第46話 望郷街のその先へ
『Devil’s Door』の特別な宿泊プランの話題が一段落し、ラウムは次なる疑問 “お騒がせの女性客” についての話に入った。
「そして、悪魔に取り憑かれていた例の女性ですが……」
「あ、命に別状はないって、さっきラウムさん言ってましたよね?」
「はい。精神的な疲労は極限状態ではありましたが、後遺症は残らないでしょう」
「そもそも、人間が悪魔に取り憑かれると……どうなるんですか?」
悪魔が憑依するとはどういうことなのか。
桃花は、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「人格が豹変します。理性が効かなくなり、本人の願望や欲求がそのまま表に溢れ出て、本能的に行動するようになってしまいます」
それを聞いたケルベロスは、知ってることを確認するように会話へと入っていく。
「悪魔も、自分に似た願望の人間を選んで憑くのよね? あのバカサキュバスも、オリアスに近い人間に憑いたって言ってたし」
「ええ。悪魔も自分と似た願望を持つ人間を選びます。今回の場合、どうしておオリアスに近付きたかったサキュバスは、“オリアスに最も近い位置にいた女性” を選んだのでしょう」
「なるほどね。オリアス……本当に罪作りな男!」
「このようなことは、我々にとっては日常茶飯事です。僕やゼフォンも、同じような経験は何度もしてますので」
「……ねぇ、桃花ちゃん聞いた? 今サラッと、“自分たちはモテる” みたいに言ったわよコイツ。 無自覚? それとも嫌味かしらこのイケメン」
「もう日常なんだよ。呼吸をするみたいに……。実際カッコイイし」
桃花とケルベロスのツッコミと称賛を受けても、ラウムは一切照れることなく、ただ涼やかに微笑むだけだった。
すると桃花は、ふとあることに気づいた。
「あ、ということは……あの女性客の異常なまでの暴言や暴力的な行動も、憑依の影響だったってことですか?」
「その影響はあった……かもしれません。あくまでも可能性ですが」
「?」
ラウムは少し言い淀む。
「実はあの女性、この望郷街では色んな意味で有名な方でして……。憑依される以前から、変わらず、あのような言動や行動が見られていました。なので、憑依の影響は、ほぼ出ていないのではないかと、思われます」
「はぁ!? 嘘でしょ!? あれがデフォ!? マジ!? あの女、実は人間の皮を被った悪魔なんじゃないの!?」
ケルベロスの叫びは、街を越えて山にまで響きそうな勢いだ。
あまりの内容に四本足歩行から、二本足歩行になるほど。
相当驚いているのが見てとれる。
「でも、よくあんな態度で受付が出来てますよね。本来、受付ってお店の顔なのに……」
「桃花さんのおっしゃる通りです。ですが意外にも、その度が過ぎる接客対応が、“逆に良い” と感じる強烈なお客様も一定数いらっしゃるようで……。それが一部で話題となり、SNSでは結構な人気がある方のようです」
「あの人……人気なんですか!?」
あまりのことに理解が追いつかない桃花。
その衝撃で一瞬足元がふらつき、躓きそうになるほど。
ここで乱れた心を落ち着け、ケルベロスは静かにラウムへ問いかけた。
「……ということは、もしかして、あの女性客にインキュバスが取り憑いた理由って……」
「はい。おそらく……そういうことだと思います」
「あ、あの変態インキュバスは……サキュバスのことも好きで、人間のバーサーカー女のドSぶりにも惹かれてたってこと!? そんでもって男も好きという合わせ技! アイツ……本物の変態だったのね!」
「自分で『変態の三刀流』だとかって、誇らしげに言ってたもんね……」
桃花の思考回路はショート寸前。
話が一段落ついたところで、ケルベロスが苦言を漏らす。
「これ、ラウムだけに言うことじゃないんだけどさ……。あのVIPの女ども、もう少し自重させなさい。いくらVIPでお得意様だとしても、やって良いことと悪いことがあるわよ」
「確かに、そうですね……。大変申し訳ございません。戻り次第、早急に改善して参りますので、どうかご容赦を」
「大変でしょうけど、お願いね……。今回の出来事は、ある意味で、いい思い出にはなったわ」
「うん……一生忘れないし、二度と忘れられない。そんな思い出だよね」
「ところで……お二人は、これからどちらへ向かわれるご予定ですか?」
「……」
ラウムに尋ねられ、桃花とケルベロスは同時に顔を見合わせた。
「ケルちゃん……次はどこへ行きたい?」
「それアタシに聞く?」
桃花の急な無茶振りに、思わずケルベロスは呆れた声が漏れてしまう。
「当てのない、気ままな旅ですか?」
「ええっと、まぁ……。一応『鬼退治』という旅の名目では、ありますかね……」
「鬼退治……ですか……。それでしたら、ここから西の方角に、『武神街』という大きな街があるのはご存じでしょうか?」
「武神街?」
「はい。その街に鬼の営業所があるという話を以前、宿泊したお客様から聞いたことがあります。まずは、その武神街を目指しては如何でしょう?」
「本当ですか!?」
「……ですが、その武神街まではかなりの距離があります。しかも途中、山越えも必要になります。そして、その山は年間通して吹雪いているため気温も低く、かなりの危険が予想されますので、準備だけはしっかりと」
「はい! ご親切にありがとうございます!」
「そういえば確か、この先にもいくつか村や町があるわよね?」
「はい。山に入る直前にも立ち寄れるところがありますので、装備を整えるならそこが良いでしょう」
「なるほどね……。それじゃ桃花ちゃん。山に入る前にそこへ寄りましょ♪」
「それと——その周辺には、『山賊』の出没報告もあります」
「え?」
桃花の表情が少しだけ引き締まる。
「そして、その雪山には、妖怪の『雪女』もいるとの噂ですので、くれぐれもお気を付けて」
「山賊に……妖怪の雪女ですか!?」
「また何かありそうね。油断しないで行きましょ」
そうこう話しているうちに、三人は街の出口へ辿り着いた。
「それではラウムさん。本当に、お世話になりました」
「とってもイイ宿だったわ♡ 必ずまた来るわね〜♪」
「こちらこそ、ご宿泊ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております。道中お気を付けて」
その言葉に、桃花の胸がじんと温かくなる。
ラウムが綺麗に深く頭を下げる。
その姿は最後まで美しく、そして紳士だった。
こうして——
桃花とケルベロスは望郷街を後にした。
次に目指すは、西の方角にある「武神街」。
そして、山賊と雪女が待つ未知の旅路へ。
新しい物語が、また静かに幕を開ける——




