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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第2章 桃と鬼

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第25話 旅は道連れ

黒い煙が消え、音の抜け落ちたような静寂が戻る。

まだ、ほんのわずかに戦いの余熱が空気に残っていた。


桃花は背負い直したリュックを手でポンと叩く。

そして、ゆっくりと振り返って微笑む。


そこには、黒く艶のある毛並みと、少しふてぶてしい笑みを浮かべた三つ首の魔獣。


——「地獄の番犬ケルベロス」。


ほんの少し前まで敵だった存在。

それが今、一緒にいる。


不思議だった。


だがその不思議さよりも、心の奥で湧き上がる安心感のほうが勝っていた。


一人じゃない。


——その言葉が、胸の中をじんわりと温めていく。


「……というわけで、今日から桃花ちゃんと一緒に行動するってことで、いいのよね?」

「うん。私も一人は心細かったし、助かるよ」


照れた笑いが、まだぎこちない。


あの殺気がまるで嘘だったかのように、今は空気が和らいでいる。

だが、ふと胸の奥に小さな棘が残る。


「ねぇ、今更、私が言うのも変だけど、ケルベロスは魔族側なのに、私のような人間と一緒にいて大丈夫なの?」


桃花の問いに、ケルベロスは小さく肩をすくめて笑った。


「別に、”人間と一緒にいちゃダメ”なんて決まりはないからね〜♪」


軽く尻尾が揺れる。


「あ、でも魔族側がそれを知ったら……。アタシ、ヤバいかも〜♡」

「え……?」


冗談めかした声に、桃花の表情が曇った。


一緒に行こうと誘ったりしなければ、ケルベロスはこんな危険を負うこともなかったかもしれない。

その裏に潜む可能性を想像してしまい、桃花の胸が痛む。


「……ご、ごめんね。私が、誘うようなことを言ったから……。一緒にいるのが嫌だったら無理しないで、すぐに離れてね」


自責の色を帯びた声。

その言葉に、桃花は責任を感じている


「な〜に言ってるのよ〜♪ アタシがそうしたいからそうしただけよ。それに——」


三つの顔のうち一つが、ふにゃっと優しく緩む。


「きび団子ちゃんが、と〜っても美味しかったから〜♪ それに勝るものなんて、そうそうないわ〜! また食べたいわ〜♡ もうお腹空いたかも〜?」

「えぇ……そんな理由?」

「そんな理由が、一番強かったりするのよ〜ん♡」


思わず笑みがこぼれる。

重かった空気が、ふっと軽くなった。

けれど、すぐに真剣な瞳で桃花へと戻る。


「でも、もしそんな危ない状況になったら、今度は私が助けるからね! 今の私じゃ、ちょっと難しいかもしれないけど……」

「ふふっ、ありがと♪ でもね、アタシ桃花ちゃんと戦って感じたの。アンタ自分で言うよりも実力あるわよ。もしかしたら、アタシよりも強いかも〜?」

「……はい?」


予想外の評価に、桃花の思考が止まる。


「精神的には、まだまだ可愛いピヨピヨのひよっこちゃんだけどね〜♪ でも、技術や精度は高いわ。伸び代も感じる。あのじじばばに、がっつりとシゴかれただけはあるわね〜」

「うぐっ……精神的に弱いのは否定できない。でも私の方が強いかもって言われても、あまりピンと来ないな」


「あら、ちょっと言い過ぎたかしらね。確かにアンタ、実戦経験は無さそうだし?」

「ギクッ!? わ、わかります?」


「そりゃわかるわよ〜。アタシ、アンタより数万年も、オ・ト・ナ。なんだから♡」

「あはは……大先輩には敵いませんなー」


和やかな空気が流れ、さっきまであった緊張感は消えていた。


「でもケルベロスより、私の方が強いかもって言うのは、やっぱり言い過ぎだよね」

「あら? ならもう一回、戦って確かめてみる?」


「や、やらないって! せっかく助かったのに、今度こそ死んじゃうよぉ!」

「冗談よ〜♪ でもアタシの言ったこと、そんなに外れてないと思うの〜♡」


「そうかなぁ……。どっちでもいいよ。私、ケルベロスと戦いたくないもん」

「ウフ♡ アンタやっぱり“優甘い”わ〜♪」


「優甘いって……それ、優しいと甘いを略したでしょ!」

「そうとも言う〜♡」


軽口の応酬。

そのやり取りが距離を縮めていく。


「ねぇ、私も紅葉さんみたいに、“ケルちゃん”って呼んでいい? すごく可愛いと思ったし、私もそう呼びたいなって」

「もちろんよ♡ 心の距離が、ぐ〜んと縮まった感じ〜♪」


「やった! 改めてよろしくね。ケルちゃん!」

「こちらこそよろしくね〜。桃花ちゃん♡」


二人の間に、ほんのりと温かな風が吹き抜けた。

戦いの緊張が解け、心が和らいでいく。


「でもさ、ケルちゃんの体、大きすぎて目立つよね。鬼の営業所に入った時みたいに小さくなれない?」

「なれるわよ〜♪」


次の瞬間、ふわっと光が弾け、ケルベロスの巨体がぐんぐんと縮んでいく。

そしてそこに現れたのは——

三つ首のまま小型化したケルベロス。


「すご……一体どうなってるの? この世は不思議なことばかりだよね」

「そうよ♪ この世は、不思議なことしかないのよん♡」


「ケルちゃんは数万年も生きてるのに?」

「思うわよ。だって、アンタの育ての親、じじばばに一瞬でボロ雑巾にされたのよ? この世界は、本当にわからないことしかないわ」


「そ、そっか……。でも宇宙レベルで考えてみると、確かにわからないことだらけだね」

「だから、“この世は面白い”のよね〜♪」


「ケルちゃんは凄いね。私はまだ、“この世は面白い”なんて思えないよ」

「いいのよ。無理にそう思うことないわ。ただ辛くなるだけだからね♪」


受け止められた感覚が、桃花の胸を静かに温めていく。


「うん……ありがとう。ケルちゃんとは、ついさっきまで敵同士だったのに、こんな話してるのは、なんか不思議な感じだね」

「ウフ♡ “世の中は広い”ってことよ〜♪」

「そのセリフ、おばあちゃんにも言われたよ〜」


こうして軽口を交わしながら、二人の間に自然と笑いが生まれていく。


「でも身体が小さくなったとはいえ、三つ首のままだと、まだ目立つよね……」

「ならもっと小さく、そして可愛くなってみようかしら〜っと♡」


次の瞬間、また光がふわっと弾けた。

なんと、そこに現れたのは——


「……え? こ、子犬? しかも黒柴で……首が一つになってる!?」

「人間ウケがいい黒柴の子犬になってみました〜♪ どう? アタシ可愛いでしょ♡」


ケルベロスの更なる変身を見た桃花は、あまりの予想外な出来事に驚いた表情を見せる。

その場の空気が一瞬で弾んでいく。


「すっごくいい! 最高! 可愛い! 堪らん! ずっとそのままでいて〜!」

「あら、お気に召したみたいね♡」


桃花は思わずケルベロスを抱き上げ、頬ずりした。


「毛並みふわふわ〜」


ケルベロスは照れくさそうに尻尾を振る。


「こんなにウケるとは思わなかったわ〜♪ この姿なら街に入っても安心ね!」

「うんうん! 完璧〜!」

「でも、こういうのあんまりやったことないから、慣れるまでは少し時間がかかるわね〜」


「え、そうなの? だったら無理はしないでいいからね?」

「アタシを誰だと思ってるの♪ 任せなさい!」


「本当? それなら、いいんだけど」

「大丈夫よ♪ 心配ナッシング〜♡」


「よし! それじゃケルちゃん、このまま街まで行ける?」

「おっけ〜い♪」


夕暮れの中、二人は歩き出す。


穏やかな時間が、ゆっくりと流れる。

その流れの中で、新しい関係が静かに重なっていく。


しばらくすると、やがて遠くに街の灯りが見えてきた。

この小さな光が、これからの旅路をそっと照らしていた。

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