第60話 ショッカー
「こ、このクマさんが、犯罪組織の構成員!? そんな真っ黒な裏社会に染まってるだなんて……いくらなんでも、流石にそれは飛躍しすぎじゃない?」
桃花の声は、信じられないといった様子で微かに震えていた。
「でもさ、そう考えると筋が通る感じ、しない?」
ケルベロスの冷静な問いかけが、逃げ場のない現実を突きつける。
「う〜ん……追い剥ぎをして奪った品物は、自分では売れないから別にいる仲間に渡す。そして、それを受け取った仲間が街に行ってお店で換金をする……その後、クマさんも成功報酬としてそのお金を、もしくはそれに値するの対価を得ていると?」
「ええ。そう考えると、実にシステマチックであり得そうな話じゃない? 仲間は人間かもしれないし、魔族や妖怪の類かもしれない。しかもコイツは言葉を理解してるのよ? コミュニケーションも取れるし、そういう中継役や実力行使の役割だって十分こなせるわ。実際にアタシたちもコイツに襲われたし」
「も、もしそうだとしたら……それって、かなりヤバいんじゃ……?」
「売り飛ばす場所も当然正規の店じゃなく、裏で武器密輸や盗品、怪しい粉などを扱う店や、闇専門の個人バイヤーなんかとも取引してるんじゃないかしら? 鬼の営業所でも、そんなこともやってたし」
「それって……いつどこで、誰が何を売り買いしたのかを追跡できなくするため?」
「そうね。普通に売ったらすぐに足がついちゃうから、裏で小賢しくコソコソモゾモゾやってんのよ」
桃花は思わず息を呑み、目の前に正座している巨躯の正体に、じわりと背筋を這い上がるような恐怖を覚え始めた。
「……ま、でもこれは、あくまでアタシの憶測よ。本当かどうかは分からないわ。“現時点では”ね」
「現時点では?」
「今からコイツに聞いてみれば、一発で分かるってことよ」
ケルベロスの三つの首が、同時にクマを射抜くように睨みつける。
クマは何も言わず正座したまま、ただ深く深く俯き、湿った地面の一点を見つめていた。
「……」
「ねぇ、おバカなクマちゃん。薄々感じていたでしょう? アタシの話が本当かどうかを、アンタに確認してくるってことをさ」
ケルベロスは重厚な足取りで、ズシンと大きな足を一歩前へ踏み出す。
その振動は、クマが凝視していた地面を容赦なく揺らした。
「……」
「クマさん……もしかして、本当に……?」
沈黙。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、ケルベロスはここで思い出したように、もう一つの疑惑を口にする。
「……でもその前に、もう一つ気になったことがあるわ」
「何?」
「ついさっきまでアタシたちが休んでいた、あの小高い丘の東屋よ」
「え? とても見晴らしが良くて、すごく素敵な休憩場所だったよね」
「ええ。でもあれさ……アタシたちみたいな旅人を誘き寄せるための場所……『罠』だったんじゃないかしら?」
「!!」
その言葉が投げかけられた瞬間、クマの顔が分かりやすく強張る。
「あの東屋が、罠? ただの休憩所にしか見えなかったけど……?」
「それにしては、やたら簡素でボロっちくなかった? 柱や屋根なんかの作りも、なんか雑で急拵えって感じだったし、そして場所が少し不自然よ。どこからでも見える少し高い場所にぽつんと、わざとらしくあって」
「それは高い所の方が眺めも良くて、気持ちがいいからでしょ?」
「その真理を狙って、逆に利用したんじゃないかしら」
「逆に……利用した?」
「こんな眺めのいい場所に、ボロくても休める休憩所があったら、誰でも立ち寄って一休みしたいと思わない? 特に慣れない旅路で疲れた商人や旅人なんかは格好の的よ。防備も薄いし、まともな戦闘なんてまずできないでしょ」
「……まさか、その休む瞬間を狙ったってこと?」
「追い剥ぎをするには、とっても目立って美味しい場所だったのよ。だから、多少ボロくても雑でも休める場所を設けた。この道は人の通りもそれなりにあるっぽいし」
「もしかして……私たちが休憩してるところに、クマさんが都合よく現れたのって……」
「近くの森の木陰からずっと観察していたんでしょうね。荷物を置いて、無防備に座る瞬間まで手に取るように見えるはずだわ。なんなら双眼鏡越しに獲物のランク査定していたかもね」
「……」
クマは、まるで逃れられない網に絡め取られた獲物のように、ただ視線を地に落として沈黙を貫いている。
「しかも、桃花ちゃんは身なりが良いし、高価なもの持ってそうだったから即ターゲットとしてロックオン!ってところかしら。でも、コイツの思惑通りには事は進まなかったということね。なんせ相手が、このアタシと桃花ちゃんだったから」
「そんな……」
これらの全てが、悪意によって計算されたものかもしれないという、その可能性を知ってしまった桃花は、あからさまに肩を落としてしまう。
「今まで……そうやって、体を休めていた人たちを脅して、金品を巻き上げてたの?」
桃花の声は静かに、そして悲しげな震えを伴ってクマに問いかけた。
「……」
だが、クマは何も言わない。
「ま、これもあくまでアタシの推測よ。本当かどうかは分からないわ……”まだね”」
そう言ってケルベロスは、三つの首の眼光を一点に集め、再び暴力的なまでの威圧感でクマを睨みつけた。
「!!」
その剥き出しの殺気に当てられ、クマの巨体が地面から転げんばかりに跳ね上がる。
「それじゃ、そろそろ聞かせてもらおうかしら?」
ケルベロスの口角が、獲物を仕留める直前の肉食獣のように吊り上がった。
「アタシの推理が当たってるのか、それとも大ハズレなのか。楽しい楽しい答え合わせの時間といきましょ〜♪」
「うぐっ……そ、それは……いや、でも……」
喉を震わせ、言葉を詰まらせるクマ。
ケルベロスが突きつけた非情なロジックは真実なのか。
それとも、全ては偶然の重なりが生んだ妄想なのか。
追い詰められたクマの口から、次にどのような「真実」が語られるのか。
桃花とケルベロスは張り詰めた空気の中で、ただ静かにその時を待っていた。




