第17話 告白戦争
「ちょっと待ったぁぁ!」
鋭い声が、刃のように空気を切り裂いた。
黄鬼の告白に傾きかけていた場の流れが、見えない糸で引き戻されたように止まる。
ざわり、と鬼たちの気配が揺れた。
紅葉を奪われまいと、新たな彼氏立候補者が現れる。
「お前に、紅葉さんは渡せねぇな!」
前に進み出たその影は、あの眉間に皺を寄せて、険しい表情をしていた鬼であった。
短髪で目つきが鋭く、鍛えられたしなやかな筋肉は、まるでスポーツマンのような雰囲気を醸し出している。
その一歩で、場の温度がわずかに上がった。
続けざまに、名乗りを挙げた鬼がもう一人。
「……君が行くなら、僕もここで黙っているわけにはいかないね」
感情を抑えた声色。
次に前へ出てきたのは、無表情で紅葉と黄鬼を見ていた鬼。
整えられた髪と黒縁のメガネ、そしてシワののない綺麗なスーツ姿。
理知的で教養を感じさせるその鬼は、まるで透明な膜をまとったかのような静けさを保ちながら、ゆっくりと前へ出た。
彼の存在は、熱を冷やす氷の刃のようだった。
だが、その冷たさは決して引き下がりを意味しない。
むしろ静かに、深く、譲らぬ意志を示している。
(……この二人、やっぱり出てきたよ)
桃花は胸の奥で小さく息をついた。
あの黄鬼に取られてなるものかと、そんな無言の意地が、二人の背中に滲んでいる。
三人の鬼が、紅葉を巡って並び立つ。
その光景を目にした紅葉は、「えっ、えっ」と小さく声を漏らした。
戸惑いと喜びが入り混じったような表情。
頬が淡く染まり、視線が泳いでいる。
無理もない。
三人の鬼が、紅葉を取り合おうと、今こうして名乗りを上げているのだから。
この展開は、まるで恋愛劇の一幕。
ここはまさに戦場であり、同時に「隙だらけ」とも言えるような状況だった。
その場にいる鬼たちの意識は、完全に紅葉へと向き、桃花への警戒は消えていた。
——いや、最初から脅威とすら、思われてはいないのだろう。
油断。
慢心。
それが空気の隙間として、はっきりと見える。
(……今の状況なら、一気に斬り込める!)
そう直感するほどに、隙が大きい。
この機会を逃せばおそらく、次はない。
絶好の好機。
胸の奥で、仕掛ける衝動が沸き立つ。
でも——
(……この後、一体どうなるのか。それがどうしても気になる!)
刃よりも鋭い好奇心が、桃花の足を止めた。
紅葉は一体誰を選ぶのか。
それとも、誰も選ばないのか。
桃花は、そっと力を抜いた。
刀に手を掛けていた手が、ゆっくりと解けていく。
自分でも気づかぬうちに、心は完全に舞台の内側に入り込んでいた。
名乗り出た鬼三人は、お互いの顔を一切見ていない。
ただ一心に、紅葉へと注がれている。
強い光を三方向から浴びせられたように、紅葉は目を合わせられず、もじもじと身をよじった。
すると、その沈黙を先に破ったのは……黄鬼だった。
「紅葉さん! 俺と付き合ってください!」
真っ直ぐな告白。
空気が、再び一段と熱を帯びる。
「いや、こんな野生児みたいな甲斐性無しじゃなく、いつもあなたの隣にいた俺と付き合ってください!」
すかさずスポーツ鬼の言葉が、鋭く割り込む。
その挑発の棘が、黄鬼へとぶっ刺さる。
「はぁ? 何だとテメェ! 誰が甲斐性無しだ!?」
「お前のことだよ土下座野郎。この距離で聞こえてなかったのか? 何ならもう一度言ってやろうか?」
黄鬼とスポーツ鬼の視線がぶつかり、目に見えない衝撃が周囲を震わせる。
(……いや、売り言葉に買い言葉だよ! そういうのはいいって! いらないから!)
桃花の心の中のツッコミとは裏腹に、その場は一気に荒れかける。
「はぁ、全く君たちは……」
その隙間を縫うように、メガネ鬼が一歩前へ出た。
「紅葉さん。こんな血の気が多い連中より、僕の方が、あなたを穏やかで上質な未来へと導けます。どうか、僕を選んでください」
穏やかな声。
深く一礼し、スッと右手を紅葉の前に差し出す。
その所作に、場のざわめきが一瞬鎮まった。
理性が、暴れる感情を包み込もうとする。
(……ス、スマートだ。とても落ち着いている……! これはメガネ鬼が一歩リードかな?)
桃花の胸が、ドキッと鳴る。
場の空気が、わずかに彼を後押しするように傾く。
それを見た黄鬼とスポーツ鬼も、慌てて紅葉の前へ手を伸ばした。
「紅葉さん! どうか俺の手をとってください!」
「いや、いつもあなたの隣にいたこの俺の手を! 楽しくて綺麗な場所をたくさん知ってます! 一緒に行きましょう!」
今、三人の手が紅葉の前に差し出されている。
静まり返る空間。
周囲の鬼たちが、息を呑む。
(……ま、まさか、私の一言で、こんな告白合戦になってしまうとは! さぁ! 一体誰を選ぶ……!? ああっ! 何これ、すっごいドキドキするよぉ!)
目的を忘れて、完全に楽しんでいる桃花。
そして周囲の鬼たちも、いつの間にか完全に観客だ。
誰もが固唾を呑んで、紅葉を見守っている。
紅葉は誰の手を取るのか?
彼女に視線が集まる。
「こ、こんなことは、経験がないので、どうしたら……」
迷い。
戸惑い。
選ばれることへの喜び。
選ぶことへの恐れ。
三人の想いが、今にも彼女へと雪崩れ込もうとしている。
場の空気が、ぎりぎりまで張り詰めた弦のように震える。
誰の手が取られるのか。
それとも——
張り詰めた沈黙だけが、その答えを握ったまま揺れていた。




