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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第3章 花と悪魔

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第29話 静かな夜の空騒ぎ

上質な茶葉がもたらす紅茶の香りが、ふんわりとほどけるように鼻腔をくすぐる。


「はぁ……あったかい。紅茶って、こんなに優しい味なんだねぇ」


桃花の口から、ぽつりと漏れた言葉と共に、一日中張り詰めていたものが、胸の奥からゆっくりと溶けていくのを感じていた。


アンティーク調のふかふかのソファが、疲労の溜まった体を優しく包み込み、抗いようのない心地よさに、瞼が自然に落ちていく。


うとうと……。


禍々しい外観の宿であることも忘れ、心地よい眠気に身を委ねかけていた。


その時——


ガタン!! ダダダダダ!!


その静寂を切り裂くように、入り口の方から勢いよく重い扉が開け放たれた音と、ハイヒールが石の床を叩く足音が、館内にけたたましく鳴り響いた。


「ひぇっ!? な、何っ!? 地震!? 爆発!?」


跳ね起きた心臓を押さえ、反射的にソファから立ち上がる桃花。

さっきまで浸っていた安らぎが、文字通り一瞬にして吹き飛ぶ。


襲撃者か。

あるいは、この魔界の宿がついに本性を現したのか。


身構えて振り向いた先には——


「オリアス様ぁぁーーん!! 私を泊めてぇぇーー!!」

「ラウムきゅ〜ん!! 部屋まで案内してぇ〜♡」

「ゼフォンさぁぁーーん!! また来ちゃったーー!!」


そこにあったのは、殺意でも魔物の群れでもなく、狂気だった。

入口から、ド派手な化粧と露出の多い服装をした女性たちが、群がるように雪崩れ込んできたのだ。


宿の静寂が、一瞬で混沌へと塗り替えられる。


「ぎゃぁぁーー!! 見つけたぁぁーー!!」

「やっぱり魔界宿最高ぉ〜!!」

「抱いてぇぇーー!!」


あまりの騒々しさに、桃花とケルベロスは驚きを隠せない。


「一体何事!?」

「何なの!? あの女たち!?」


そのやかましい客たちを見た従業員、ゾンビやドラキュラ、フランケンシュタインは、一斉にその方向へと振り向き。一瞬動きを止めた。

だがすぐに「ああ、またか……」といった感じで、また平常運転へと戻っていく。


どうやら、この狂騒は初めての事ではないらしい。


するとそこへ、近くにいたガイコツのホテルマンが、カタカタと骨を鳴らしながら、何事もなかったかのように接客へと入った。


「お客様方。大変恐れ入りますが、お静かにお願いいたします。他のお客様のご迷惑に——」


「ガイコツ邪魔!!」

「どいて!!」

「彼はどこ!? ゼフォン様ぁぁーー!!」


その瞬間——


ドカッ! ポキポキパキーン!


「あ〜れ〜」


職務を全うしようとしたガイコツは、推しを求めて暴走状態にある女性客たちの、無慈悲な体当たりを受け、あっけなく宙に舞った。


腕や脚、肋骨、そして頭蓋骨などのパーツが、コミカルなほど見事にバラバラとなり、無惨に飛び散る。


「ああ! ガ、ガイコツがー!」


あまりの理不尽な暴力に、桃花の悲鳴がロビーに響き渡った。


カチャーン! と乾いた音を立て、床にカラカラと転がる白骨たち。

もはやホラーではなく、スラップスティック・コメディだ。


そんな修羅場な空気の中、バックヤードからスッと現れた一つの影。


漆黒の細身のスーツに身を包み、背中まで届く美しい金色の長い髪と、彫刻のように端正な顔立ちをした、三人目のイケメン悪魔の青年だった。


「どうなさいましたか? お客様?」


目の前で、ガイコツがバラバラにされていようと一切狼狽えず、堂々たる態度。

その声は、騒音を掻き消すほどに深く、落ち着いていた。


(……あ、またイケメンきた。実はこの宿って、魔界のホストクラブなのでは?)


あまりの状況に、桃花は反射的にそう思ってしまった。

その金髪の悪魔が現れた瞬間、その女性客たちは、鼓膜が破れそうなほどの黄色い歓声を上げた。


「ゼフォンさぁぁーーん!!♡ また来ちゃいましたぁぁ!!」

「ぎゃぁぁぁーーー!! 相変わらず今日も麗しいぃ〜!!」

「推しが尊い〜!! 会いたかったですぅぅ!!」


まるでドームツアー中のトップアイドル登場のような光景。


出てきた悪魔、ゼフォンは、涼しい顔で「いつもありがとうございます。お元気そうですね」と甘く微笑んだ。


その瞬間、彼の周囲にだけ眩しいほどのエフェクトがかかったように見えた。

圧倒的な美の暴力。

物理的にキラキラと発光している錯覚に陥り、視界がチカチカする。


「ま、まぶしっ……!」


桃花が目を細めたその時。

女性客の一人が、まるで撃ち抜かれたように、その場へバタリと崩れ落ちた。


「あれ? 倒れた?」

「……倒れたわね」


その状況に、ケルベロスの声も少し引き気味だ。

すると、ゼフォンは倒れたその女性を優しく抱き上げ、穏やかに声をかける。


「大丈夫ですか? お部屋を取ってお休みになられますか?」

「はい……♡」


倒れた女性は頬を赤らめ、完全に昇天したような表情を浮かべた。


ここが宿というのもあり、セリフだけ聞くと完全に別の意味に聞こえてしまう。

他の女性たちは、露骨に羨ましげな視線を向けている。


するとそこへもう一人、先ほどお茶を出してくれた銀髪の悪魔、ラウムが静かに現れた。


「……ゼフォンさん、どうされました?」

「ああ、ラウム、俺はこのお方をお部屋にお運びするから、お二方の対応をお願いできるかい?」


「承知しました」


金髪と銀髪。


二人の超絶イケメン悪魔が並んだ瞬間、むせ返るような香水と熱気で淀んでいた空気が、一瞬にしてマイナスイオンで浄化されたような気がしてしまう。


「なんなの……。あの圧倒的ビジュアル攻撃……」


桃花は思わず頬を押さえる。


(……しかもイケボ。これは悪魔のささやきというASMRか? よく眠れそう……。いや、逆にこれは寝られないな)


ゼフォンは、目の前で倒れた女性を軽々とお姫様抱っこし、部屋まで運んで行った。


「ぎいいやゃぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」


まるで悲鳴のような歓声が上がる。

音量も熱量も桁違いだ。


そして、残った興奮状態の女性たちの対応を、ラウムが涼しい顔で引き継ぐ。


「いらっしゃいませ。今宵はどのようなお部屋をご希望でしょう?」


慈愛に満ちた優しい笑顔と、完璧な礼儀。


だがその瞬間——


ドサッ

また一人、倒れた。


「また倒れたよ!」

「また倒れたわね」


桃花とケルベロスは同じような反応。


もはやここは宿ではなく、イケメンによる事故多発現場のようであった。

だが、ラウムは驚くでもなく、手慣れた様子で自然にその女性を抱き起こす。


「お客様、お怪我はありませんか?」

「ねぁ……私のために、部屋を取って♡」


倒れた女性は、ラウムの腕の中でちゃっかりと上目遣いになり、甘えきった声で言ってきた。


「かしこまりました。一室ご用意いたします」


ラウムは一瞬も乱れずに微笑んだ。

悪魔とは思えぬホスピタリティ。


「立てますか?」

「立てな〜い♡」


女性は、自力で立つ気など最初からないと言わんばかりに駄々をこねる。


(……嘘つけよ。さっきまで一番高くジャンプしてたくせに)


心の中で、思わず的確なツッコミを入れてしまった桃花。


「では、お部屋までお連れいたします。お続きは後ほどお願いいたします」

「うん……わかった♡」


そう言って、ラウムもまた、まるで羽を扱うようにお姫様抱っこし、女性を連れていく。

流れるような手際だ。


二人目、搬送完了。


「……い、一体、ここで何が起きてるの……?」


恐怖の悪魔城での一夜を覚悟していた桃花の脳は、この斜め上の展開に、もはや処理を諦めかけていた。


眠気など完全に吹き飛んでいる。

すると、呆れ顔のケルベロスがポツリと呟いた。


「なるほどね」

「え?」


「あの女たち、『推し活』よ。推し悪魔を追ってここに来てるんだわ」

「お、推し悪魔!? そんなジャンルが!?」


「ああやって倒れたフリをして、接触してんのよ」

「嘘でしょ!?」


「あれ、全部演技でしょ。だって目の前で倒れたら、お姫様抱っこしてもらえるんだもの。あの手この手よ」

「信じられない……。いくらなんでもやり過ぎだって」


「そうよね。あたしもそう思うわ。なんで出禁にしないのかしら?」

「色々と事情があるのかな……?」


Devil's Doorの経済事情にまで、思いを馳せながら話ている二人。


すると、最後に残った一人の女性客の対応を、近くにいたミイラのホテルマンが、包帯を揺らしながら行っていたのだが……。


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