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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第2章 桃と鬼

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第20話 謎テロリスト

紅葉の声が、営業所内に低く鋭く響いた。


「……外に出ていなさい」


その一言に、逆らえる者など誰もいなかった。


外へ出た鬼たちは、何とも言えない不満を抱えたまま、営業所の前に固まっていた。


怒りと戸惑いが入り混じる空気の中、誰もが今の状況を呑み込めずにいた。

重たい空気が地面に張りつくように淀んでおり、やがて行き場のない苛立ちが、口を突いて出る。


スポーツ鬼は怒りで顔を歪め、言葉を吐き捨てた。


「……所長は、あの女と何を話すつもりなんだ? なんでその場で、すぐ始末しねぇんだよ!」


そこへ、赤鬼が唸るように話し始める。


「俺たち、あの女のせいで散々な目に遭ったんだぜ? 骨を折られただけでなく、木に逆さ吊りまでされたんだぞ! あいつがまだ生きてるってだけで腹が立つぜクソが!」


それを聞いた青鬼は、肩をすくめた。


「最初に見た時、いい身なりの女だったから、絶好のカモだと思ったんだけどね……」


「というか……お前らも所長を狙ってたのかよ」


この黄鬼の言葉に、スポーツ鬼とメガネ鬼の視線が交差する。

その視線には、仲間への探りが入っているようにも見えた。


メガネ鬼が乾いた笑みを浮かべ、眼鏡のフレームを指でクイっと上げながら答える。


「……ああ。見事に玉砕だったね。所長、壁が高いだけでなく、分厚すぎるよ」


「所長を狙ってるやつが、俺を含めてまさか三人もいたとはな。あの場で行くつもりはなかったが、取られるくらいならって思ったら体が勝手に動いてたぜ」


メガネ鬼に続いて、スポーツ鬼は苦笑混じりに話し出してくる。

怒りの感情は比較的には薄いようだ。


「僕も同じだったよ。でも僕はね。少しずつ確実に距離を詰めて、成功率を上げてから挑むつもりだったんだよ。まさかこんな展開になるとは、ホントに予定外だよ」


メガネ鬼が笑みを崩さず、ため息をついて答えていく。

実はライバルだったと判明した今、この三人の間に奇妙な連帯感が生まれている。


「というか君、昨日所長を食事に誘ってたのか」

「そうだ! ちゃっかりしてんなこの野郎!」


メガネ鬼とスポーツ鬼は呆れた様子。

抜け駆けしようとした事実にブーイングが飛ぶ中、黄鬼が落ち込んだように顔をガクッと落とした。


「昨日と今日で、二連続でフラれたけどな……」


その哀愁漂う黄鬼の様子に、短い沈黙が流れる。

その気まずさを払拭するように、スポーツ鬼がぽつりと呟いた。


「……ま、まぁ、んでだ。所長の『気になる人』って、一体誰なんだ? お前らわかるか?」

「さぁね。ここにいないなら、僕らが聞いても本当に知らない人物だろうね。まったく、所長はどこまで遠い存在なんだか……」


メガネ鬼が、クイっとメガネを指で押し上げる。

レンズの奥には、諦めきれない感情が揺らめいていた。


「なんか、ちょっと気まずいよなぁ……。このあと、所長と顔合わせづらいぜ。特に俺は……」


黄鬼がぼやいていたその時、ふと青鬼が何かに気づき、キョロキョロと周囲を見回した。


「あれ? そういえばケルベロスは?」

「ん? いないな……。あんなデカい奴が一体どこ行った?」


赤鬼も眉を寄せる。

それを聞いた他の鬼も周囲を見渡したが、気配がない。


あの巨体。

あの威圧感。


それがまるで最初から存在していなかったかのように、跡形もなく消えている。

皆が一瞬、背後の影を気にしたのだが……。

そこには、何もいなかった。


得体の知れない不穏さが肌を撫でる。

遠くでカラスの声が響き、静寂を際立たせた。

すると……。


——ガチャ。


正面の扉が開き、営業所の中から紅葉がゆっくりと姿を現した。

陽の光が彼女の髪を照らし、その紅い瞳と冷ややかな気配が、瞬く間に場の空気を支配した。


「所長! あの女は! どうしたんです!?」


スポーツ鬼が食い気味に問いかけた。

紅葉は一瞬だけ目を伏せ、数秒の沈黙ののち、静かに口を開く。


「……十分だけ、猶予を与えたわ」

「は? 猶予?」


それを聞いて、ざわめく鬼たち。

紅葉は感情の欠片もなく、言葉を続けた。


「ええ。みんな、十分経ったら中に入って仕事を再開して。それまでは、全員ここで待機」

「十分……?」


メガネ鬼が眉を寄せる。


紅葉の声が一段、低く落ちた。

その声には、有無を言わせぬ凄みが宿っている。


「十分の間に、あの人間が出てきたら遠慮はいらないわ。殺しなさい」


鬼たちがざわめき、顔を見合わせる。

ここでスポーツ鬼が疑問を問いかけた。


「もし十分経っても、まだ中にいた場合はどうするんですか?」


紅葉は更に続ける。


「同じよ……。容赦なく殺しなさい」


その一言で、鬼たちの目の色が変わっていく。


どちらに転んでも「殺せ」という許可。

抑圧されていた暴力への渇望が溢れ出す。

だが、それを聞いたスポーツ鬼がすぐさま声を上げた。


「な、何を言ってるんですか所長! なんでそんな回りくどいことをするんです!? 今すぐやっちまえばいいでしょうが!」


興奮の渦が広がり、他の鬼たちも獣のような咆哮を震わせる。


「そうですよ所長! 早くしねぇと、あの女逃げちまいますぜぇ!」

「あいつの顔と体を引き裂いて、泣き叫ぶところをよ! 早く見たいんですわ!」

「俺に真っ赤な血を見せてくれやぁぁぁぁーーーー!!」


狂気の歓声。

殺意と興奮で空気が震える。


そんな狂騒の中。

紅葉が一歩前に出る。


ガッ!


ヒールの踵に当たった砂利の音が鋭く響く。

その瞬間、空気が一気に凍りついた。


一言も発さず、ただその視線だけで鬼たち全員を圧倒した。

胸の奥を鷲掴みにされるような、重く鋭い威圧。

その紅い瞳は氷のように冷たく、刃のように光る。


「……ッ!!」


鬼たちは一斉に黙り込む。


「……大人しくしてなさい」


紅葉は長い髪を揺らし、その一言で全てを締めくくる。

沈黙のまま、焦った鬼たちは激しく頷いた。


だが、その沈黙の中——


黄鬼。

スポーツ鬼。

メガネ鬼。


この三人だけは、別の想いを抱えていた。

その静けさの中で黄鬼が小声で呟く。


「……やっぱ、所長って最高に怖ぇ……。でも、最高にイイ女」


メガネ鬼もスポーツ鬼も、同じように紅葉の横顔に視線を奪われていた。

彼らは、まだ諦めていなかった。


紅葉は「気になっている人」がいるだけで、付き合ってるわけじゃない。

それなら、まだ自分たちにも可能性はある。

声には出さないが、三人の心は同じ言葉を反芻していた。


紅葉は腕時計を見る。

安定した間隔で動く秒針が、やけに遅く進んでいるように感じた。


カチ、カチ、カチ……。


時間が音を立てて過ぎていく。

風が止み、世界が息を潜めたようだった。

張り詰めた緊張の糸が、限界まで引き絞られる。


そして……十分が経つ直前。

その静寂を破るように——


ドガシャーーン!!


営業所の扉が内側から破壊され、凄まじい勢いで吹っ飛んだ。


「!!?」


その瞬間、驚いた鬼たちが一斉に入り口へと振り向いた。

飛んでいった扉が、紅葉の隣を風を切りながらギリギリで掠めていく。

それでも彼女は微動だにしない。


そのまま飛んでいった扉は、たまたま紅葉の背後にいた青鬼の顔面へと、運悪く直撃した。


「へぶしぃっ!」


青鬼は地面へと倒れ、鼻血を出しながら気絶した。


鬼たちがざわつく中——

紅葉だけは一切目線を外さず、入口のみを見つめていた。


粉塵が舞う中、その入り口前に立っていたのは……桃花。

彼女はゆっくりと、外へと歩み出る。


顔は涙ぐんで目元が赤い。

息を切らし、額には汗がにじんでいて顔色も悪かった。

緊張に包まれながらも、それでも真っ直ぐに紅葉を見据えている。


「……」


紅葉も桃花の姿をじっと見つめる。

その瞬間、抑え込まれていた鬼たちの欲望が一気に爆発した。


「女キッタァァァァーーーー!! 八ぁぁっつ裂きじゃぁぁぁぁーーーー!!」

「殺せ殺せ全てを殺せぇぇぇぇぇーーーーー!!」

「サツガイ!! サツガイせよぉぉぉぉぉーーーーー!!」

「俺は地獄のテロリィィィーーースト!!」


鬼どもは頭が狂ったような雄叫びを上げ、一斉に足を踏み鳴らす。

暴力と嗜虐の声が飛び交い、その場は一瞬で狂気に染まった。


だが紅葉だけは表情を変えず、その紅い瞳が桃花を捉え、冷たく呟く。


「……残念だわ」


その囁きは、鬼たちの狂気に掻き消されてしまう。


「ねえぇぇえ!! 所長さんよぉぉお!! この女やっちまっていいんすよねぇぇぇぇ!!」

「もうっ!! 我慢できなぁぁぁぁイィぃぃぃYoooo!!」


鬼たちの声が重なった瞬間、別の声が空気を切り裂く。


「ざぁ〜んねぇ〜ん♡」


桃花の背後から、耳に残る甲高く艶やかな声。

その声が聞こえた方へと、一斉に視線を向ける鬼たち。


空気が歪んだ。


「アンタたちのお相手は、この、ア・タ・シ♡」


先程まで姿のなかった「地獄の番犬ケルベロス」が、桃花の後から艶やかに笑いながら外へ出てきたのだ。


その瞬間、鬼たちの血の気が引いた。

風が止み、空気が揺らぐ。


紅葉の瞳が静かに細められ、一瞬の静寂が訪れる。

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