第47話 伝説の数字
望郷街に一泊した翌朝。
桃花とケルベロスは、イケメン悪魔のラウムに見送られ、街の外へと足を踏み出した。
背後には、昨日まで滞在していた街並みが、少しずつ遠ざかっていく。
振り返れば、あの騒がしくも温かかった一夜が、まるで夢のように感じられた。
「次は西ね」
ケルベロスが、尻尾を揺らしながら軽やかに言った。
「鬼の営業所がある次の目的地……『武神街』だね」
「ラウムが教えてくれた街ね♪」
西へ。
『鬼退治』という名目の旅は、まだ始まったばかりだ。
街道を歩く二人の足取りは、昨日までよりもどこか軽い。
それは装備が整ったからでも、明確な目的地が決まったからでもない。
未知の街で人や悪魔に出会い、別れ、そしてまた一歩前に進んだという確かな実感が、胸の奥で静かに息づいていたからだ。
そんな中。
二本足でスタスタと歩いていたケルベロスが、ふいに自分のスマホを取り出した。
「歩きスマホ」という行儀の悪さも、魔族である彼女にはまるで気にならないみたいだ。
しかも歩きながらも、慣れた手付きで器用に画面を操作している。
「……ケルちゃん、スマホを操作しながらは危ないよ?」
「大丈夫大丈夫〜♪ この道、大きくて広くて見通しもいいし、誰もいないし♪」
そう言いながら画面を見つめていたケルベロスは、ぱっと表情を輝かせた。
「あ! 桃花ちゃん見て見てこれ!」
「な、なに?」
「あの屋台で連絡先を交換した店員の娘のSNSに、アタシの写真と動画が投稿されてるわ!」
「え? ほんと!? 見せて見せて!」
桃花は歩いていた足を止めてしゃがみ込み、ケルベロスが差し出してきたスマホを覗き込む。
そこには昨夜、活気あふれる屋台で撮影された写真と動画が並んでいた。
画面の中では、女性店員と並んでポーズを取るケルベロスの姿。
普通の犬ならありえない体勢で、しかも満面のドヤ顔だ。
「へぇ〜……こんな感じで撮れてたんだ。私、撮ってただけで、ちゃんと確認してなかったよ」
「綺麗に撮れてるわ♪ ちゃんと可愛く加工もしてくれてるわね♡ 分かってるじゃない、あの娘♪」
「すご……動画の方は?」
動画を再生すると、ケルベロスがノリノリで決めポーズを連発し、はっきりとした声で流暢に喋りまくっている。
「今更だけどさ……。犬が絶対できないポーズしてるよね。しかも動画では声出して普通に喋ってるし」
「ウフ♡ 楽しくなって、つい調子に乗っちゃった♪ アタシ、こんな感じで注目を浴びるの大好きだから〜♪」
フフン♪ と鼻歌でも歌いそうな勢いである。
その様子に苦笑しながら画面を見続けていた桃花は、ふと、ある部分に目を留めた。
「……ん? ねえ、ケルちゃん。この数字って何?」
「これは閲覧数と再生数を表してるのよ。どれだけ見られたかってやつね」
「へぇ〜」
「というか、すっごく見られてるわね、この投稿。ウフン♡ アタシが可愛い証拠ね♡」
「一緒に写ってる女性店員さんだっているのに、よくそんなこと言えるよね」
「だって事実だもの。こんなに愛らしくて聡明な犬なんて、世界中探しても他にいないわよ♡」
迷いのない即答だった。
「すごいねケルちゃん。私は自分のこと、そんな風には思えないよ」
桃花は素直に感心してしまう。
するとケルベロスは、ちらりと桃花を見て、にやりと微笑んだ。
「あら。でも桃花ちゃんだって、とっても可愛い顔してるじゃない。髪もお肌も綺麗で、ピチピチだわ♡ まだまだ若い証拠ね♪」
「え!? そ、そうかな?」
「もしアタシが人間の男だったら、まず放っておかないわね♪」
「ありがとう! そう言ってもらえると、すごく嬉しい!」
思わず声が弾む。
「で・も、アタシの方が、百倍は可愛いけどね♡」
ケルベロスは人差し指を立てるような仕草をして、完璧なアイドル的スマイルを決めた。
「……その自信だけは、やっぱり羨ましいよ」
そんな他愛のないやり取りをしながら、再び歩き出そうとした時だった。
——ブルブルブル
桃花の背負っていたリュックの中から、突然何かの振動が背中越しに伝わってきた。
「……?」
桃花は足を止め、リュックを下ろして中を探る。
「私のスマホ……?」
取り出した画面を見ると、無数の着信通知が液晶を埋め尽くしていた。
「ん? なにこれ……『着信アリ』? 」
数秒後、桃花の思考は理解が追いつかない領域へと放り出されることとなる。
「着信数……は、868件!?」
「え? どれどれ……」
桃花は、その場でしゃがみ込んで、スマホをケルベロスに見せる。
その画面を覗き込んだ次の瞬間、目を丸くした。
「ちょっと待ってよ……マジじゃないの。一体誰よ! こんなに電話してくるイカれたアホは!? もしかして桃花ちゃんのストーカー!? さっき変態悪魔が連行されたばかりなのに、このタイミングでまたなの!?」
あまりに桁外れの数字に、二人は言葉を失った。
更に桃花は、別の通知欄へと目を移す。
「あ、メッセージの方も来てる」
指先が震えた。
「こっちは……4367件」
「は?」
「しかもこれ、電話もメッセージも全部、おじいちゃんとおばあちゃんからだよ……。二人だけ」
「どんだけ〜!!」
着信数を遥かに超えるメッセージ件数に、桃花の顔色が一気に青ざめていく。
「も、もしかして……。二人の身に、何か大変なことがあったのかも! ねぇ、ケルちゃんどうしよう! 何か事件に巻き込まれたんじゃ……!」
「……そうかしら? むしろ逆でしょ」
「え?」
不安に駆られて視線を彷徨わせる桃花とは対照的に、ケルベロスは腕を組み、全く動じずに落ち着きを払っていた。
「桃花ちゃん。アンタの親は、あの最強の戦士じじばばよ? 二人に限って、万が一なんてことはまずないわ。『億が一』でもあり得ないわね」
「あ……」
「こう言っちゃなんだけど、アンタのじじばば二人は、逆に事件を起こして巻き込む側でしょ」
ケルベロスは迷いなく、断固たる口調で言い切った。
「数字の大きさに動揺しちゃった? ま、普通じゃ絶対にあり得ない数字だから、気持ちはわからないでもないわ。アタシも驚いたし」
「う、うん。でも……やっぱり不安だよぉ」
「そう? 大丈夫だと思うけどね。それならメッセージの確認をしてみたら?」
その言葉に促され、桃花は震える指で恐る恐る画面を操作し、チャットを開く。
そして、そこに表示された内容は——




