第49話 最強の守護者
おじいさんから掛かってきた電話を、思い切り間違って切ってしまった桃花。
だがその後、またすぐに電話が掛かってきた。
その相手は「おじいちゃん」ではなく、「おばあちゃん」とスマホの画面に表示されていた。
「こ、今度は、おばあちゃんから電話だ!」
「次は間違えちゃダメよ」
桃花は今度こそ慎重に、確実に通話ボタンをタップした。
「……あ、あの、も、もしもし?」
『あ、桃花? おばあさんよ。やっと繋がったわね〜』
通話が開始され、電話の向こうから聞き慣れた声が響く。
「おばあちゃん!」
『もう心配したわよ〜? 違う意味で。でも良かったわ〜。元気そうで』
「うん! 何とか元気だよ! でもごめんね。電話もメッセージも返せなくて」
『いいのよ〜。旅先だし、色々あったんでしょ? ぜ〜んぶ、まるっと、知ってるわよ。わかってるか〜らね♪』
「うん。そうなの……って知ってるの? まるっと、全部?」
『あ! いや! うふふ、なんでもないのよ〜ん。気にしな〜いでね♪』
「え? あ、うん……」
「……」
横で聞いていたケルベロスは思った。
GPSか衛星、あるいは使い魔、もしくは他の何かで絶対追跡しているだろうと。
ちなみに、桃花はスマホを耳に当てて必死に話しているが、設定はなぜか「最大音量のハンズフリーモード」になっており、おばあさんの声は、朝の静かな通りに朗々と響き渡ってしまっていた。
その内容は、ケルベロスに筒抜けなのだが、当の本人はその事に全く気がついていない。
『というか桃花。さっき、おじいちゃんの電話切ったでしょ?』
「わ、わざとじゃないよ! 指が滑って間違って切っちゃっただけだからね!?」
『うんうん。わかってる。きっと間違えたんだろうな〜とは思ってたから』
「それで……お、おじいちゃんは?」
『ショックで死んだわ〜』
「死んだ!?」
『きっと桃花に嫌われたと思ったんでしょうね〜。白目向いちゃってるもの〜』
衝撃的なことをサラッと言い放ったおばあさん。
その態度が、あまりにもあっさりとしてるものだから、桃花は動揺を隠せないでいる。
「う、嘘だよね! おばあちゃん!? あのおじいちゃんが!? 雷が脳天に直撃しても気持ち良さそうにしてた、おじいちゃんが……。そんなあっさりと? ただのショックだけで死ぬだなんて!」
『即死だったわ〜。ここでバカみたいに面白い顔して死んでるわよ〜んって、あはっ☆ この顔超ウケる〜☆ 最高にバチクソ笑える傑作変顔だから、写真撮っとこ〜っと♪』
「おじいちゃん。ごめんね。私のせいで、そんな最期を……」
桃花が絶望に打ちひしがれ、今にも泣き出しそうになっていたその時……。
『うふふん、もう冗談よ〜♪ おじいさんがこれくらいで、くだばるわけないでしょ〜?』
「……冗談……? え、冗談!? もう! おばあちゃんやめてってば! 笑えないよ! 本気で心臓が止まるかと思ったじゃんっ!」
『ごめんね〜ん。だって桃花は揶揄いがいがあるんだもの〜。楽しくて、ついやっちゃうのよ〜♪』
冗談で即死させられていたおじいさん。
ケルベロスは横で呆れ果てていたが、同時に「桃花は、揶揄いがいがある」という点については、骨の髄まで同意せざるを得ないと思う発言であった。
「……ホッ。でも安心した。おじいちゃんに何事もなくて良かったよぉ」
『あら? でも電話を切られてショックを受けてたのは本当よ。今も転がって呑気に気絶してるわ。バカみたいな顔してね♪ この変顔、写真に撮ったら後で送るね〜』
「……気絶してるんだね。そのおじいちゃんの変顔、気になるから送って」
『ふふ♪ 桃花の元気な声が聞けて安心したわ〜。この後も体には気をつけてね。そして、楽しい旅を♪』
「うん! おばあちゃんありがとう! おじいちゃんには後で、ごめんねってメッセージ送るね」
『そうしてあげてね。それと、今後はスマホにも気を配りなさい。でないとおじいさん、心配し過ぎて、今度こそ本当に死んじゃうかもよ〜?』
「う、うん。気をつけるよ……ごめんね、心配かけちゃって」
『いいのよ〜。あ、それとね、後で元気な桃花の写真を撮ってチャットで送って見せてね〜』
「わかった! たくさん撮って送るね!」
『お願いね〜。そして、桃花の隣にいる“ケルベロス”……いや、“お友達のケルちゃん”と一緒にね〜♪』
「「!!?」」
その瞬間、桃花とケルベロスは同時に硬直した。
「お、おばあちゃん!? なんでケルちゃんのこと知ってるの!? 私、そのこと、まだ言ってなかったよね!? まだ話してないよね!? ね!?」
『うっふふ〜ん♪ おばあさんは、な〜んでも知ってるのよ〜ん☆ イケメン悪魔のいるホテルにも泊まったんでしょ〜。羨ましいわ〜』
「……なんってことっ!!」
それを聞いたケルベロスは、氷水を浴びせられたような寒気に襲われ、全身の毛をゾワッとさせて本気で震え上がった。
「こ、このじじばば……!! 本っっ当に、恐ろしいわ!!」
『それじゃ、また連絡するわ〜。おじいさんにも、桃花は心配ないって、起きたら言っとくから〜。そんじゃ〜ね〜バ〜イ♪』
「え!? あ、おばあちゃん! ちょっ、待っ——!」
ツーツーツー……。
一方的に通話が切られた。
無情にも通話終了の音だけが、耳に鳴り響いている。
「……切られちゃった」
「……あの、じじばばぁぁっ!」
ケルベロスは己の肩を抱き、ガタガタと震えながら叫んだ。
「ア、アタシ、久しぶりに肝が冷えたわ! 一気に血の気が引いたわよ! 前にボコられた記憶が鮮明にFLASHBACKして、トラウマが完全復活しちゃったじゃない!」
「私は……少し安心したかな。ホッとしたというか……。でも、おじいちゃんとは話せなかったけどね」
「絶対にGPSや盗聴器、そして凄腕のエージェント、果ては衛星やどこぞの秘密道具とかで追跡・尾行・盗聴・監視されてるわよ! 間違いないわ!」
「え〜? いくらなんでもそこまではしてないよ〜」
桃花は、ケルベロスの大げさな反応に苦笑いした。
「でも、もしそうならさ……超強力な“守り神”が付いてるみたいで、安心じゃない?」
「守り神!? いーや! アタシからしたら守り神じゃなくて! ただの“最恐最悪の死神”よ!」
ケルベロスは本気で青ざめている。
全身の毛が更に逆立っており、通常よりも一回り体が大きく膨らんで丸く見える。
それを見た桃花は、「あ、フワッとしてて可愛い……!」という不謹慎な感想は敢えて言わずに、そっと心の中で呟いた。
「……もし、この会話も……じじばばに聞かれてるかと思うと、ゾッとしちゃうわ! 震えが止まらないもの! これから何一つ自由に話せない、喋れないなんて……そんなの耐えられない! アタシ死んじゃうわ!」
西へと続く道は、朝の光に照らされてどこまでも伸びている。
今はまだ、平和な石畳の感触。
今回は、ほんの小さな出来事だった。
けれど、この先の旅はまだまだ長い。
今はただ、二人は西を目指して歩き続ける。
鬼の営業所がある街——武神街へ。
「最強の戦士じじばば」という、見えない「守護神(死神)」に見守られながら、二人の旅は再び動き出した。




