第130話 雪嵐
コテージの中に、ようやく穏やかな時間が流れ始めた……。
そう思ったのも束の間。
「何だっぺよ。次から次へと来やがって、ゆっくり出来ると思った瞬間これかいな」
クマが深いため息を漏らしながらボヤく。
「前途多難かしらね? でも、このドキドキする感じ〜♡ アタシは嫌いじゃないけど〜♪」
ケルベロスは楽しそうにウインクを浮かべ、どこか面白がるように笑っていた。
その間も、扉は休むことなく叩かれ続けている。
ドンドドン!! ドドドンドン!! ドン!! ドコドコドコ!! ドドドドドドド!!
先程よりも勢いは更に増していた。
誰かが扉を叩いているというより、一心不乱に打楽器を演奏しているような音だ。
その異様なリズムに、誰もが耳を傾けようとした、その時だった。
バンッ!!
唐突に扉が勢いよく開かれる。
まるで演奏の一部のような、演出のようなタイミング。
扉を叩く音に気を取られていたこともあり、その場にいた全員が肩を震わせた。
そして吹雪と共に現れたのは、沙雪が口にしていた、その「兄上」だった。
「うおぉぉぉっ!? ここは何だぁぁぁ!! 妙に暖かいではないかぁぁぁ!! というか熱いなぁぁぁ!! 沙雪はいるかぁぁぁーーーいたぁぁぁーーー!!」
そこに立っていたのは落ち着きの欠片もない、この雪山に場違いなほど騒がしく、暑苦しい大男だった。
身長250cmはあろうかという程の筋骨隆々の巨体。
その姿は、ゴリラとゴツい人間を足して二で割ったような、荒々しい風貌。
腰ほどまで伸びた長髪は結ぶことなく、そのまま無造作に垂らされていた。
服装も浴衣のような薄着に下駄という格好である。
極寒の雪山だというのに、沙雪と似たような狂気の軽装だった。
だが、その見た目に似合わず、沙雪と同じく肌も髪も雪のように白い。
そして、部屋の中にいる沙雪を視界に捉えた途端、満面の笑みで両腕を大きく広げた。
「沙雪ぃぃぃ!!! 見ぃぃぃーーーっつっけたぁぁぁ!!! 確保ぉぉぉ!!!」
見た目通り、声もバカみたいにデカい。
それを聞いた沙雪は、ぱあっと表情を輝かせた。
「見つかっちゃったー!」
彼女はとても嬉しそうに、そのデカい「兄上」の足元と駆け寄り、ギュッと抱きついた。
「……」
楽しそうに戯れている沙雪とその兄上を、ただただポカンと見つめている桃花。
それは佐助たち他の者も同様だった。
誰も口を挟むことなく、その光景をただ眺めていた。
その間も、開け放たれたままの扉からは冷たい風と雪が容赦無く吹き込んでいる。
急激に室温が下がり、せっかくクマが育てた暖炉の火も、風に煽られて若干弱まっていた。
しかし、お兄ちゃんは愛しの沙雪しか見ておらず、扉が開けっぱなしになっていることなど全く気にしていない。
一向に閉めようとしないその様子に、ついにケルベロスの堪忍袋の緒が切れた。
「ちょっとアンタ! 早く扉閉めなさいよ! 室温が下がっちゃうじゃない! あと声がデカい! うるさい!」
「……ん? おっとっとぉぉぉ!! すまんすまん!! 今閉めるぞぉぉぉ!!」
怒声を聞いて、ようやくハッと我に返り、すぐに扉を力強くバタン!!!と力任せに勢いよく閉めた。
その一瞬、衝撃で建物全体が揺れた。
扉だけでなく、蝶番まで壊してしまったのではないか?……と思う程の凄まじい音がコテージへ響き渡る。
「これでよぉぉぉっしっ!! 今閉めたぞぉぉぉ!!」
「だからうるさいっての!!それと扉は静かに閉めなさいよ!! 破壊する気!?」
「おう!!! すまんなぁぁぁぁぁ!!! 次からは気をつけるぞぉぉぉぉぉ!!!」
「うるさーーーーーい!!!」
いちいち大声で話す兄上に、ケルベロスは手で耳を思い切り塞ぎながら、再びキレ散らかした。
コテージ内の空気は、完全にこの男一人に持っていかれていた。
圧倒的な存在感。
しかし、あの厳つい見た目とは裏腹に、その振る舞いからはどこか温厚そうな人柄も感じられる。
そんな彼は、優しく沙雪の頭へ手をポンと乗せると、穏やかな声色で問いかけた。
「おい沙雪。お前、ここにいる人間と……あの犬と熊のぬいぐるみに世話んなったのか?」
「うん! 美味しいコーンスープをご馳走してもらった!」
「なんだとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
これは、一体どういう反応なのか。
兄上は更に声量を一段階上げ、凄まじい大絶叫で驚いていた。
「あいつの声、本当にやかましいな。もはや騒音の公害レベルじゃねぇかよ」
「は? アンタの叫び声もバカみたいにうるさいんだけど。アイツのこと言えないわよ」
「え? 嘘? マジ? オラの声って……アイツくらい、やかましいの……?」
「アタシ何度もアンタに “うるさい” って言ってたでしょうよ。聞こえてなかったわけ? 聴覚神経バカなのかしら?」
全く自覚がなかったようである。
それに気付かされてしまったクマは、若干ショックを受けている。
そんなクマとケルベロスのやり取りを見た兄は、更に驚く。
「うおおおぉぉぉんなぁぁぁぁぁぁ!!! ぬいぐるみが動いて喋っているぞぉぉぉぅぅぅ!!!? なぁぁぁぜだぁぁぁぁぁ!!!」
「はぁ!? アンタ今気づいたの!? というか、アタシたちはぬいぐるみじゃない! そしてうるさい! 黙りなさい!」
怒涛の大声とボケの連発に、流石のケルベロスもペースを乱されそうになる。
驚いていたのも束の間。
その兄上は四人の前へ歩み寄ると、深々と頭を下げる。
「おっと!! 名乗るのが遅れたな!! 俺の名は『雪嵐』だ!! 妹が大変世話になった!! 感謝するぞぉぉぉ!!」
律儀な姿を見た四人は面食らう。
妖怪である雪女の『沙雪』と、その兄である『雪嵐』。
事前に聞いていた「雪山に潜む危険な妖怪」という恐ろしい印象が、この兄妹によって一気に覆され始めていた。
だが、まだ油断はできない。
その考えが未だ拭えていない佐助が、警戒を解かずに前へ出る。
「……聞きたいことがある。名を雪嵐と言ったか……お前も妖怪なのか?」
雪嵐はサッと頭を上げ、佐助を見て力強く答える。
「おうよ! 俺は妖怪の雪男だ! コイツは妹の沙雪! そんで、俺の上には姉貴が一人いるぜ! だから三人で、兄弟姉妹っつー感じだな!」
「……聞いてもいないことまで……。随分とあっさり話すんだな」
隠し事の一切ない雪嵐の無防備すぎる態度に、佐助は呆気に取られつつも意外そうに目を細める。
それでも警戒の姿勢は崩さない。
「まだ聞きたいことがある。次は……」
「妹の沙雪が世話になった礼がしたい!! 今から俺ん家に来い!! 俺の上手い飯食えぇぇぇいっ!!」
「は? いや、まだ話は……!」
「よっしゃぁぁぁぁぁ!!! そうと決まれば早速ぅぅぅ行ぃぃぃぃぃくぞぉぉぁぁぁ!!! 俺に着いて来いやぁぁぁぁぁ!!!」
「待て! なぜそうなる! 勝手に話を進めるな! 拙者たちは行くなど一言も……」
佐助の声は、雪嵐に全く届いていない。
そのままの勢いで、扉を力強くバン!! と開け放った。
四人を自宅へ招待することは、どうやら彼の中では決定事項らしい。
そして沙雪と手を繋ぎ、一緒に吹雪の中へ飛び出していった。
当然、外は依然として猛吹雪のままである。
「……何なんだ一体……」
あまりにも強引過ぎる展開。
呆気に取られて立ち尽くす佐助へ、桃花がそっと近寄った。
「ねぇ佐助さん。とりあえず行ってみません? あのように言ってることですし」
「ですが、このようなところで時間を使うわけにはいきません。すぐにでも山を越えなければ危険です。それに、まだヤツらを信用できません」
「う〜ん。確かに、まだ分からないことは多いですが。でも、何かを企んでいるようにも見えません。それに、あの雪嵐さんって……」
桃花は少しだけ嬉しそうに微笑む。
「何だか少し、信繁おじちゃんみたいな雰囲気ありません? 豪快に周りを巻き込んでいくような感じ」
「……ヤツとノブは違います。それに判断材料が少なすぎる。やはり危険です」
佐助の警戒心は依然として強い。
それも無理はなかった。
この短時間で、「雪女」と「雪男」という二体の妖怪に遭遇したのだ。
情報があまりにも少ない今、慎重にならざるを得ないのも当然であった。
佐助の頑なな様子に痺れを切らしたのか、ケルベロスとクマが間へ割って入る。
「ウフ♡ 行ってみたらいいじゃない♪ アタシも大丈夫だと思うわよ♪ もし何か悪巧みなんてことしてたその時は、このアタシの黒炎でこんがりと焼きを入れて、ア・ゲ・ル・から♡」
「おめぇもマジでおっかねぇヤツだっぺな。でも、オラもコイツに賛成だべよ。アイツら、悪い奴には見えねぇっちゃ」
元悪党であるケルベロスとクマの二人がそう口にすると、不思議と妙な説得力が生まれる。
気づけば、佐助以外の全員が雪嵐の家へ向かう考えで一致していた。
もはや多数決なら、結果は決まったも同然である。
「はぁ……」
これには流石の佐助も観念したかのように、小さく溜め息を漏らしてしまう。
「……承知しました。では、行くだけ行ってみるとしましょう。ですが、油断は禁物です。くれぐれも気を抜き過ぎないよう注意してください」
どこか仕方ないといった様子ではあったが、渋々ながらも同行を認める。
そしてすぐに、足元にいるケルベロスへと視線を向けた。
「ケルベロスさん。クマにかけている魔法を一時的に解き、体の大きさを元に戻してはもらえませんか?」
「ん? それは構わないけど、どうするつもりかしら?」
「クマの体は大きいですからね。彼に拙者たちの前を歩いてもらい、この吹雪を防ぐための盾になってもらいます」
「なんだって!?」
あまりにも自然に鬼畜発言をした佐助に、クマは思わず声を張り上げた。
「おめぇはよ! オラを飼うっつーんなら飼い主らしく、もっと大事にしろっちゃ! 何だよ盾にするって! 頭狂ってるんでねぇか!?」
「何を言っている。そもそも雪籠門の街へ入る前、拙者はクマをそのようにも扱うと言ったはずだ。もし盾が嫌なら壁として扱うが?」
「一緒じゃーーーーー!!」
コテージには、まるで漫才のようなやり取りが響く。
もっとも、クマが何を訴えたところで聞き入れてもらえる未来は見えない。
彼の不憫な立ち位置は、すでに定着しつつあった。
するとここで、コテージから一向に出てこない四人を心配したのか、先に出て行った雪嵐と沙雪が顔を覗かせて戻ってきた。
「おーい!! 何してんだよ!! 早く行くぞ!! これ以上もたついてっと、更に吹雪いてきて危ないぞ!!」
「わかってるわよ。今行くから、少し待ってなさい」
急かされたケルベロスは肩をすくめると、クマに使用していた魔法を解き、元の大きさへ戻した。
相変わらず、毛の色は白のままであったが。
巨大な体へ戻れたクマは、どこか納得のいかないような複雑な表情を浮かべる。
これから吹雪の盾にされるのだから、そうもなるだろう。
しかし、文句を言う暇などない。
デカくなった彼の広い背中の後ろに三人は一列になって付き、吹雪を防ぎながら短い時間を過ごしたコテージを後にする。
激しく吹き荒れる雪の中を、雪嵐と沙雪に導かれながら、彼らの家へと向かって歩き始めたのだった。




