第129話 雪だるま百式
コテージの中に流れていた静かな空気の中、桃花は沙雪へ優しく問いかけていく。
「……姉上? ということは……沙雪ちゃんは、お姉さんと逸れちゃったの?」
その声音には、相手を安心させようとする柔らかな気遣いが滲んでいた。
「違う。外で遊んでたら急に吹雪いてきて寒かったから、ここに入って隠れただけ」
少しやり取りを重ねてきたのもあり、沙雪は先程よりも警戒が薄れているようだ。
心なしか、その表情も少しだけ柔らかくなっているように見えた。
そう答える沙雪に、ケルベロスは眉をひそめる。
「寒いって……。アンタさ、そんな薄着の格好してたら寒いに決まってるじゃない。いや、その前に雪女って寒さ感じるの? アンタさっき寒いって言ってなかった?」
「寒さには少し強いけど、寒いもんな寒いんだよ。わっちはまだ子供だから……」
「だったらそんな格好しないでしょうに。アンタ本当に雪女? 言ってること少し矛盾してるわよ」
容赦なく詰め寄るケルベロス。
和らぎ始めていた空気が、また張り詰めようとしていた。
それを敏感に感じ取った桃花は、慌てて二人の間へ入る。
「ちょ、ちょーっと待ってケルちゃん! まずは沙雪ちゃんの話を聞いていこうよ」
「むっ……そうね。アタシとしたことが、悪い癖が出ちゃったわ。ごめんなさいね」
素直にそう認めると、ケルベロスは素直に口を慎む。
その様子を見て、少し危険度が下がったと判断した佐助が一歩だけ沙雪へと近づく。
しかし、その足取りに油断はない。
その目には未だ警戒の色が宿っている。
相手はまだ幼いとはいえ、雪女という妖怪。
この雪山へ入った者が戻ってこないという不気味な噂もある。
警戒するのは当然だった。
そして、佐助は静かに口を開く。
「一つ聞きたい。先程、姉がいると聞いたが……雪女は二人いるのか?」
「!……」
落ち着いた口調ではあるが、警戒心を隠さない高圧的な響きを帯びていた。
沙雪の肩が小さく震え、表情が強張る。
怯えたように身を縮こませる姿を見て、桃花はすぐに佐助へ声をかけた。
「佐助さん。まずは自己紹介からいきましょう。その方が話しやすいと思いますよ」
「しかし……」
佐助は言葉を濁し、名乗ることを躊躇した。
忍びという職業柄、自らの情報を簡単に明かすわけにはいかない。
そう考えていた……のだが……。
「……って桃花さん。すでに拙者の名前を言っているではありませんか……」
「あれ? あっ、そうですね。つい言っちゃいました……」
少し申し訳なさそうに、テへへと苦笑いをする桃花。
それを見た佐助は小さく息を吐いた。
「……まぁ、構いません。ですが、それ以外の情報を話すつもりはありません。そこはご理解ください」
「あ、はい。すみません……無理を言ってしまって」
桃花は素直に頭を下げる。
そして二人は改めて沙雪へ向き直った。
「では、質問の続きだが……」
聞き返した瞬間、暖炉の前から野太いイケボが飛んできた。
「なぁ、そんなところにいねぇでよ。こっち来いや。いい感じにあったけぇぞ。話すんならこっちでやれっちゃ」
振り返ると、いつの間にかクマが薪をくべて火を大きくしていた。
赤々と燃える炎は建物全体を温め、先程まで肌を刺すような冷気も和らいでいる。
気づけばコテージの中は、非常に過ごしやすい空間へと変わっていた。
「……ふふっ、そうだね。クマさんの言う通りにして、みんなで暖炉の前に行こうか。ここは少し寒いしね。沙雪ちゃんも行こう」
桃花も彼の提案に快く乗った。
その提案は、場の空気を切り替えるには絶妙なタイミングでもあっただろう。
そして、沙雪を含めた五人は暖炉の前に集まり、半円を描くように腰を下ろした。
クマの手際の良さを見た佐助は、思わず感心して頷く。
「クマは本当に、意外過ぎる程に気が効くんだな。よし! 今からクマをペット兼、召使いへと格上げしよう!」
「全然嬉しくねぇっつーの! 何だそのペット兼、召使いってよ! 奴隷かよ!」
そう文句を返しながらも、クマの手は止まらない。
コテージに置いてあったキャンプケトルに外の雪を詰め込み、暖炉の上に置いてお湯まで沸かしてくれていた。
これにはケルベロスと桃花も同じく感心する。
「アンタ随分と手慣れた動きしてるわよね。まるで毎日やっていたかのようにさ」
「凄いよクマさん! アウトドアに慣れてる感じがするよ! あ、そうだ……」
その横で桃花は思いついたように声を上げた。
「私、紅茶や緑茶、コーンスープやコーヒーもあるよ。ペットボトルの水も大量にあるから、ここに出しておくね」
そう言って四次元リュックサックの中から、大量の水と各種飲み物の粉末やティーバッグなどなどを、次から次へと出して並べていく。
それを見たクマは思わず肩を落とした。
「何だよ。おめぇ、水持ってたんかい……」
しかし、その小さな哀愁漂う嘆く声など、誰の耳にも届いていなかった。
桃花は並べられた飲み物を見渡しながら、沙雪へ微笑みかける。
「沙雪ちゃんは何がいい? たくさんあるから好きなの選んでいいよ」
「え? わっちもいいの? じゃあ、このコーンスープ。これがいい」
桃花は温かく微笑み、クマが沸かしたお湯でそれぞれの飲み物を用意していく。
やがて全員が好きな飲み物を手に取り、静かに口にする。
温かな湯気とともに、凍りついていた空気も少しずつほぐれていく。
ホッと一息ついて体が温まってきたところで、佐助は先程の質問へと戻るため、沙雪へ視線を向けた。
だが、先程までの鋭さはない。
それでも、完全に警戒を解いているわけでもなかった。
「……では沙雪さん。先程の質問の件ですが、あなたには姉がいるのですか? 雪女は二人いると?」
「……」
沈黙する沙雪。
その沈黙を包み込むように、隣へ座る桃花が優しく声をかける。
「大丈夫だよ。沙雪ちゃんに危害を加えるとかしないから。教えてくれると嬉しいな」
その言葉に少し安心したのか、沙雪は桃花の顔を見つめ、小さく息を吐いた。
「…………うん。わっちには……お姉ちゃんが一人いるよ。だから、雪女は二人」
「そうなんだね。教えてくれてありがとう沙雪ちゃん。お姉さんが心配してるだろうけど、お外は凄く吹雪いてるから、止むまで少し待ってから帰りな」
優しく声をかけてくれる桃花に完全に安心した様子の沙雪は、今度は逆に質問をする。
「……ねぇ、お姉ちゃんたちは、これからどこに行くの? 誰も入らないこんな雪山にまで来て……」
「ん? 私たちはね、この雪山を超えた先にある武神街ってところに行くんだよ」
「え? 武神街って……。お姉ちゃんたち、そんな危ないところに行くの?」
「うん。実は私たちね、鬼を退治しに……」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
なぜならば——
ドンドンドン! ドドン! ド! ドン! ズッドドドーン!
突然、コテージの扉を激しく叩く音が響き渡る。
まるで太鼓でも打ち鳴らしているかのような、妙にリズミカルな音。
あまりにも急な出来事に、その場の全員が驚き、扉へと一斉に振り向いた。
だが沙雪だけは、そのリズムに聞き覚えがある反応をする。
「あっ! このリズム! もしかして……!」
そして、この数秒後。
「……っ沙ぁぁぁ雪ぃぃぃ!! ここにいるのは分かってんだぞぉぉぉ!! さっさと出てこいやぁぁぁ!! 逃げ隠れしても超無駄だぞぉぉぉ!! お前は完全に包囲されているぅぅぅ!! この俺になぁぁぁ!!」
扉の向こうから、乱暴な口調で沙雪を呼ぶ男性らしき大声が聞こえてきた。
言っているセリフは、立てこもり犯人を追い詰めたガラの悪いヤンキー警察官のような物言いである。
すると……。
「兄上!」
「……は? 兄上? ということは……沙雪ちゃんのお兄ちゃんってこと!?」
隣で聞いていた桃花は、思わず目を丸くする。
沙雪はパッと花が咲いたような笑顔となり、嬉しそうにトテトテと扉へ駆け寄っていった。
その一方で、案内人として一行を守る立場の彼女は違った。
「兄上だと? まさか、この山には雪女だけではなく『雪男』までいるのか……?」
予想外の展開に佐助はスッと立ち上がり、いつでも戦闘に入れるよう身構える。
その表情は、先程までの穏やかなものから一変し、忍びとしての険しいものへと変わっていった。




