第30話 Trouble Maker Girl
「ねぇ! オリアスさんは!? 包帯野郎じゃなくて、オリアスさんを呼んできてよ!」
さっきまで黄色い声を上げていた態度はどこへやら。
イケメン悪魔の姿がいなくなった途端、最後に残った女性客は、急にヒステリックで高圧的な態度へと豹変した。
その女性客の怒声を聞いた桃花は、思っていた予想が的中する。
(やっぱり、あの女性のターゲットはオリアスさんだったか。というか、ミイラの呼び方が包帯野郎って……。身も蓋もなさすぎる)
そんな最悪な態度を取る女性客であるにもかかわらず、ミイラは一切姿勢を崩さず、落ち着いていた。
「お客様、今晩お泊まりですか? でしたら受付の方で——」
「だからオリアスさんを呼んで! あんたみたいな包帯野郎は、『閻魔相手に地獄の国盗り』でもしてなさいよ! 一体何のための包帯なわけ!? 飾り!?」
言葉が通じていないのかと思うほど、女性の剣幕は凄まじかった。
それに対して、ミイラの対応は腰が低く、とても丁寧なのだが、女性客の威圧的な態度は、端で見ているだけでも不快になるほど最悪だった。
その様子に桃花が思わず声を潜める。
「感じ悪いよ……。そして声もデカい。というかあの人、どこかで見たことあるような……?」
彼女は、あのド派手なメイクの奥にある顔立ちに、妙な既視感を覚えていた。
そんな状況でも、ミイラは女性客へと接客を怠らない。
「オリアスは現在、他のお客様の対応で外しております」
「はぁ!? じゃあ呼んできてよ! あんたには用なし!」
「本日、オリアスとのお約束はございましたでしょうか?」
「ないけど!」
(ないんかい!)
あまりの理不尽極まりない要求に、心の中で激しくツッコむ桃花。
それでもミイラは、顔色(包帯で覆われているが)一つ変えず、一切動じずに丁寧な対応を崩していない。
「先程も申し上げました通り、只今オリアスは別のお客様の対応中です。いつ戻るかは、はっきりとお答えできませんが、如何いたしましょう。こちらでお待ちになりますか?」
「はぁ!? 今すぐ会いたいのに待たせるわけ!? だったらもういい! 一回帰る!」
「大変申し訳ありません。またのお越しを心よりお待ちしております。どうぞお気をつけてお帰りくださいませ」
怒り狂ってヒールを踏み鳴らしながら出て行く女性客の背中に向かって、深々とお辞儀するミイラ。
その姿が完全に見えなくなるまで、一切乱れぬ姿勢を保っていた。
その完璧な接客に、桃花は思わず感嘆した。
「……やっぱり、見た目だけで判断しちゃいけないね」
外見は恐ろしいアンデッドであっても、心は誇り高きプロフェッショナルな彼らに、しみじみと尊敬の念を込めて呟いた。
「ここ、大変ねぇ。いろんな意味で……」
ケルベロスが、魔界の同胞たちの苦労を労うように、ため息混じりに言う。
「うん、今帰った女性客、最初に入った宿の受付の人くらい、性格悪かったよ……って、ああっ!」
「ん? どうしたの桃花ちゃん?」
桃花の頭の中で、記憶のピースがカチリと音を立てて繋がった。
「今の女性客! さっき入った宿で、態度が最悪だった受付の女性だ! ド派手な厚化粧と服装で気付かなかったけど、間違いないよ!」
「あら? 気付いてなかったの? “変な感じのヤツ”だったから、アタシは匂いでわかったわよ♪ 化粧と香水の匂いがキツすぎて、鼻がもげそうだったけど」
「え、ケルちゃん、気付いてたの……?」
「当然♪ アタシ犬だから鼻がイイの♡……でも、さっきからずっと感覚が鈍ってるのよね。魔力がブレるというか、すごく違和感があって気持ち悪い」
自慢げな口調から一転、ケルベロスは少し気怠そうに鼻先をこすった。
「だ、大丈夫!? 化粧と香水の匂いにやられたとか!?」
「ウフフ、大丈夫よ♪ この黒柴犬の姿に、まだ慣れてないってだけだから♡」
「そ、そう……ならいいんだけど」
「それにしても、あのイケメン三悪魔、バカみたいにモテ過ぎよね……。もはや罪よ。だって “あんなの” まで引き寄せちゃうんだもの」
「うん。流石にさっきの女の人たちは、やり過ぎだと思うよ」
「アタシなら即燃やしてやったわ!」
「冗談に聞こえないって……」
本気の温度を含んだケルベロスの言葉に苦笑していると、部屋の手配を終えたオリアスが、静かな足取りで二人の元へと戻ってきた。
「お待たせしました。お部屋の準備が整いましたので、ご案内いたします」
相変わらず爽やかな笑顔。
どんな騒動があっても崩れない、プロの微笑み。
これなら女性客が熱狂し、ファンが異常増殖していく理由が痛いほどよくわかる。
彼ら自身が、人を惹きつける劇薬なのだ。
桃花は部屋に案内される前に、どうしても気になっていたことをオリアスへと確認する。
「あの、その前に……あそこのガイコツさん、バラバラにされてますけど、大丈夫ですか?」
女性客達の理不尽な体当たりによって吹っ飛ばされ、完全に分解状態になっている、無惨な姿を晒しているガイコツが、少し心配だったので聞いてみた。
「はい、大丈夫ですよ。勝手に戻りますので。ご心配ありがとうございます」
「勝手に!? 自己修復機能付き!?……いや、磁石?」
ある意味で、衝撃的な事実を知ってしまった桃花は、変な思考を巡らす。
そして、部屋まで案内される途中、蝋燭の火だけが頼りの薄暗い廊下でケルベロスは、オリアスへと先程の騒動に関して呆れたように尋ねる。
「オリアス、アンタも大変ねぇ。罪作りっていうか」
「さっきのお客様の件ですね? 報告は受けています」
それを聞いた桃花も、驚いたように口を開く。
「すごかったよね。まるで狂気に染まったアイドルの追っかけですよ」
「ここは宿よ! 握手会場でもライブ会場でもないの! 場を弁えないと!」
桃花とケルベロスが憤っていると、オリアスは足を止め、少しだけ困ったように伏し目がちになった。
「大変申し訳ありません。この宿のシステムに則ってのことでしたが、不快な思いをさせてしまいましたね」
(……ん? 今「システム」って聞こえたような……?)
何か意味深な言葉を聞いた桃花だったが、とりあえず話の腰を折らないよう振る舞う。
その彼女の足元で歩くケルベロスは、大きく声を上げる。
「そうよ! アンタら悪魔的にモテすぎるのよ! あのモテ方は頭狂ってるわ! もはや犯罪よ犯罪! この犯罪者め!」
「はは……悪魔的というか、悪魔ですので。というか、私は犯罪者ではありませんよ」
どこか達観したような、苦笑交じりの笑みを浮かべるオリアス。
謙虚に振る舞ってはいるが、モテているという自覚は多少あるのだろう。
相当慣れている様子。
そんな話をしながら、今晩二人が泊まる部屋の前まで辿り着く。
「こちらお部屋になります」
そう言ってオリアスが重厚な扉を開ける。
そして、二人が通された部屋はというと——
外観の禍々しい期待を全く裏切らない、重厚でゴシックな雰囲気を放っていた。
豪奢な燭台の炎がゆらゆらと揺れ、壁には見る角度を変えれば見つめ返してきそうな、不気味で精緻な肖像画が飾られている。
まるでホラー映画のセットの、ど真ん中に放り込まれたような部屋。
今にもクローゼットの中から、本物のお化けや吸血鬼が飛び出してきそうな雰囲気すらある。
だが、部屋の中央に鎮座する天蓋付きのベッドや掛けられた布団は、見た目からしてふんわりとしていて高級感があり、寝心地だけは天国のように良さそうだった。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください。いい夢を……」
(この部屋で、いい夢って見られるのかな? 悪夢しか見えない気がするんだけど)
思わず心の声が口から漏れそうになる桃花。
案内し終わったオリアスが、優雅にお辞儀をして戻ろうとした時、ケルベロスが鋭い声で彼を呼び止めた。
「あ、ちょっと待ちなさいオリアス」
「はい?」
「さっきの女客たちの中に、一人 “変なヤツ” が混じっていたわよね?」
その言葉に、オリアスの足がピタリと止まる。
「……やはり、気付いていましたか」
「当たり前じゃない。アタシを誰だと思ってるのよ」
(……私は全然気付きませんでしたけど……というか、全員変だったよ)
桃花の口から本音が出そうだったが、場の空気を読み、心の中だけに留めておくことにした。
「アタシが言わなくても、アンタならとっくに気づいてるでしょうけど、ヤバそうな感じだったわよ」
「……承知しております。ご忠告頂き、ありがとうございます」
「ま、アンタたちなら問題ないでしょうけどね」
(……何のことだろう? 私にはさっぱりだよ)
ケルベロスとオリアスの間にだけ流れる、桃花には踏み込めないピリッとした緊張感。
明らかに、ただの迷惑客の話ではない。
そんな内容であった。
「……それでは、ごゆっくりお休みください。もし外出なさる場合は、受付にてお声がけください」
不穏な空気を断ち切るように、そう言ってオリアスは、再び爽やかな笑顔で部屋を出ていく。
扉が重々しい音を立てて閉まった。
とりあえず桃花は、背負っていたリュックサックと装備を外し、アンティークな机に置く。
そして、そのままふかふかのベッドへとダイブした。
「お布団ふわふわ〜。部屋の内装はともかく、これはよく眠れそうだよ!」
「アタシもよく眠れそうだわ! 子犬の姿になるのもいいものね! でっかいベッドが独り占めよ〜ん♪」
「……ねえ、ケルちゃん。さっき何のことを言ってたの? “変なヤツ”って?」
「桃花ちゃんは気にしないでいいの♪」
「そう言われると逆に気になるって」
「ま、とりあえずチェックインは済ませたし、外に行ってお店を見て周りましょ♪ お腹も空いたし〜♡」
「あ、そうだったね。忘れてたよ!」
その声に促され、桃花は寝ていたベッドから立ち上がり、外へと出る準備をする。
食事をして、街を見て回り、帰って寝る。
ただそれだけの、ささやかな休息。
だが、この夜が——
「ただの外出だけ」で終わらないことを、この時の桃花は知る由もなかった。




