表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第2章 桃と鬼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/19

第18話 天国と地獄

鬼の男性三人から、同時に差し出された三人の手。


紅葉の前で、未来の分岐のように並んでいる。

その光景は、どこか芝居じみているが、当の本人たちにとっては「本気」だ。

期待と自信と不安が、三方向から彼女へと注がれている。


「……」


紅葉は、しばらく無言のまま立ち尽くしていた。

視線を上げ、一人ずつ見つめる。


黄鬼の熱。

スポーツ鬼の対抗心。

メガネ鬼の静かな自負。


そして紅葉は一呼吸置き、静かに口を開けた。


「そのお気持ち、とても嬉しく思います。ですが……ごめんなさい」


声は柔らかい。


けれどその言葉は、鋭利な刃のように空気を真っ二つに切り裂いた。

その瞬間、営業所の空気がぴたりと凍りつく。

期待で温められていた空間が、一瞬で冷え落ちる。


三人の差し出した手が、宙に取り残されてしまった。


「な、なぜ……?」


メガネ鬼の声が理性を保とうとしながらも、わずかに震える。

その動揺は、彼自身が最も驚いている類のものだった。


紅葉は申し訳なさそうに目を伏せる。

だが、その目の奥にある決意は揺らがない。


「……実は私、気になる人がいるんです」

「!?」


言葉にならない衝撃が空気をさらに重くする。


「だ、誰なんですかそいつは!? この営業所内にいる誰かですか!?」


スポーツ鬼が堪えきれずに踏み込む。

問い詰める声の奥には、まだ「逆転の可能性」を探す必死さが見られた。


紅葉は視線を逸らし、少し恥ずかしそうに頬を指でつつく。

恥じらいを帯びた仕草。

だがその奥にあるのは確かな想い。


「この中にはいない、誰も知らない人」

「誰も……知らない?」


その言葉が落ちた瞬間——

三人の中で、何かが音もなく崩れた。


「ええ。前に偶然知り合った人というか、つい勢いで逆ナンしちゃったというか……」


その瞬間、「ええ!?」「所長が逆ナン!?」と、どよめきが一斉に広がる。

失恋の衝撃と新情報の衝撃。

二重の波が鬼たちを揺らす。


紅葉は更に顔を赤らめ、俯きながら言葉を続けた。


「その人ね、ものすっごくカッコよくて……。まるで漫画から出てきたみたいな人で……」

「……」


告白した三人は、紅葉の話を聞きながらも硬直している。

自分たちの敗北宣言を、詳細に説明されているようなものだ。


「だけどその時は、連絡先を交換しただけで……。それから、まだ一度も会えてないの」


その瞬間、僅かな希望が音もなく崩れた。


営業所を満たしていた緊張と熱は、今度は絶望と脱力へと姿を変える。

どこか遠くで機械音だけが、やけに乾いて響いていた。


三人は、差し出していた手をゆっくりと下ろす。

視線は床へ。

まるで、足元に砕け散った希望を拾い集めるかのように。


「何だよ、それ……」

「ウソだろ……」


黄鬼とスポーツ鬼の小さな呟きが、重く沈む。

誰もこんな結末など想像していなかった。

恋の戦場は、あまりにもあっけなく終わったのだ。


桃花もまた、この状況に呆然と立ち尽くしていた。


(……何でこうなるの? これって一体誰が得をするの?)


予想外すぎる展開に思考が追いつかない。


するとその時——


「……で、そもそも君は、ここで何をしているんだ?」


メガネ鬼の視線が、スッと桃花へ向けられる。

空気が方向を変え、冷気が一斉にこちらへ流れ込む感覚。


「!」


あまりに突然のことで、桃花は目を瞬かせる。


「君が現れてからというもの、今日はやたらと騒がしいんだよ」


静かな声。

だがそこには明確な「矛先」がある。


その言葉が火種となり、黄鬼が激しく反応した。


「そ、そうだ! こいつのせいだ! こいつがいなければっ!」


怒りの矛先が一つに集まる。


「つーかよ! この女がそもそもの元凶だろうが!」

「ああ、全くだ。今日はもう散々だよ!」


赤鬼と青鬼もそれに続く。

スポーツ鬼も腕を組みながら怒気を強め、桃花を睨みつけた。


「そういえばお前……“鬼の俺たちを退治しに来た”みたいなとか言ってたよな? なのに、さっきからそこで何してんだ? 余裕ぶっこいて高みの見物か? フラれた俺らのみっともねぇ姿を見て、さぞ楽しかろうなぁおい! いい度胸してんなコラァ!」

「え、えっと……」


桃花の背筋を冷たいものが走る。

流れが完全に変わった。


「フッ……なら、こうしようか」


メガネ鬼が、眼鏡をクイッと指で押し上げる。

その低い声が静かに落ちた。


「この沈んだ気持ちを、君で発散させてもらおうか。君さえいなければ、こんな惨めな思いをすることはなかったのだからね!」


その冷たい表情の奥には、静かな怒りが灯っていた。


「「ぶっ潰してやる!!」」


スポーツ鬼と黄鬼が同時に叫び、怒りの感情が爆発していた。

殺気が濁流のように桃花へと押し寄せる。


「確かにあの女、何なんだよ!」

「仕事進まねえよ、残業確定だろうがクソ!」

「あーあー! やってらんねぇなぁ!」


先程まで一緒に楽しんでいた周囲の鬼たちも一斉に立ち上がり、桃花を取り囲むように、ジリジリとにじり寄ってくる。

先程までの恋愛劇は、完全に消え失せた。


(……ぐっ、やってしまった!この状況は、まずい……。完全に四面楚歌!)


後悔が胸を噛む。

鬼たちの殺気が幾重にも重なり、空気が更にひりつく。

一瞬にして敵意の渦の中心に立たされてしまう。


(……やはり、さっきの隙を突いて、仕留めておくべきだった!)


自分の甘さと判断ミスを噛み締めながら、視線を全体に素早く走らせる。

今にも襲いかかってきそうな気配の中、桃花は一歩後ずさり、即座に構えを取った。


その瞬間——


「待ちなさい!」


紅葉の声が室内に鋭く響いた。


ぴたり、と全員の動きが止まる。

空気が再び凍りつく。


紅葉は一歩前に出て、真剣な表情で桃花を見つめた。


「この人間と……少し二人だけで話がしたい」

「は?」


鬼たちの声が見事に揃った。

怒りと困惑が再び場を揺らす。


桃花の胸に別の緊張が生まれる。


(……ど、どういうつもり? 今度は何を企んでいる?)


紅葉の瞳は、先ほどまでの可愛らしいものではなかった。

底が見えない。

柔らかさの奥に、何か異質なものが潜んでいるかのようだった。


「な、何言ってるんですか所長!」

「まさか、こいつを逃すとか言いませんよね!?」


赤鬼と青鬼の声が、営業所内へ大きく響き渡る。

紅葉は静かに息を吸い込んだ。

胸の奥に溜め込んだ何かを整えるように、ゆっくりと。


「話をするだけです。だから少しの間だけ、みんなは外に出ていて」


凛とした声が営業所の空間を真っ直ぐに貫く。

その声音は穏やかだが、拒めない圧を帯びていた。


鬼たちはお互いの顔を見合わせ、不満を滲ませながらも、渋々営業所の外へ出ていく。

やがて、重たい足音が一つ、また一つと遠ざかり——


最後に扉が閉まる。


バタン。


その音が、やけに大きく響いた。


——静寂。


そして営業所には、紅葉と桃花だけが残された。

桃花の胸の奥で、嫌な予感が膨らむ。

紅葉の瞳の奥に、異質な気配が走る。


その真意を測れぬまま、空気は再び張り詰めていく——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ