第28話 天使のような悪魔の笑顔
この宿「Devil's Door」の受付にて。
桃花は、あまりにも綺麗な顔のホテルマンに目を奪われていた。
(うーわっ!? 今、気付いたけど、何この人!! 凄まじいイケメン!!)
黒真珠のような艶やかな黒髪。
彫刻のように整った顔立ち。
陽の光を浴びたことがないような、透き通る白い肌。
血のように深く、澄んだ赤い瞳。
そして、口元に浮かぶ静かな微笑みは、どこか憂いを帯びたような、儚げな色気を含んでいる。
近くで見れば見るほど、まるで緻密に描かれた宗教画のようだった。
(……やっべこれ! ずっと見てられる!)
恐怖が一気に吹き飛び、不覚にもその圧倒的な美貌に見惚れてしまった。
その時——
横にいたケルベロスが「あっ!」と大きな声を上げた。
「アンタ、もしかして『オリアス』じゃない!?」
絶世のイケメンを見みたケルベロスは、そのイケメンへと親しげに問いかけた。
「えっ?……はい、確かに私の名は、オリアスですが……ん?」
「……ねぇ、アタシのこと、覚えてるかしら?」
黒柴の子犬姿のケルベロスに向かって、その「オリアス」と呼ばれた男性は、僅かに目を丸くして答えた。
「この魔力……もしかして、あなたケルベロスさん、ですか?」
「そうそう! そうよ〜! お久しぶり〜!アンタ、こっちに来てたのね!」
「ふふっ、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。そのようなお姿でしたので気付きませんでした。それにしても、随分と……変わりましたね」
「ウフン♡ アタシも色々あってね〜♪ でも、アンタは昔から全然変わらないわね! 相変わらずの男前だわ〜ん♡」
旧友との再会を、懐かしそうに笑い合う二人。
桃花はその光景に、ポカンと口を開けていた。
「……えっ? 二人って、知り合いなの?」
「そうよ! 紹介するわ! アタシの友達、オリアスよ! それにしても懐かしいわね〜♪ 何年ぶりかしら?」
「三千年ぶり、くらいでしょうか」
「あら、まだそれくらいだったかしら?」
(……数字の桁がおかしいって。ケルちゃんの友達ということは、この人も魔族?)
あまりにも桁違いな数字を聞いてしまった桃花は、人間と魔族との感覚の違いを思い知らされる。
「あ、紹介するわオリアス! この子、アタシの旅仲間の桃花ちゃんよ! 優しくしてあげてね〜♪ この子、すぐに泣いちゃうから♡」
「ちょっ、ケルちゃん! 余計な情報を付け足さないで!」
「ふふっ、こちらこそよろしくお願いします。桃花さん。私、この宿泊所、「Devil’s Door」を運営しているオリアスと申します」
「と、桃花です。よ、よろしくお願いします……」
優雅な所作で自己紹介をされ、桃花は完全にしどろもどろとなっている。
そんな桃花を見て、オリアスがニコッと微笑む。
その柔らかな笑顔がまた、心臓に悪いほど反則的に素敵すぎた。
「オリアスはね、アタシと同じ魔族なの♪ そんで、天使並みに優しい男なのよ〜♪ 悪魔のくせにね♡」
「……うん。え? あ、悪魔!?」
「ふふっ、私は変わり者ですからね」
自分の種族を語るにしては、あまりにも爽やかに笑うオリアス。
その毒の無い笑顔に、桃花はまたしても見惚れてしまう。
(……ずっと見てられる……。はっ! ダメ! 色んな意味で私の危険が危ない!)
桃花が心の声で葛藤している中、ここでケルベロスが忠告してくる。
「あ、ダメよ桃花ちゃん。コイツに惚れたら泣かされちゃうからね〜♪ アンタはただでさえ泣き虫ちゃんなんだから♪ 気を付けないと〜♡」
「泣き虫って言うなー!」
ケルベロスの話を聞いたオリアスは、少し困った顔つきで声を上げる。
「ケルベロスさん……。人聞きの悪いこと言わないでください。泣かせるなんて……。そんなことしませんよ」
「ほんとぉ〜? 魔界の女の子悪魔たちを大量に泣かせまくってたって、ハ・ナ・シ、た〜っくさん、あるみたいじゃな〜い♡」
「え、え? 女の子悪魔を泣かせたって……? オリアスさんが?」
それを聞いた桃花は、信じられないといった様子できょとんとした。
同時にオリアスも、ケルベロスの話に少々困惑した表情をしている。
「泣かせまくったって……。いや、それはですね……」
「リリスちゃんなんて、アンタにフラれて千年引きこもったって聞いたけど♡」
「やめてくださいよ。違いますから。あれは誤解ですって……!」
ケルベロスに昔の話を持ち出され、オリアスは困り気味だ。
その横で桃花も、話についていけず困っている様子。
(……千年単位の恋バナって何? でも、確かに納得。優しくて落ち着いていて、それでこれだけの美顔なら……って、ん? その前に今、さらっと「魔界」って言った?)
ペースを乱されたオリアスは、軽く咳払いをして強引に話題を切り替える。
「……さて、昔話は、また後にしましょう。今からお二人のお部屋を手配しますので、あちらのソファへお座りになってお待ちください」
「は〜い♡」
「あ、はい……」
そう言って仕事に戻るオリアス。
桃花たちは言われた通り、ロビーの端にある、アンティーク調のふかふかのソファに腰を下ろした。
するとすぐに、また別の従業員が静かな足取りで二人の元へと近づいてきた。
「どうぞ、お茶とお菓子でございます。こちらをお召し上がりながら、もう少々お待ちくださいね」
「ど、どうも、ありがとうございます……」
そして、出されたティーカップを受け取りながら、桃花は緊張で声が上ずるのを激しく感じた。
なぜならば、この従業員もオリアスに負けず劣らず、これまた息を呑むほどの「美青年」だったからだ。
月明かりを紡いだような綺麗な銀髪が、蝋燭の火の光を受けてキラキラと反射している。
その涼やかな笑顔も素敵で、桃花の鼓動をまた少し跳ねさせた。
彼の胸元にある名札には「ラウム」と書かれている。
その名前を、桃花は見逃さなかった。
しっかりと覚えた。
(しっかし、ここは一体なんだ? 恐怖の悪魔城の皮を被ったイケメンの巣窟?)
そんなことを思っていた桃花は、隣に座るケルベロスへと声をかける。
「……ねぇ、ケルちゃん。今の人も、魔族で悪魔なの?」
透過の問いに、ケルベロスは目を輝かせて答える。
「そうよ♪ でも今の子、アタシ知らないわ……。それにしても、若くてピチピチのイケメンだったわね〜♡ 後で声かけちゃお♡」
「ケルちゃん、語彙が完全におばちゃんだよ」
二人はそんな会話をしながら、出されたお茶とお菓子を頂く。
「……美味しい。すっごく香り高い紅茶。これアップルティーかな?」
桃花は自然と声が漏れる。
上質な茶葉の香りとフルーティーな甘さが、ふわっと口の中いっぱいに広がっていく。
思わずため息が出てしまうほど美味しい。
添えられたお菓子も、一口かじるとほんのりと上品なバターの香りが鼻を抜け、ホロホロと口どけの良いクッキーだ。
一日中張り詰めていた体に、じんわりと染み渡っていく。
今日、初めて心が安らいだ気がした。
(ああ……やっと休める)
思い返せば、旅立って今日がまだ初日だというのに、命の危機から修羅場まで、色々なことが多すぎた。
そして今は、ふかふかのソファにゆっくりと座り、甘くて美味しいものにありつけている。
一口、また一口と温かい紅茶を飲むたびに、強張っていた全身の緊張が、嘘のようにほどけていく。
そして、体がふわりと軽くなって……。
「桃花ちゃん? 眠いの?」
ケルベロスの声が、水底から響くように遠くに聞こえた。
心地よい微睡みに包まれ、急激にまぶたが鉛のように重くなる。
「ん? うん……」
そして、抗いきれずに目を閉じた。
その瞬間——
ガタンッ!!
鼓膜に響く、強烈で乱暴な音が館内に響き渡った。
床が微かに震えるほどの衝撃。
「んあっ! な、なに!?」
心地よい眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
音の方向を見てみると、入り口の扉が開いている。
そこから、夜の冷たい突風が室内へと吹き込み、館内に灯された蝋燭の火が一斉に激しく揺れ、不吉な影を壁に踊らせる。
ケルベロスが眉をひそめた。
「ケルちゃん? どうしたの?」
「……ちょっと厄介そうな客が来たみたいよ……」
開いた扉の外の暗闇から、得体の知れない「何か」が入ってくる予感がした——




