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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第2章 桃と鬼

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24/79

第24話 きび団子と地獄の番犬

紅葉の姿が遠くの木々の間に消える。


桃花はしばらくの間、今歩いてきた営業所のある方角を見つめていた。

胸の奥が温かいのに、少しだけ痛む。

救われた安心感と、何もできなかった無力感。


その両方が、まだ混ざったままだった。


「この後、紅葉さん……大丈夫かな」


けれど、今の自分にできることはない。

桃花は小さく息を吐き、また歩き出す。


そして、営業所から少し離れた場所に腰を下ろし、ケルベロスを待つ。

夕暮れは橙から藍へとゆっくり色を変え、冷えた空気が頬を撫でた。


「……さてと。きび団子、出しておこうかな」


リュックサックを背中から下ろし、何気なく中を覗き込む。


「……ん?」


視界に映ったものに、思考が止まる。

桃花は首をかしげた。


「え……?」


中が、わからない。


黒くも白くもない、モヤのような霧が漂っていた。

形がぼやけていて、奥行きすら掴めない。

底も、横も、どこまでも霞んでいる。


まるで「中」という概念が存在していないようだった。


「……なんか怖いんだけど。でも手を入れないと、取れないよね」


自分に言い聞かせる声が、わずかに震える。


「ていうか、本当にお団子あるの? そもそも、このリュックどうなってるの?」


見た目は普通の布製リュック。

だが、背負っていた時から妙に軽かった。

まるで空気しか詰まっていないような感触である。


「……まさか、異空間収納とか、そういう感じ……?」


恐る恐る手を差し入れる。

その瞬間、手首から先が、もやに溶けたようにスッと消えた。


「ひゃっ……!? なにこれ! 手が……消えた!?」


思わず肩が跳ね上がる。

慌てて引っ込めようとしたが、痛みはない。


感覚もあるし、手も動かせる。

けれど、何も触れない。

空間そのものが柔らかく、どこまでも続いている。


不思議な感覚だった。

しばらく探ると、指先が何か固いものに触れた。


「……あ、何かある」


桃花はそれを掴み、ぐいっと引っ張り出す。


すると——


「あ?……な、何コレ!うあああーーーっ!?」


リュックの口から、信じられないほど巨大な袋が「ヌルヌル〜」と出てきた。


完全に物理法則を完全に無視している。

自分の身長より大きい袋が、ドサッと地面に落ちた。


「……おばあちゃんが、色んな物を入れてた時も思ったけど、一体なんなの? このリュック……」


あまりの展開に、もう思考が追いつかない。

混乱しながらも袋の口を開ける。


「……嘘、でしょ?」


中には大量の団子たち。

それも数えきれないほど様々な色をした団子が、ぎっしりと詰まっている。


「なんだこの量は……。もはや入ってるというレベルじゃないよ……」


しかも、団子はどれもソフトボールほどの大きさで、艶やかに輝いている。

桃花は団子を一個手に取り、呆然と見つめた。


「それにしても……デカい! もう団子の規格を超えている! もはや競技用だよ!」


だが、ふんわりと甘い香りが漂う。


「……あ、でも美味しそう……じゅるり」


——するとその時。


「桃花ちゃ〜ん!」


地鳴りのような足音とともに、ケルベロスが桃花の元へ近づいてきた。


「アッハ〜ン♡ アタシのお団子ちゃ〜んたち〜!」


三つの頭がきび団子を見つめ、目を輝かせる。


「お待た〜ん! あ、お団子ちゃんみ〜っけ♡ 食べていい? もういいでしょ!? ねぇ、いいでしょ!?」

「う、うん。たくさんあるから、遠慮しないで食べていいよ」

「ありがとー♡ それじゃ、いただきま〜す!!」


次の瞬間、ケルベロスは凄まじい勢いで団子を頬張った。

その勢いは、まさに嵐。

三つの口で同時に食べながら、尻尾を激しく振っている。


「はっ!? なにこれ!? 超美味しいっ! これマンゴー味よ!」

「こっちはチョコ味だわ!」

「バニラ味もある! やだなにこれ、最高じゃ〜ん♡」


それを聞いた桃花は目を丸くする。


「え!? そんなに種類があるの!?」


ケルベロスのテンションはうなぎ登りだ。


「これは苺味! 桃味! あっ、焼き鮭味!? 焼肉味!? ちょっとカレー味まであるんだけど!?」

「ええ!? どういう味のラインナップなのそれ!? お菓子部門と惣菜部門がごっちゃだよ!」


ケルベロスの様子に、桃花は圧倒されながらも笑ってしまう。


「ふふっ、じゃあ、もっと出していくね」


次々と団子を取り出す桃花。


「ア〜ン幸せ〜♡ 病みつきになっちゃう〜♪」


美味しそうに食べるケルベロスに釣られ、試しに桃花も一つ手に取って口に運ぶ。


「……!? これ、味噌ラーメン味!? 美味しい! なんで!?」


意外すぎる味に驚きながらも、口の中いっぱいに広がる旨味に、思わず笑みがこぼれる。


一方ケルベロスは、三つの口で三倍速の勢いで平らげていく。

袋から出した大量の団子をどんどん消費し、あっという間に山のような団子が消えていく。


「す、凄い食べっぷり……。まだあるかな?」


桃花が袋の中を覗き、在庫を確認してみる。

だが、その団子たちは一向に減る気配がない。


「なんで全然減ってないの!? 一体どうなってんの!?」

「ウッフ〜ン♪ 気にしない気にしない♡ 食べ放題よ〜!」


もう何も、ツッコむ気力がない。

桃花は小さくため息をつき、空を見上げた。


その目の前で、ケルベロスは満足そうに舌を出し、お腹をさすっている。


「もうお腹いっぱ〜い♡ ごちそうさま! また食べたいわ〜♪」

「うん……。まだまだあるみたいだよ。減る気がしない。怖い……」


「え? あ、あれだけ食べたのにまだあるの!? その袋って魔道具? 魔法? 空間収納術?」

「私もわからないよ……」


意味のわからない二人は、お互いの顔を見合わせて笑い合う。

風が柔らかく流れ、遠くで鳥の声がした。


そして桃花が、ぽつりと口を開く。


「……さっきは助けてくれて、ありがとう。あなたがいなかったら今頃……」

「いいのよ。取引でしょ? それに、美味しいお団子ちゃんもいっぱい食べられたし♡」


桃花は少しだけ俯き、そして顔を上げた。


「……うん。これからは環境に流されないよう、自分の気持ちを強く持って、頑張って生きていくね」


ケルベロスは桃花を見つめ、ニヤリと笑う。


「ウフ♡ まだまだ危なっかしいけど……。桃花ちゃんなら大丈夫でしょ♪」

「それで……これからケルベロスはどうするの? 私のせいで、行くところなくなっちゃったでしょ?」


「まぁ……行くあてはないけど。なんとかなるでしょ! アタシ強いから!」


桃花は一瞬考え、意を決したように話し出す。


「……ならさ、私とまた取引しない?」

「取引?」


「そう。一応、頑張るとは言ったけど、やっぱりまだ不安なんだ……。もし行くところがないなら、私と一緒に来ないかなって……」

「……どういうことかしら?」


「私と一緒に、これからを過ごす仲間、みたいな感じかな……。あ、きび団子もまだたくさんあるよ! それしか、取引できるものはないけど……」


ケルベロスは目を細め、静かに問い返す。


「……アタシ魔族よ? アンタ、信じられるの?」


桃花は少し間をおいてから、真っ直ぐに答えた。


「……少なくともあの時、あなたは私を助けてくれたから」


その言葉を聞いた瞬間、ケルベロスの瞳が、驚きと優しさで揺れた。


「桃花ちゃん……。アンタ、本当に甘いわ。呆れちゃうほどよ」

「……」

「魔族のアタシを信じて一緒に行こうって、仲間にしようとするんだから」


ケルベロスは、しばらく黙って桃花を見つめた後、やがて微笑んだ。


「……でも、アンタは優しいのね。そういうところ、紅葉ちゃんと似てるわ」

「……?」


「アタシ、数万年生きてるけど、人間がアタシを仲間にしようとしたの、桃花ちゃんが初めてよ」


ケルベロスはしばし桃花を見つめ、口の端を上げた。


「面白い子ね。これも『縁』——いや、『因縁』ってやつかしら」

「えっと、それは……?」


「……桃花ちゃん泣き虫だし、ちょっと危なっかしいからね♪……だから、アタシが一緒に行って、ア・ゲ・ル♡」

「ほ、ほんと!? 一緒に来てくれる!?」


「ええ♪ きび団子ちゃん、切らさないようにしなさいよ〜♡」

「あ、ありがとう! これからよろしくね!」


「こちらこそヨロシク〜♪」

「……っていうかさ、私のこと泣き虫って言わないで!」


「あら? でも本当のことでしょ〜?」

「ぅぐっ……」


こうして、桃花と一緒に旅をすることになったケルベロス。

孤独な旅が、賑やかになる予感とともに、二人の笑い声が夕闇へと溶けていく。


温もり。

不安。

期待。


そして——

まだ見ぬ、新たな旅路の始まりを告げるように。

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