅しを添える。
「う……は、はい……」
もはや抵抗する気力など、木っ端微塵に砕け散っていた。
これは単なる事情聴取などではない。
一歩間違えれば、拷問にもなり得る状況だ。
下手すれば最悪の場合、熊鍋にもなる。
クマは深く息を吸い込み——
覚悟を決め、山賊について知っている全てを話し始めるのだった。




