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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第8章 神精零

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第132話 氷苑凍鶴 - ヒオンイテヅル -

ケルベロスの巨躯に乗り、難所を強引に突破して雪嵐と沙雪の住処へと到着した一行。



「着いたよ! ここがわっちたちの住んでる町『氷苑凍鶴ひおんいてづる』だよ!」



沙雪が嬉しそうに両手を広げ、その場所を紹介した。

だが、その光景は一行の想像を遥かに上回るものだった。


そこには、現実離れした幻想的な景色が果てしなく広がっていたのだ。

先程までいた街『雪籠門』とは、まるで別世界である。


至る所に透き通るような氷で作られた木々や建物が立ち並び、その合間には雪で作られた様々な形のかまくらまである。


地面にも精巧な雪だるまや、芸術品のような氷像などがあちこちに飾られていた。


道の両脇には、等間隔にいくつもの雪灯籠が置かれており、その中で灯る小さな炎は、吹雪の中でも消えることなく、辺りを優しく照らしている。


そして更に奥へと視線を向ければ、和風な雰囲気を漂わせる立派な城が見える。

雪と氷によって造られたその城は、周囲の景色と見事に調和しながらも、ひと際大きな存在感を放っていた。



氷と雪の王国。



まさに『秘境』と呼ぶにふさわしい、思わず息を呑むような場所であった。

そんな別世界を目の当たりにした四人は、あまりの絶景に言葉を失ってしまう。


ここで最初に口を開いたのは桃花。



「……す、凄い……。これは、言葉にならないね……」



その声には、驚きと感動が入り混じっていた。



「ええ、アタシも長いこと生きてるけど……こんな景色は初めて見たわ。圧巻ね」



隣にいたケルベロスも、三つの頭をそれぞれ僅かに動かしながら、目の前の景色を見つめている。

二人が感嘆する一方で、佐助とクマもまた、目の前の光景に釘付けになっていた。


やがて佐助が、静かに感想を口にする。



「確かに、これは神秘的ですね。こんな山奥に、このような場所が存在しているとは」

「これって一体誰が作ったんだべさ。絶対自然に出来たわけじゃねぇっぺよこれ」



クマが不思議そうに声を漏らした。

その疑問に、沙雪が得意げに答えていく。



「それはね! わっちの姉上が作ったんだよ! しかも全部! 凄いでしょ!」



その言葉を聞いた全員が更に驚愕する。

この広大な街を、雪嵐と沙雪の姉が “たった一人で” 作ったと言うのだから。



「これを沙雪ちゃんのお姉ちゃんが作ったの!? たった一人で!?」

「そだよ! ぜーんぶだよ!」

「……」



桃花は、また別の意味で言葉を失ってしまった。


目の前に広がる町。

氷で作られた建物も木々も、雪像も、かまくらも、そして遠くにそびえる城までも。

それら全てを、“たった一人で” 作ったというのだから、驚くなという方が無理な話である。


しかし、そんな桃花たちとは対照的に、この話をした沙雪はとても嬉しそうだった。

その表情からは、自分の姉を心から誇りに思っていることが伝わってくる。

そんな沙雪は、ふと雪嵐へと視線を向けると、笑顔で声をかけた。



「兄上! みんなをお家まで案内しよう……って、え? どうしたの兄上?」

「……………………お、おう。案内、しようぜ…………………」



返ってきた声は、あまりにも弱々しかった。

つい先程まで、あれほど暑苦しいくらい騒がしかった雪嵐が、今では信じられない程に大人しい。


明らかに様子がおかしい。

何か理由があるのだろうか。


あまりの落差を見て、心配になった桃花は雪嵐へと近寄っていく。



「だ、大丈夫ですか?……あれ? もしかして雪嵐さん……酔いました?」

「あ、ああ……。どうやら、このデカい犬のハンドル捌きに対応できず、酔ってしまったらしいぞぉぉぉ……」



力なく答えた雪嵐の言葉を聞き、桃花は改めて彼の姿を見る。


本来の姿に戻ったケルベロスの上に乗り、ここまでやって来たが、その乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。

ガッタンガッタンと激しく揺れ続け、時には振り落とされそうになるほどの荒々しい走り。


どうやら雪嵐は、このゴツい見た目に反して乗り物には極端に弱かったらしい。


ただでさえ白い肌が、今は更に青ざめた顔色になっていた。

そんな彼はケルベロスの背中の上で、ぐったりと仰向けになっている。

すぐには動けそうにない状態だった。


全員が目の前の絶景に気を取られていたため、誰もこの異変に気づかなかったようだ。


ただし、佐助を除いては……。



「……」



彼女は油断していない。


これは何かの作戦ではないのか……。

そんな疑いを持った鋭い目つきで雪嵐を見つめていた。


冷静に状況を俯瞰する佐助の横で、沙雪は慌てて兄へと駆け寄る。



「兄上!? 顔色が悪いよ! 大丈夫!?」

「はっはっは……。顔色が悪いのはいつも通りのことぞ……。だが、まだ動けそうにないから、もう少し横になっていたいな……」

「ちょっと待ってて! 姉上を呼んでくるから! そしたらすぐ治るよ!」



元の姿に戻っているケルベロスの背中の上で繰り広げられる騒動。

当然、ケルベロス自身はこの場から動くわけにはいかなくなった。



「アタシの上で、何だか大変なことが起きてるようね。まだこの姿でいた方がいいかしら?」



ケルベロスがそう尋ねた……その時だった。



「……なんと情けない。その程度で音を上げるとはな。弛んでいるのではないか?」



聞きなれない女性の声が響いた。



「……え?」



一瞬、空気が止まる。


そして次の瞬間。

ケルベロスの目の前に、見知らぬ一人の女性が立っていた。



「!!!」



三つ首全てが、一斉にその女性を見る。

全く気配を感じなかったのか、ケルベロスは相当驚いた表情をしている。



「……ア、アンタ誰よ!?」



普段は強気なケルベロスが声を荒げ、狼狽えている。

尋常ではない様子に異変を感じた桃花たちも、ケルベロスの視線の先へと顔を向けた。


その女性を見た沙雪は、一転して嬉しそうな笑顔を浮かべて手を振る。



「姉上! ただいまー!」

「あ? 姉上? 沙雪ちゃんのお姉ちゃん? あの人が……?」



急な展開に、桃花はキョトンとしてしまう。

目の前にいるのは、どうやら雪嵐と沙雪の姉であるようだ。



「ようこそ『氷苑凍鶴ひおんいてづる』へ。我々はそなたらを歓迎いたします」



姿勢を正し、綺麗なお辞儀をする彼女。

その声には落ち着きがあり、凛とした響きがあった。


彼女もまた、雪嵐や沙雪と同じく、雪のように白い肌をしている。

髪の長さは腰くらいまであるが、髪色は二人とは違い、淡く輝くような銀色であった。

そして身に纏っているのは、白を基調とした美しい着物。


その見た目はひたすらに妖艶で、世の男を魅了し、全てを惑わす。

まさに絵に描いて飛び出してきたような、そんな神秘的な容姿をしていた。


その姿を目の当たりにした桃花は、思わず見入ってしまう。

沙雪が自慢する姉という言葉にも、自然と納得してしまうほどだった。


そんな中、ケルベロスの背中でぐったりとくたばっていた雪嵐が、無理矢理に上体を起こす。



「よ、よう……姉貴。わざわざ出迎えてもらって悪いな……。こいつらに沙雪が世話になったんだよ。家まで案内してくれねえか? もてなしてやりたい……」



相当参っているのだろう。

つい先程まで、暑苦しい声量で騒いでいた男とは思えない。

まだ回復には時間がかかりそうである。


姉はそんな彼の姿を一瞥すると、淡々と口を開いた。



「そうか、では案内しよう。だがその前に……雪嵐はそこから降りなさい。そちが乗っていては他の者が降りられまい。そもそも乗り物酔いを起こすなど、鍛え方が足りぬのではないか?」

「……お、おうよ。確かに姉貴のいう通りだな……。だが、さっきよりも気分が良くなってきたぞ。そろそろ動けそうだ……」



そう言うと、雪嵐はグッと一気に体を起こした。

先程までの弱々しさが嘘のように、その身体に力が戻っていく。


そしてケルベロスの背中の上から、一気に地上へと飛び降りた。


……ズシン!!!


体の大きさに比例して、体重も超重量級であろう。

着地した瞬間、一瞬だけ大地が揺れたような衝撃が辺りへと伝わる。

体制を整えた雪嵐は、両腕を高く上げ、そのままググッと身体を伸ばした。



「…………ぃいよぉぉぉぉぉっしぃぃぃっ!!! もう大丈夫だぞぉぉぉぉぉ!!! みんなにはぁぁぁぁぁ心配かけてしまったなぁぁぁぁぁ!!!」

「うっさいバカ!! アタシの耳元で大声出すんじゃないわよバカ!!」



即座にケルベロスから怒声が飛んだ。


また怒られた雪嵐。

しかし、当の本人には全く気にした様子がない。

というより、そもそも聞いているのかすら怪しい。



「おう!!? すまんなぁぁぁぁぁ!!! 次からは気をつけるぞぉぉぉぉぉ!!!」

「だからうるさーーーーーい!!! アンタそれさっきも言ったわよバカ!!! 」



またしても同じやり取り。

もはやワザとやっているのではないかと思ってしまう程である。


ケルベロスも呆れ果てたように三つの頭を下げる。


彼が降りたことに合わせ、桃花たちも一斉にケルベロスの背中から飛び降りていく。


全員が降りたことを確認したケルベロスは、魔法を使い、また黒柴の子犬姿へと変身する。

巨大な身体がみるみるうちに縮んでいき、やがてその姿は黒柴の子犬へと変わった。


それを見た雪嵐は、またしても大声で叫び出した。



「ぬおぉぉぉぉぉ!!? 首が三つあったデカい犬が小さくなっただとぉぉぉぉぉ!!? しかも首が一つになっているぅぅぅぅぅ!!! なぜだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「うるっさ!! だからもう……!! バカなのコイツバカなのバカ!!?」



ケルベロスが叫び散らす。


何を言っても無駄なのではないか。

諦めにも似た感情が、ケルベロスの中に芽生え始めていた。


それを見た彼らの姉が、申し訳なさそうに一言声をかける。



「すまないな。こやつの大声はわらわが何度注意しても全く聞かんのだよ。後でしばき倒しておくから、それで勘弁してもらえぬか?」

「……そうしてもらえるかしら? 出来ればコイツの頭に、フルフェイスのマスクを被せてもらえると助かるわ」



ケルベロスが心底疲れた様子で答える。



「善処しよう。とりあえず、ここでの立ち話もなんである。沙雪が世話になった礼と、雪嵐が迷惑をかけた詫びをしたい。わらわたちの城へと案内する故、着いて参れ」



それを聞いた桃花が「え!?」と驚き、改めて遠くに見える城へと目を向ける。



「し、城って……? 目の前に見える、あの城ですか!?」

「そうだが……どうかしたのか?」

「あ、いいえ……。まさか、あの城へ行くことになるとは、夢にも思っていなかったので……」



目の前に見えているだけでも、その立派さは十分に伝わってくる。

その場所へ自分たちが招かれる。

この事実に、桃花はまだ実感が湧かないようだった。


すると姉は、僅かに口元を緩めた。



「ふふっ、そうか。では後ほど、最高のもてなしをしてやるとしよう。楽しみにしているがよい……。ところで、そなたよ」

「はい?」



不意に呼びかけられ、桃花は顔を上げる。


すると、その女性はまっすぐに桃花の目を見つめていた。

先程までとは少し違う、どこか探るような視線。



「そなた……わらわと昔、どこかで会ったことがあるのではないか?」

「私が……ですか? えっと……あるような……ないような?」



桃花は戸惑いながら、自分の記憶を探る。

しかし、どう思い返しても目の前の女性と会った覚えはなかった。



「……いや、申し訳ない。変なことを聞いてしまったな……忘れてくれて構わない。そういえば、そなたの今の名は何と申す?」

「あ、自己紹介が遅れました。私の名前は桃花と言います」

「いや失敬。こちらから名乗るのが筋であったな。わらわの名だが……」



そう言って、静かに微笑んだ。


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