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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第3章 花と悪魔

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第32話 背徳の狂言交響曲

「可愛いワンちゃんは、何が食べたいのかな〜?」


屋台の女性店員は、ケルベロスに向かって微笑みながら、どれを注文するのかを優しく尋ねていた。


もちろん冗談で……。


「ん〜アタシはね〜え♪ このトマトキムチカレーラーメンと枝豆に、餃子、それと生ビールをジョッキでお願〜い♡ あ、キンキンに冷えた状態でね♡」


ケルベロスはテーブルの上に頬杖を立て、ウインクをしながら注文をした。


その瞬間、店員は手元のメモ帳にペンを当てたまま瞬きすら忘れ、目の前にいるその「ワンちゃん」を凝視している。


「……えっ?」

「……あっ!」


桃花は、ここで気付いた。

「犬」が言葉を使い、ごく自然に注文を済ませてしまったことに。


店員は当然、冗談で聞いたつもりだった。

なのに、まさか本当に言葉を使って注文してくるなんて、夢にも思わなかったに違いない。


屋台の喧騒の中で、このテーブルの周囲だけ、一瞬時間が止まったようだった。


「……い、今、犬が喋った? いや……腹話術のぬいぐるみ? それとも録音再生できる、おもちゃ?」

「喋ってるじゃない。アンタの目の前で」


「いいいっ……! 犬が喋ってる!? そ、その……注文したのは、ワンちゃん……ですよね?」

「そうよ。アタシが食べるんだから、アタシが注文したに決まってるじゃない」


そんなこと当たり前だろうと言うケルベロス。


それを聞いた店員の目が激しく泳ぎ始める。

頭の中の常識と目の前の現実が噛み合わず、完全にフリーズしていた。


だが次の瞬間、彼女の表情がパァッと明るく弾ける。


「うっそ! マジ!? 超可愛い! 信じられなーい! こんなことってあるのー!?」


店員のテンションが一気に沸点へと達した。

混乱を超え、興奮へと変わる。


そして、身を乗り出してくる彼女を、ケルベロスは冷静にたしなめる。


「ねぇ、ちょっと。早くオーダーを通してもらえる? アタシたちお腹空いてるの」

「あ、はいぃぃ! 少々お待ちくださいぃぃ!」


店員は奇声を上げんばかりの勢いで、慌てて屋台の方へと駆け戻っていった。


「い、今の店員さん、凄くびっくりしてたね……」

「喋る犬くらいで大騒ぎしすぎよ。世の中には、もっと不思議なことがたっくさんあるんだから〜♪」


「……た、確かに。でも、これで騒がれたら困るなぁ……」

「もし騒ぐようなら、“丸焦げにする”って脅すわ♡」


「ダメだよ! 本当に燃やしたら!」

「ウフン♡ 冗談よ〜ん♪」


そんな軽口を交わしていると、やがて食欲を暴力的に刺激する香ばしい匂いと共に、二人の元へ注文した料理が運ばれてきた。


「お待たせしました〜!」


テーブルの上に並ぶ料理の数々。

湯気が立ち、その香りに食欲が刺激され、二人の顔がほころんだ。


「わぁ、美味しそう〜! じゅるり」

「ワオ♡ これがトマトキムチカレーラーメン! いい香りじゃな〜い! 更に食欲が刺激されるわ〜ん♪」


すると、配膳を終えた店員が、もじもじと両手を組み合わせながら尋ねてきた。


「あ、あの……。食べ終わった後でいいんで、そのワンちゃん抱っこしていいですか? それと写真や動画とかも撮って、いいですか?」

「え? いいわよ。帰る時にね〜」


「やったー! では、ごゆっくり!」


スキップしそうな足取りで戻っていく店員を見て、桃花がぽつりとこぼす。


「……ケルちゃん、そういうの嫌じゃないんだ」

「だってアタシ、可愛いもの♡」


「自分で言うかな」

「当〜然♡」


桃花は冷えたグラスを手に取り、ケルベロスは両前足(両手)を器用に使い、大きなビールジョッキを持ち上げた。


「じゃ、ケルちゃんが仲間になったお祝いに!」

「あら♡ お祝いしてくれるの? 嬉しいわ!」

「それじゃいくよ! せ〜の……」


「「かんぱーい!」」


カチン、と小気味良い音を鳴らして乾杯し、二人は勢いよく喉を鳴らす。


「ぷはー! メロンソーダ美味しー!疲れた体に染み渡るー!」

「くっはぁ〜ん♡ 最っ高〜♪ この喉越し、そして程よい苦味とアルコール、コレが止められない止まらないのよね〜♡」


「まさか、ここでそんなオヤジみたいな台詞を言うとは、思わなかったよ……」

「人間って素晴らしいわ! こんなに美味しいもの作っちゃうんだもの♡」


桃花も熱々のラーメンを啜り、目を輝かせた。


「んん〜! これ美味しいよー! ああっこれ! 昔、おじいちゃんとおばあちゃんが用意した『核搭載歩行戦車』と、単身戦わされた日の夜に食べた、特製『熊鍋』に匹敵するくらい美味しいよぉ!」


「……」


ケルベロスのジョッキを持つ前足が、ピタリと止まる。

賑やかな屋台の中で、彼女の顔だけがスンッと真顔になっていた。


「……アンタ、見た目によらず……結構苦労してるのね」

「あ、『核搭載』とは言ったけど、その時は核なんて、そんな物騒で非人道な物は搭載してなかったから安心してね!」


「当ったり前でしょうがっ! あれね! 魔族に対しても、とんでもなく効くのよ! 非人道とはまさにその通りだわ! 魔族に人道もないけど……」


そんなツッコミを入れつつ、ケルベロスは犬の姿のまま器用に前足で割り箸を割り、麺を持ち上げて口に運ぶ。


「あら! このトマトキムチカレーラーメンいけるわ♡ トマトの酸味、キムチとカレーの辛さと刺激、そしてその中にある微かな甘味、それらをこの苦味のあるビールで流し込む……くぅ〜! 最高ね! 背徳の味だわ!」


「犬の食レポって……。しかも器用に箸を操るとは……。というか、体から黒い炎が出てるよケルちゃん」


「え? あらやだ! 失礼〜♪ 美味しすぎて、黒炎お漏らしちゃった♡ 恥しー♡」


ケルベロスは、「テへッ♪」とお茶目に返し、漏れ出していた黒炎を収めた。


「それにしてもケルちゃんって、美味しそうに食べるね!」

「枝豆と餃子も美味しい〜! あ、これ良かったら、桃花ちゃんもどうぞ♡」


「え! 食べていいの!? いただきまーす! 私のチャーハンも半分ど〜ぞ!」

「あら、ありがとう〜♡」


屋台の喧騒に溶け込みながら、二人は料理を和やかに平らげていった。


そして、すっかりとお腹が満たされ、その場が落ち着いてきた頃。

桃花はここで、ずっと気になっていたことを、ゆっくりと口にする。


「……ケルちゃん、私気になってたことあるんだけど」

「なーに? おかわりするの?」


「いや、そうじゃないんだ。さっき言ってた『魔族』についてなんだけど、もう少し詳しく教えてくれる?」


夜風が少しだけ冷たさを帯び、賑やかな屋台の喧騒が、桃花の耳元で遠のいていく。


「魔族のこと? ええ、構わないわよ」


ケルベロスはジョッキをテーブルへ置き、その「魔族」について静かに語り始めた。

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