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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第3章 花と悪魔

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第26話 悪魔の宿

日が沈みきり、群青に溶けた空の下。

街の灯りが一つ、また一つと灯っていく。


遠目には温かな光であったのが、だんだんと少しずつ近づくにつれ、ざわめきや笑い声、食器の触れ合う音が混じり合い、空気が生き物のように膨らんでいくのがわかった。


やがて辿り着いた街の入り口。

巨大なゲートに掲げられた看板には「望郷街ぼうきょうがい」とある。


桃花は看板を見上げながら、ほっと息を吐く。


「この望郷街って、旅人が休憩や観光、そして宿に泊まったりする場所みたいだね」


旅の疲れが、ようやくほどけそうな響きだった。

張り詰めていた神経が、少しずつ緩んでいくのがわかる。


「ここ久しぶりだわ〜! 前に来たことあるけど、その時よりも活気のある街になったわね♪」


小さく変身したケルベロスの声が足元で弾んでいる。

その無邪気さに、桃花の胸も少し軽くなった。


「じゃあさ、泊まる場所を決めたら、色々なお店見て回ろうか!」

「あら♪ いいわね! お腹も空いたし! 美味しいものもたくさんありそう〜♡」


「さっき、あれだけお団子食べたのに、もうお腹すいたの? ケルちゃんって食いしん坊だね!」

「アタシ、まだまだ育ち盛りだから〜♡」


「何万年も生きてるのに、まだ育ってるの〜?」


他愛のない会話。

笑いが重なり、場の空気はすっかり、名もなき旅人のそれになる。


「……あ、この宿にしようか。和風な感じで、すごく私好み!」


落ち着いた佇まいの宿を見つけた桃花。

そして中へ入ろうと、扉へ手を伸ばした瞬間、足元のケルベロスが一言ぽつり。


「……ところで桃花ちゃん」

「ん? どうしたのケルちゃん?」


「……そもそもアタシって、宿に入れるのかしら?」

「え?」


「傍から見たらアタシ、ただの喋る犬よ?」


何も考えていなかった現実的な問題に、桃花は扉に手をかけたまま戸惑った。

どんなに強力な魔族であろうと、見た目はただの小型犬だ。


「た、確かに……そうだね。あ、でも最近は犬も一緒に泊まれる宿もあるみたいだから、受付で確認してみようか」


とりあえず聞くだけ聞いてみようと、桃花はそのまま扉を開けて中へ入る。


「いらっしゃーせー」


気の抜けた声。

気だるそうな様子で、受付に一人の女性が立っていた。

その女性に、緊張しながらも丁寧に確認をする。


「あの、すみません。犬と一緒に泊まれるお部屋ってありますか?」

「……はぁ?」


その瞬間、受付女性の表情が一気に氷点下まで冷え込んだ。

まるで自分よりも可愛い女性を見て嫉妬するかのような、信じられないほどの不機嫌な顔で桃花を睨みつけた。


「犬? おいおい。泊まれるわけないでしょうが。ここは人が泊まる場所なの。ペットが泊まれるとこに見えるわけ? あんた目悪いの? 頭も悪いの? つまらない冗談すぎて笑えないんですけど」


言葉が鋭利な刃となって、無防備な桃花の心に突き刺さる。

周囲にいた客たちの好奇と憐憫の視線が、静かに集まるのがわかった。


「……っ!」


あまりにも理不尽な態度。

予想外の悪意の奔流に、桃花の視界が滲んだ。


「そ、そうですよね……。ごめんなさい! し、失礼しました!」


桃花は慌てて頭を下げ、足早に出口へと向かった。


「ちょっ、桃花ちゃん!?」


ケルベロスも、すぐに後を追う。

外へ出ようと扉を開けた瞬間、その無防備な背中に、さらに毒を含んだ声が飛んできた。


「ったく、面倒くさいの持ち込むなよ! ペットが入れないくらいわかるだろうが! バカか? もう仕事が終わる時間だから早く帰りたいんだよ! 犬嫌いなんだよ私は! 二度と来るな!」


胸の奥が痛む。

桃花は震えながら外へ出た。


その直後——


あまりにも感じの悪い態度の受付に腹が立ったケルベロスは、怒りに燃えて吠える。


「何なのあれっ!! 客に向かってバカァ!? バカはそっちでしょーがっ!! 信じられないわ!! アイツ人間なの!? なんであんなのを接客業の風上に置いてるわけ!? この宿のヤツらバカなんじゃない!? にしても、あのバカ女め……生きたまま蝋人形にしてやろうかぁぁ!!」


「う、うん、すごかったね……」


戸惑う桃花を横に、ケルベロスの怒号が夜空に響く。

するとその声に反応して、同じような怒号が後方から鼓膜を打つ。


「聞こえてるぞぉぉーー!! お前こそ蝋人形にしてやろうかぁぁーー!!」


今出てきた宿の中から、先程の態度の悪い受付女性が、まるで悪魔のような大声で叫び返してきた。

扉を突き抜け、声が外まではっきりと聞こえてくるレベルだ。


もはや接客業の欠片もない。

それを聞いたケルベロスは、即座に言い返す。


「バカのアンタでも聞こえるように言ってやったのよ!! やれるものならやってみなさい!! バーカバーカ!! クビになって路頭に迷え!! あんたみたいな女!! どうやっても男にはモテないでしょうし、彼氏もいないでしょうねっ!! そのまま一生独身で生きろ!!」


「何だとぉぉコラぁぁ!! 誰が一生結婚できねぇだぁぁ!! もう一回入ってこいやぁ!! お前のお望み通り!! 生きたまま蝋人形にしてやるわぁぁーー!!」


「アンタが来なさいよバカ女!! “助けてくれー!!”って、叫ばせてやるからなーー!!」


愛らしい子犬の姿でありながら、背後に黒炎が立ち昇る。


「ケ、ケルちゃん落ち着いて! もういいよ! というか何で蝋人形なの!? しかも私が言ってるみたいになってるから! もう行こう!」


怒りが収まらないケルベロスを桃花は慌てて抱き上げ、急いでその場を去る。

そしてそのまま、人目のつかない路地裏の方へと逃げ込んでいく。


離れて行ったはいいのだが、さっきの受付から言われた、あまりにも酷い言葉が遅れて効いてきてしまう。

桃花はショックに耐えきれず、思わずその場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。



「……ぅっ……」

「……桃花ちゃん、泣かないで。あんなアホの言うことなんて、気にするだけ時間の無駄よ。桃花ちゃんは何も悪くないわ。切り替えて違うとこ、一緒に探しましょ! ね?」


ケルベロスは抱かれたまま、涙ぐむ桃花の頭を、前足で「よしよし」と優しく撫でる。

さっきまでの激昂が嘘のような、慈愛に満ちた声だった。


「……うん、ありがと、ケルちゃん」


優しく暖かい言葉と肉球の感触に、桃花は救われた。

その時、不意に桃花の脳裏にあの三バカ鬼の言葉がよぎる。


(……そういえば、あの三人の鬼が言ってた「クレーム率九割の受付嬢」って、もしかして今の受付の人? あそこまでいくと、これ演出なのかな?って疑っちゃうよ)


涙の合間に、そんな推測が浮かぶ。

傷は残っているが、完全には沈まない自分がいることに気づく。


「犬のアタシでも泊まれる宿があるか調べてみるから、ちょっと待ってて」


するとケルベロスは、どこからともなくゴソッと自分のスマホを取り出し、二足で立ちながら、手慣れたように操作し始めた。


「……さっきの受付の対応も驚いたけど、ケルちゃんもしれっと驚くことしてるよね?」

「そうかしら? これくらい普通じゃない?」


「ケルちゃん? 体のサイズや、姿形も変えられて、しかも犬の姿で二足で立って、スマホの操作するって、普通じゃないんだよ?」

「細かいことは気にしないの。そんなんだから、すぐに泣いちゃうのよ」


「うぐっ……」


痛いところを、グサッと的確に突かれた桃花。

反論の言葉が見つからない。


するとその時、ケルベロスが「あ!」と嬉しそうに声を上げた。


「桃花ちゃん! あったわ! あたしが泊まれる宿!」

「ホント!?」

「ええ! すぐ近くに、一件だけだけどね!」

「どこどこ!?」


「こっちよ! アタシについてきて!」


そう言うとケルベロスは、スマホをしまうと同時に、二足から四足走行モードになり、その宿がある方へと一気に駆け出した。


「ちょっ、ちょっと待って! いきなり四足走行にならないで! 速いよぉ!」


ケルベロスの後を慌てて追いかける桃花。


夜風が頬を撫でながら、街灯のオレンジ色の光が点々と流れていく。

その光が必死に走る二人を照らし、石畳を蹴る足音が静かな夜に響く。


街の喧騒から少し離れた路地の奥で、ケルベロスがピタッと止まった。


「桃花ちゃん! ここよ!」


そして、たどり着いた宿を見上げた瞬間——

桃花の声が震えた。


「……バ、バカな……。もう勘弁して」


彼女の目の前に現れたのは——


重厚な鉄の門。

血のように怪しく光る赤いランプ。

黒々とした蔦に覆われた石壁。

そして、夜の闇すら切り裂くように空を突き刺す尖塔。


その禍々しい外観は、どう好意的に解釈しても……。

RPGのラストダンジョンでもある、あの「悪魔城」を想像させるものだった。


「こ、これが……宿……?」

「そうみたいよ! いや〜ん、最っ高に雰囲気あるじゃな〜い♡」


桃花の絶望とケルベロスの歓喜。

対照的な反応が交差する。


ケルベロスが目を輝かせてうっとりと見上げる横で、桃花は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、絶句する。


「あ〜ん素っ敵〜♡ ここ、とっても懐かしい感じがするわ〜♪」

「懐かしいって……ケルちゃん、それ絶対、魔王がいる城でしょ……」


桃花は息をつきながら、半ば現実逃避のように呟いた。


その瞬間——

ギィィ……。


重苦しい音を立て、誰も触れていないはずの巨大な鉄の門が、ゆっくりと内側へ開く。

開いた隙間から、墓場のようなひんやりとした冷気が足元へ流れ出してきた。


「なんで!? 今、誰もいなかったよね!? なんで開いたの!?」

「ふふっ♪ 自動ドアでしょ? 歓迎されてるみたいじゃな〜い?」


ケルベロスの無責任な言葉を裏切るように、開いた門の隙間から漏れた微かな光の中に、何かの巨大な影がゆらりと浮かび上がる。


まるで城そのものが意志を持ち、「中へおいで」と誘っているかのように。


「……また、何か起きる予感しかしない……」


桃花は本能的な恐怖に駆られ、無意識に後ずさり、青ざめた顔で呟く。


「ぜ、絶対、また何かある……。私、旅に出て今日がまだ初日だよ!? 修羅場が続きすぎるって……」


不安が胸の奥で波紋のように広がる。


ランプの灯が揺らぐ中、悪魔城のような宿が、二人を見下ろしていた。


まるで「待っていた」かのように——

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