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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第3章 花と悪魔

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第35話 見える世界の拡大鏡

「ご馳走様でした!」

「ごちそうさま〜♡ 犬の姿でも普通に食べられるし、満腹にもなるのね! 新発見だわ!」


最後の一滴まで、生ビールを飲み干したケルベロスは、満足そうに口の端をペロリと舐める。

桃花も、パフェの最後のひと口を名残惜しそうに飲み込み、スプーンをコトンと置いた。


夜風が火照った頬を撫で、屋台の提灯がゆらゆらと紅い影を石畳に落としている。

その余韻を見計らったかのように、先程の店員が瞳を輝かせて近づいてきた。


「あの……今、お時間よろしいでしょうか?」

「ん? ああ、さっきの件ね。構わないわよ。優しく抱っこしてね♪ そして可愛く撮るのよ〜♡」


「はいっ! もちろんですとも!」


ケルベロスが快諾するやいなや、店員は瞳を輝かせ、迷いもなくケルベロスをひょいっと抱き上げた。


「きゃ〜! モッフモフで、ふわっふわ〜!」


思わず撫でたくなるふわふわの毛並みは、まるで高級羽毛布団と猫を混ぜたような、究極の癒し。

頬を毛並みに埋め、うっとりと吐息を漏らす店員の姿に、桃花は内心で深く頷く。


(……うん、その気持ちはわかる。私もそう思った)


ケルベロスは抱き上げられながらも、得意げに尻尾をふりふり。


「そうでしょそうでしょ♡ 遠慮なくアタシの魅力に溺れなさいな〜♡」


そして、店員はスマホを取り出し、桃花へと差し出した。


「あの、スマホで写真と動画、お願いしてもいいですか?」

「え? あ、はい。いいですよ!」


桃花は、少し緊張した面持ちでスマホを受け取ると、画面越しに二人へレンズを向けた。


「そ、それじゃ……いきますよ! こ、こっち向いてー!」


カメラを向けられた瞬間、店員はケルベロスを抱いて可愛くポーズを取る。

だが、ケルベロスも負けじと「モデル魂」に火をつけた。


カシャッ、と軽快なシャッター音が夜の街に響く。


流石は「地獄の番犬」と言うべきか、何と言うか……。

そのケルベロスは、超ノリノリで次々と様々なポーズを決めていく。


前足を片方挙げてのピース。

舌をペロッと出した「てへっ☆」と、あざとく首をかしげたポーズ。

極めつけは、潤んだ瞳で両脚を揃えた「おねだりポーズ」まで。


「……ケルちゃん。ノリノリすぎない?」

「アタシ、こういうの得意なのよ♡ 桃花ちゃんだって、いい角度で撮ってくれてるじゃない♪」

「……うん、なんだろう。撮らなきゃいけない使命感?みたいのに駆られたというか」


数枚の写真と短い動画を撮り終えると、桃花はスマホを店員に返す。

店員は画面を確認し、目を輝かせて歓声を上げた。


「わぁぁ! すごく可愛く撮れてます〜! ありがとうございますっ!」

「よ、よかったです。こういうの撮るの初めてだったので……」


桃花は少し照れながら答えた。

ケルベロスも画面を覗き込み、満足げな様子。


「あら〜ん! いい感じじゃない♡ 撮るの上手じゃないの〜♪」

「え? そ、そうかな……」


不意の褒め言葉に、桃花の胸が小さく高鳴る。

その時、店員が少し控えめに、しかし期待を込めて尋ねた。


「あの……今撮ったやつ、SNSにアップしてもいいですか?」

「構わないわよ〜♪ タグ付けして、そして可愛く加工してね♡」


ケルベロスは尻尾を振りながら快諾した。


「やった!ありがとうございます!」

「アンタがアップしたやつアタシも見たいから、ID交換しましょ♪」

「いいんですか!? というかワンちゃん……スマホ持ってるんですね。なんで?」


店員が目をまん丸にして驚いた。

犬がスマホを持ってるなんて、誰も思わないよね……と桃花は内心苦笑する。


犬(?)と連絡先を交換するという異常事態に店員が固まっていると、ケルベロスは桃花へと目線を移した。


「そういえばアタシ、桃花ちゃんの連絡先とかSNSのID、知らなかったわね。教えて♪」

「あ、そういえば、そうだったね」

「もしよろしければ、私とも繋がりませんか?」


そのやり取りを聞いた店員も、すかさず乗っかってきた。


「え? あ、はい。大丈夫ですけど……でも私、SNSやったことないのでアカウントが……」

「そうなんですか!? なら、今ここでパパッと作っちゃいましょう!」

「え? そんな簡単に?」


店員の鮮やかな手つきで、桃花のスマホに新しい世界への窓が作られていく。


「えっ、すごい……ほんとにすぐ作れた……!」

「桃花ちゃん。アンタ、SNSのアカウントなかったのね」

「うん。今朝まで、スマホすら持ってなかったし……」


「……よしっと! これでいけますね!」


桃花の横で操作を誘導していた店員が嬉しそうに笑う。


ピコンピコン♪


電子音が通知を知らせ、三人のスマホが鳴り響く。

誰かと「繋がる」という初めての感覚。


今日手に入れたばかりの文明の利器が、急に血の通った温かな絆になった気がした。

その瞬間、桃花の胸の奥がじんわりと熱くなる。


「ありがとうございます! それじゃ、後でアップするので見てくださいね!」

「もちろんよ〜♪ 加工はピンク系でお願い♡」

「ふふ、任せてください!」


ケルベロスと話をした店員は、嬉しそうにお辞儀をして、奥へと戻っていった。


「まさか、人間とこんな風に連絡先を交換する日が来るなんて、夢にも思わなかったわ♡ しかも二人も! この姿も案外悪くないじゃない♪」

「私も嬉しいな。こういうの、ちょっとワクワクするね」


「ウフ♡ これからも、こんな機会がた〜くさんあるわよ〜ん♡」


ケルベロスがウインクをパチッと飛ばし、満足そうにその場で伸びをした。


そして支払いを済ませるため、二人は立ち上がり、屋台のカウンターへと向かった。

先程の店員へと、桃花が会計の声をかける。


「お会計お願いします」

「はい! ありがとうございます!」


先程の店員が、弾けるような笑顔で対応してくれた。

ケルベロスが、その店員へと感謝の言葉を伝える。


「とっても美味しかったわ〜♪ ご馳走様でした〜♡」

「ふふっ、また来てくださいね!」

「ええ、近くに来たらまた寄らせてもらうわね♪」


「……おう、また来てくれや」


「え?」


店のカウンターの奥から、地響きのような図太い男性の声が割り込んできた。

桃花とケルベロスは、反射的に顔を向けると、そこには腕を組んだ屋台の大将が立っていた。


「お嬢ちゃんとワンちゃんの食いっぷりを見てたけどよ。美味そうに食ってくれたじゃねえか! 作ったこっちからしたら、すんげえ気持ち良かったぜ!」


「はい! とってもお腹空いてましたし、本当に美味しかったですから!」

「ええ! トマトキムチカレーラーメン、マジ最高だったわ! 他のメニューも制覇したいわ〜♪」


「嬉しいねぇ、また寄ってくれよ! そん時は、また美味いもん作ってやるからよ!」

「またいらしてください! お待ちしてます! あ、それとSNSも、後で覗いてみてくださいね!」


「ええ、楽しみに待ってるわ〜♡」

「ご馳走様でした!」


賑やかな見送られ方をしながら、二人が屋台の暖簾をくぐり抜けた。


その時——


桃花の視線が、隣の屋台のカウンターで凍りついた。


「……あ、あれれ? あの人って……」


そこにいたのは、先程の宿「Devil's Door」で激しい暴言と捨て台詞を吐き、不機嫌に去っていったあの女性客だった。

一人でグラスを傾け、伏せたまつ毛の先には、酔いと苛立ちが重く滲んでいる。


「ねぇケルちゃん、あそこのカウンターに座ってる人。さっきミイラさんに酷いこと言ってた女の人だよ」

「あら、本当ね。推しのオリアスに会えず、一人でヤケ酒ってとこかしら?」


「だいぶ酔ってるみたいだよね……。というか、今日あの人を見るの、もう三回目だよ。この短時間に三回って……」

「ウフフ♪ 二度あることは三度ある、三度あることは四度ある。みたいな〜♡」


「ちょっ! 不吉なフラグ立てないでよ。私、結構ショックだったんだから……」

「ね〜♪ 泣いちゃったもんね〜♡」


「だからやめてって……!」


桃花が赤面して抗議すると、ケルベロスは笑いながら「はいはい〜♪」と軽くいなす。


だが——

この夜の偶然が、単なる「運の悪さ」などではなかったことを、この時の二人はまだ知らない。


夜風が屋台の布を大きく揺らし、遠くで誰かの笑い声が弾けては消える。

桃花はスマホの画面を見つめ、そこに新しく並んだ「繋がった名前」を指でなぞった。


「人と繋がる」という感覚が、少しくすぐったく、そして少しだけ不安になる。

その時、ケルベロスが足元でふと桃花を呼んだ。


「ねぇ、桃花ちゃん」

「ん?」


「アタシたち、これから色んな人、そして仲間と出会うわよ。きっと、ね♪」

「うん……楽しみだね!」


桃花は、その言葉の背後にある重みを、まだ深くは考えていなかった。


だがそれは——


この先に待ち受ける、長く過酷な旅路の「幕開け」を告げるかのように、夜空へと静かに響いていった。

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