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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第4章 反襲撃

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第55話 キャストオフ

「……おい! まだ持ってるでねぇかよ!」



静寂を切り裂くようなクマの怒号が空気を鋭く震わせた。

桃花は、跳ね上がる心臓を抑えるように目を瞬かせる。



「え!? どれのこと!?」



目の前に立つ巨躯は、もはや理性の欠片も感じられないくらいに、苛立ちを剥き出しにしていた。

地団駄を踏むたびに土埃が舞い、クマは威圧するように一歩、また一歩と距離を詰めていく。



「腕と脚についてるそれ! その物騒な装備! それに何か仕込んでるべ!」



叫ぶその声は、無駄に良い響き(イケボ)であるだけに、その醜悪さが際立っていた。



「刃物とか銃とか爆弾とか! 何ならレーザービームとかも出してくるんでねぇのか!? そんなもん当たったら、オラ即死だべさ! ふざけんな卑怯者めが!」


「いやいや、流石にそんな機能はない……と思う。多分?」


「はぁ!? 何しらばっくれてんだべさ! ふざけおってからに! それも外せ! 何がもう無いだよ! この嘘つきの卑怯者が!」



クマが指差したのは、桃花の両手足に装備されている、おばあさんから譲り受けた『破魔の籠手具足「苦死滅くしめつ」』。


その機能を知る由もないクマにとって、それはもはや最新鋭の最終兵器にすら見えているようだった。


どうやら次の標的はそれらしい。



「え? これも外すの?」

「当ったり前だっぺよ! 全部外せっちゃ! この卑怯者め!」

「ええ……」



あまりの剣幕に、桃花は心の中で小さくため息をつく。

そして、両手足の装備に指をかけ、止めていたベルトを緩める。



「ア、アタシ、もうそろそろ、限界、かも……。この、バカクマが……!」



横でその光景を凝視していたケルベロスの口から、地を這うような低い唸りが漏れ出した。

三つの首が、それぞれ異なる角度からクマを睨みつけ、殺気という名の重圧を撒き散らしている。

巨大な体が、怒りで小刻みに震え、足元からは陽炎のようにゆらゆらと不吉な黒炎が立ち上り始めた。


なのにもかかわらず、殺気を向けられているクマは、まるで気が付いていない。



「……ほら、外したよ。これでいい?」



桃花は深く息を吐きながら籠手と具足を外した。

それらを刀が置かれているテーブルまで運び、そっと並べていく。



「……はい。見ての通り、もう何も持ってないよ」



そう言って桃花は、再度両腕を伸ばし、着物の左右の袖を手で掴み、ヒラヒラと振って何も持っていないことを証明していた。


その直後——


左の袖口からキラっと金色に輝く、細長い一本の鉄の棒がポロッと出てきて、そのまま地面にポテッと落ちた。



「あ」



その瞬間、桃花は思わず声が漏れてしまう。



「……」



クマは無言で、地面に落ちた「それ」を見つめていた。



「……なんだそれ?」



クマは静かに、そして無表情で桃花へと顔を向け、問いかけていく。


だが桃花は、まるで何事もなかったかのように、落ちた金色の鉄の棒をゆっくりと拾い上げ、クマへと説明していくのだが……。



「……これはね。かんざしっていう髪飾りだよ。旅に出る前、おばあちゃんからもらった大事な物なんだ。私、今は髪が短いから、まだ満足に使えてないんだよね。だから……」


「そうじゃねぇ! おめぇたった今、“もう何も持ってねぇ”って言ったばっかりだろうがよ! 何だそれは!? ガッツリと持ってるじゃねぇかよ! ふざけやがって! 嘘つきの卑怯者めが!」



クマの咆哮が東屋の屋根を再度震わせた。


ただの簪一本で、狂ったように喚き散らすクマの姿を見た桃花は、流石に動揺を隠せない表情を見せてしまう。


そもそも武器ですらない簪で、ここまで過剰な反応を示すクマは、もはやキチガイと言ってもいいだろう。



「いや、これは……別に隠してたわけじゃなくてね。袖の中に入れてたのを、ただ忘れてただけなんだよ。お守りとして身に付けていたってだけだから……」


「嘘をつけっちゃ! んなモン、どっからどう見ても、ただの『暗殺用の毒針』だべさ! そんでオラが油断した隙に首へブスリってか! 卑怯にも程があるべ! 必殺仕事人の殺し屋かおめぇは! あーおっかねぇおっかねぇ!」


「殺し屋って……」



耳を塞いで大袈裟に首を横に振るクマの姿は、もはや三文芝居のような喜劇にしか見えない。

低くイイ声で、こうも「おっかねぇ!」と連呼されると、もはやコメディを通り越して新手の嫌がらせかと思ってしまう。



「いやいや、毒針って……そんな物騒なものじゃないよ。ほら見て、先だって丸くなってるし刺せないよ。だから……」


「黙れっちゃ! んなモン、シュシュッと忍者みてぇに鋭くぶん投げて、オラの急所にぶっ刺すつもりだべ!? わかってんだかんな! この毒婦! 暗殺女!」


「毒婦……暗殺女……」



殺し屋。

毒婦。

暗殺女。


次々と浴びせられる全く身に覚えのない、あまりにも理不尽なレッテルに、桃花の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。


その傍らで、ケルベロスの我慢は、ついに沸点という名の臨界点を超えていた。

三つの首が「ギチギチ……」と音を立てて牙を剥き出し、その間から黒炎が漏れ出していた。

そして、その足元の黒炎も、もはや東屋を焼き尽くさんばかりの猛りを見せ、周囲の草木を一瞬で炭へと変えていく。

だが必死に抑え、我慢している。

桃花がやると言った以上、ここで割り込むわけにはいかないと、必死に耐えている。


そして桃花は渋々、その簪を長屋のテーブルの上へと置く。

刀と籠手具足、それと簪が綺麗に並べられている。



「こ、今度こそ、もう何も持ってないよ。ほらほら〜」

「……」



クマは急に黙り込む。

そして偉そうに腕を組みながら、再び桃花を頭のてっぺんから足の先まで品定めするように、嫌らしく舐め回すように視線を滑らせていく。


その粘つくような視線が、桃花の肌を粟立たせた。


——そして次の瞬間。



「……おい!まだ持ってるだろうがよ!」

「ええ!? もう無いってば。ほらよく見てよ」



桃花は、その場で再度くるりと回って、本当に何も持っていないことを示す。

だが、クマは全く信用していない様子。



「いーや! まだあるっちゃ! その体の妙な膨らみ! それはなんだべさ!?」

「えー? どこ?」

「そこだそれ! その胸の不自然な膨らみのことだよ! それは一体なんなんだってばよ!?」

「……っ!?」



クマの指が着物越しに桃花の胸に向けられた。



「あ、いや、これはね! その……」



桃花は言葉に詰まり、羞恥と驚きで、顔どころか耳の先までが燃えるように熱くなった。



「そん中に何が入ってるんだべよ! 怪しいぞ! それも出せっちゃ!」

「いや、えっと、これはね。だ、出せないの」


「なんで?」

「なんでって……ダメで無理で嫌なの!」


「やっぱり! おめぇ、まだ何か隠してやがんだな!? ったくどこまで隠してんだべよこの卑怯者っ! ならその着物も全部脱げよ! 中にまだ暗器でも隠し持ってるんだべ! 油断も隙もねぇやつだっぺな! “人間の女は男と違って、隠せる引き出しを幾つも持ってる”って話は本当だなおい!」



ジリジリと距離を詰めてくるクマ。



「っ!?」



桃花は予想だにしていなかった急な展開に、視界がじわりと滲んでいき、涙が頬を伝った。


まさか、こんな辱めを人間ではなく、クマにされるとか夢にも思っていなかったため、どうしていいのか分からずにいた。


すると、その時——


ブチッ!


「……カッチーン!」


その声は、確かに空気を震わせ、どこまでも響き渡っていった……。

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