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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第3章 花と悪魔

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第31話 夜の望郷街

オリアスに案内された部屋で、ベッドに寝転がっていた桃花とケルベロス。

持っていた荷物を下ろすと、張り詰めていた空気がふっと緩む。


そして外出の準備を整えた桃花が、足元で待機するケルベロスへと視線を落とす。


「さて、それじゃ! 外に行こうかケルちゃん!」

「そうね♪ せっかく街に来たんだもの、楽しまなきゃね♡」


ケルベロスが期待に尻尾を揺らす。

そのひと振りが空気をかき混ぜ、旅の高揚感を膨らませた。


重厚な扉を押し開くと、静謐な廊下の先に玄関ロビーが広がっている。

受付には、先ほど案内をしてくれた悪魔のオリアスが、絵画のような佇まいで仕事をしていた。


漆黒のスーツは皺一つない。

その完璧な姿勢は、畏怖と見惚れてしまうような溜息を同時に抱かせる。


相変わらず一切の無駄がない洗練された空気を纏っており、それだけで宿の格を上げているようにも見えた。


「あ、オリアスさん。少し外へ出てきますね」


桃花が声をかけると、オリアスは氷が解けるような柔らかな会釈を返した。


「かしこまりました。では、お部屋の鍵をお預かりします。お戻りになりましたら、またお声掛けください」


鍵を渡す際、指先が触れそうな距離でオリアスが穏やかに微笑んだ。


「この望郷街は、初めてですか?」

「はい! なので、すごく楽しみです!」

「アタシは前に来たことあるけど、随分と様変わりしたわね。まるで別の街に迷い込んだみたいだわ♪」


犬の姿のまま堂々と言うケルベロスに、オリアスは崩しすぎない絶妙な塩梅で、小さく笑って頷いた。


「左様でしたか。では、夜の喧騒を存分に味わってきてくださいね」


その洗練された微笑みと声の響きに、桃花の胸の奥がきゅっと鳴る。


(……何度見ても、素敵)


その爽やかな笑顔に見送られ、二人は外へと出た。


夜の街の喧騒が一気に押し寄せてくる。

屋台の電球が夜を橙色に染め、どこからか流れる音楽と、すれ違う観光客たちの笑い声。


熱を帯びた夜の空気に、二人の影が長く伸びていた。


「ねえ、ケルちゃん。どこ行こうか?」

「そうねぇ……お腹空いちゃったし、まずはご飯にしましょ♡」

「うん。それじゃ、ご飯食べようか!」


意気揚々と歩き出した二人だったが、桃花はふと立ち止まり、あることに気づく。


「……そういえば、ケルちゃんって犬だよね?」

「ん? どこからどう見ても可愛いワンちゃんだけど……それがどうかしたの?」


「いや、可愛いけど……。普通のお店、犬は入れないんじゃないかなって」

「……確かに。衛生的にアウトよね……。盲点だったわ」


ケルベロスの耳が、少しだけ下を向く。


「外で食べれるところ探してみる?」

「そうね。そうするしかないわね」


とりあえず二人は、提灯の赤い光が並ぶ小路へと足を踏み入れる。

するとそこには、どこか懐かしい昭和レトロな光景が広がっていた。


ひしめき合うように並んだ小さな食堂や屋台の間から、ふと、胃袋を掴むような醤油と出汁、そして焦げた油の香ばしい匂いが、風に乗って運ばれてくる。


「あ、ケルちゃん見て! あそこに屋台があるよ!」


桃花が指差す先には、もうもうと湯気を立てる屋台が数軒並んでいた。


古めかしいのれんには「味自慢」の文字が染め抜かれている。

鉄板の上で何かが焼ける音が、周囲の空気を一層美味しそうに染め上げていた。


それを見た桃花は、思わず小さくお腹が鳴ってしまう。


「どれも美味しそうだね! 目移りしちゃうよ!」

「いい匂い〜♡ おでん? ラーメン? どっちも捨てがたいわね!」


「ケルちゃんって、おでんとかラーメン……食べられるの?」

「もちろん食べられるわよ! アタシ、人間の食べ物大好きだもの♡」


「あ、じゃあ……。あそこにある屋台で食べようか」

「OK♪ 早く行きましょ♪」


足早に屋台の前に到着したものの、カウンター席はすでに客で埋まっていた。

しかし、そのすぐ横に外向きに設けられたテーブル席が空いている。


「カウンターは無理だね。でも、あっちなら座れそう」

「そうね。あそこにしましょ!」


二人が席に着くと、すぐにエプロン姿の女性店員が水を持ってやってきた。

桃花は少し身を縮め、戸惑いながら確認する。


「あの、犬もいるんですが……ここ、大丈夫ですか?」

「え? ああ、大丈夫ですよ。ここ外ですし、今は混み合っていませんから」

「ありがとうございます!」


その言葉に安堵し、桃花は冷たい水を一口飲んでから、二人でメニューを開いた。


「よかったね。断られなくて……ホッとしたよ」

「ウフフ♪ そうね♪ さて、何を食べようかしら〜?」

「うーん、どれも美味しそうだなぁ……じゅるり」


メニューを見ながら、二人の目が期待に輝く。

まるで獲物を狙うハンターのように。


「……私は、味噌バターコーンラーメンとチャーハンに、メロンソーダにするよ!」

「アタシね〜。トマトキムチカレーラーメンに餃子、そして枝豆と生ビール♡」


「トマトキムチカレーラーメン!? そんなのあった!? 味の迷子だよそれ!」

「あるじゃない。ここに」


「あ、本当だ……。でも味の想像がつかないな。よく食べようと思ったね」

「なんか美味しそうだったから♡ アタシはいつだって、チャレンジャーだから♪ もっと発音良く言ってあげましょうか?」


「いや、発音はいいけどさ……というか、生ビールってお酒でしょ? その姿で飲むつもり?」

「もちろんよ♡ こういうシチュエーションでのビールが一番美味しいのよ〜!」


小さな犬の姿で胸を張るケルベロスに、桃花は苦笑する。


「犬の姿でお酒って、体は大丈夫なの?」

「アタシを誰だと思ってるのよ? 地獄の番犬に現世の法律なんて、通用しないの♪ あ〜ん、早く飲みた〜い♡」


「いや、名前は関係ないと思うけど……」

「余裕よ♪ でも、この姿で食べたり飲んだりするのは初めてね。どんな感じかしら〜♡」


「ケルちゃん、楽しそうだね」

「あ、店員さんいるわ! すみませ〜ん! こっちおねが〜い!」


ケルベロスは元気いっぱいに前足を挙げ、店員に向かって声を張った。


「え? あ、はーい!」


呼ばれた女性の店員が、オーダーを取るためにテーブルへと駆け寄ってくる。


「ご注文お決まりですか?」

「はいっ!」


桃花は少し焦りながら注文を開始する。


「えっと……。味噌バターコーンラーメンとチャーハン、それとメロンソーダを」

「……はい、かしこまりました。そちらのワンちゃんの方は? 何にしますか?」


店員がニコッと微笑みながら、冗談めかしてケルベロスを見た瞬間——


その「ワンちゃん」が勢いよく口を開いた……。

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