第42話 クロックアップ
サキュバスの意識は、どこか遠い場所へと旅立っていた。
自分に、こんなド変態ストーカーの異常者が長期間取り憑いていた。
しかも、それに全く気付かなかった。
という悍ましい事実に耐えられなかったようだ。
そのあまりのショックに白目を剥き、魂が半分口から抜け出た状態で気絶している。
もはやロビーは混乱と混沌が渦巻き合っており、朝っぱらから修羅場全開であった。
「ねぇ、もっとキツく股間を縛ってよ〜」
相変わらずインキュバスは、自分を縛っている鎖をもっとキツくしてくれと、意味不明な要求をしている。
だがオリアスはそれに応じず、迂闊に近づかないよう、冷静に彼との間合いを取る。
「い、いえ、これ以上キツく縛り直すことはしません。十分強く縛っていますので」
「はぁ、そっかぁ……残念だよぉ、こんな機会、千年に一度あるかないかのラッキースペシャルイベントなのに……」
ガッカリして、しょんぼりするインキュバス。
……かと思いきや、突然不敵な笑みを見せてきた。
何かを企んでいるかのように。
「……でもさ、ボクがここで大暴れとかしたら……今以上に、キツく縛らざるを得なくなるよね?」
その明らかな挑発を聞いたオリアスは、穏やかながらも芯の通った声で返す。
「そんなことはさせません。これ以上、お客様にご迷惑になる行為は、私が許さない」
「ああ、俺もだ。好き勝手させるような隙など与えると思うか?」
ゼフォンも静かな怒りを込め、オリアスに同調する。
「あっそう。ならやってみる? こう見えてボク結構強いけど? 痛いのも大好きだから攻撃が当たっても喜べる自信あるよ! だって、打たれ強いドMだから〜!」
不気味に笑うインキュバスに対し、ケルベロスが即座に鼻で笑い飛ばすかのように言い放つ。
「はぁ? アンタバカァ? この場にオリアスとゼフォン、そしてアタシと桃花ちゃんもいるのよ? アンタにまず勝ち目なんてないわ。それにね……オリアスだけは、絶対に怒らせない方がいいわよ。コイツは……ヤバいからマジで」
「……オ、オリアスさんが?」
桃花は思わず、その美しいオリアスの横顔を見て目を瞬かせた。
「ケルベロスさん。またそんな、人聞きの悪いことを……」
「あら、でもホントのことでしょ? 昔のアンタ、と〜っても激しかったじゃな〜い♪」
「確かに……。俺もオリアスとの付き合いは長いが……。昔のオリアスは本当に凄かったな。あの魔王様に喧嘩を売って、バッチバチにやりあったこともあったしな」
当時のオリアスを思い出し、うっとりするケルベロス。
それに併せて、ゼフォンもオリアスのやんちゃエピソードを軽く暴露した。
「二人ともやめてくださいよ。それはもう昔のことですから……勘弁してください」
あまり語られたくなさそうな過去を、意外な形で掘り起こされて少々困惑している様子。
オリアスは、その過去を封じ込めたいようにも見える。
黒歴史のように。
「ふふっ、そうね♪ 昔のアンタも良かったけど、今のアンタも素敵よ♡」
そんなオリアスを見て、ケルベロスはうっとりした顔をしている。
横にいた桃花は、三人の会話を聞きながら胸を高鳴らせていた。
(……き、気になる。こんなにも優しくて、穏やかなオリアスさんの過去って一体……?)
そんな中、変態インキュバスは、オリアスとゼフォンにねっとりとした嫌らしい視線を向けていた。
そして、またしても狂った発言という名のミサイルを発射する。
「さっきから皆の話を聞いてたけど……君たちの名前って、“オリアス”と “ゼフォン” って言うんだね。う〜ん、見れば見るほど、二人ともすっごく男前だねぇ……。見てるだけで、ゾクゾクモリモリしてきたよ……股間が♡」
嫌な予感しかしない前置き。
「ねぇ、二人のこと、好きになってもいい? ……いや、もう大好きになっちゃった〜♡」
「「!!」」
突然の、男の悪魔からの衝撃的な愛の告白。
破壊力抜群なミサイルを、至近距離でまともに受けてしまったオリアスとゼフォンは、完全に硬直している。
もはや避けようもないし、防ぎようもなかった。
本気で引き攣っている顔をしたイケメン二人を、ケルベロスと桃花は、ほぼ同時に目撃してしまう。
「……流石にこの二人も、変態の悪魔男に告白されるとは、夢にも思っていなかったでしょうね」
「それはそうだよ。二人ともあんなに柔らかかった表情が、今ではカッチカチだもん」
だが変態インキュバスは、絶句して固まっている二人を目の前にしても、全く気に留めず、気持ち悪く体をくねらせながら、自らの欲望のままに語り続ける。
「う〜ん。サキュバスちゃんも可愛いし、ボク好みではあるんだけど……。君たち二人はそのサキュバスちゃんよりも遥かに美しくて素敵だよ♡ よし決めた! これから二人のこと、朝昼晩ずぅぅぅーーーっと四六時中、後ろからつけ回すね♡ そして、隙あらば……ふふふ♡ じゅるり」
インキュバスの顔は、歪んだ恋をする男の表情をしていた。
ここでストーカー宣言まで追加されてしまう事態に。
ただでさえ、美白の肌を持つオリアスとゼフォンの顔面から更に血の気が引き、逆に血色が悪く見えてしまっている。
今にも貧血で倒れそうなほどに。
「……オ、オリアス! 一刻も早く、こいつらを『魔界警察』へ突き出そう! これ以上、こいつの目の前にいるのは危険だ!それに、他のお客様への著しい迷惑行為にもなってしまう!」
「あ、ああ、確かにその通りだね。通報を頼めるか?」
「ああ、すぐに!」
次の瞬間、ゼフォンの姿がブレたかと思うと、音もなくその場から一瞬で姿を消した。
「消えた!?」
その動きがあまりにも超速すぎたため、桃花は本気で驚いた声を上げる。
そのゼフォンが逃げるかのように消え去った後、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべたケルベロスがオリアスへと近づく。
「ウフ〜ン♡ まさか男の変態悪魔に告白されるとはね〜ん♪ さすがのアンタらも、変態の男に迫られて、面と向かって直接 ”好き♡” なんて、言われたことはないんじゃな〜い?」
「……」
「……もしかして」
オリアスは少しだけ気まずそうに視線を逸らし、静かに答えた。
「……私は過去に、数回程度……ですが」
「う、嘘……でしょ……?」
ケルベロスも桃花も、彼らのあまりのモテ事情ぶりに驚愕して固まる。
(……イイ男ってのは、どこでもいってもモテるんだな。その分、苦労も相当多いんだろうけど……)
そんなことを思いながら、桃花は深く溜息をついた。
とにかく今は、超速で逃げ……いや、通報に向かったゼフォンと「魔界警察」の到着を、ただ待つしかなかった。




