第127話 Do It Yourself
一泊した翌朝、一行は目の前にそびえ立つ雪山へ入るための準備を整えていた。
昨日購入したばかりの雪山用の防寒着を着込み、宿泊していた部屋を後にする。
もっとも、ケルベロスとクマが身につけられるような服など売っているはずもないので、二匹は普段通りの姿のままではあったが。
やがて一行は、雪山へと続く街の出口までやって来た。
その時、桃花がふと足を止め、不安そうに佐助へ問いかける。
「……ねぇ佐助さん。信繁おじちゃんの話だと、危険な雪山へ入るには街の許可がないと入れないとか言ってましたが、どうするんですか?」
真田信繁から聞いていた話を、そのまま尋ねた。
そして佐助は、表情一つ変えずに小さく頷く。
「ええ。ですので、拙者たちが普段から使っている『裏道』を通ります」
「裏道? そんな道があるんですね」
「はい。ですが、そこを通って行くには少々険しい道を歩くことになります。何せ、普段は誰にも見つからないよう隠してありますからね。一般人は知りませんので、当然整備などもしておりません」
なるほど、と桃花は納得していた。
忍たちだけが知る秘密の通路。
そう聞けば、確かに存在していたとしても不思議ではない。
しかし同時に、別の疑問も浮かんでしまった。
「そっか。佐助さんたちしか使わない秘密の道ですもんね。でも、それって大丈夫なんですか? 許可されてない上に、そんな道まで使うなんて……」
「もちろんダメです」
「ですよね……」
あまりにも迷いなく断言され、桃花は驚きを通り越し、呆れ混じりに返してしまう。
案の定といった空気でも、佐助は悪びれる様子はない。
「以前、雪籠門の街へ何度も申請をしたことがあるのですが、その度に “危険だ! 無理だ! 誰が責任とるんだ!” など、くだらんことを喚き散らし、全く応じてもらえませんでした。あんなバカどもの言うことなど無視です、バレなきゃいいんです」
「そ、そんなに危険なんですか……。というか、なんとまた強引な……」
危険だから許可が下りない。
そんな場所へ、今から自分たちは向かおうとしている。
改めて現実を突き付けられた桃花の背中に、ヒヤリとしたものが走った。
「……ではこちらです。拙者の後をついて来てください」
佐助はそう言って、街の出口から横に逸れた薄暗い建物の隙間へと入り込んでいく。
桃花たち三人も黙って後を追う。
細い路地をしばらく進むと、どこか如何わしい店の裏口らしき場所へ辿り着く。
するとそこには、その店の従業員と思われる、あからさまに怪しい胡散臭い風貌の中年男性が待ち構えていた。
「……よう、佐助さん。待ってたぜい」
慣れた口調で佐助を迎える男。
その背後には、簡素な作りでできた木製の扉が見える。
様々な資材や、店で使われた空き瓶がビールケースへ大量に入っており、何段にも高く積み重なって置いてあった。
扉そのものが見えないよう、普段から巧妙に隠しているのだろう。
「……いつもありがとうございます。では、これを……」
佐助はウェアのポケットから分厚い茶封筒を二つ取り出し、その男へ手渡す。
男は待ってましたと言わんばかりに、それを受け取った。
「えっへっへ……。毎度あり、いつもありがとよ」
「……このことは、くれぐれも内密に願います」
「へへっ、わかってるって。これがバレたら、オレはアンタに消されちまうからなぁ。こんなオイシイ仕事、他にバラすはずがねぇだろうがよ。そんなヘマはしねぇって」
ゲスな笑みを浮かべながら、男は受け取った封筒を一つずつ開き、中身を確認していく。
「ウオッホッ!! こ、これはっ!! くくくっ、確かに受け取ったぜぇ……。そんじゃほれ、早く行きな」
意味深な様子で満足げに笑う男。
そして雪山へと通じる隠し扉を開け、右手の親指と顎を使い、クイッとその先を示した。
「では、皆さん行きましょう」
「は、はいー」
一体、何を渡したんだろう……。
闇取引の現場を生で見てしまった気分の桃花は、足早に佐助の後を追う。
その足元にいるケルベロスとクマも一緒に付いていく。
「レディも見かけによらず、涼しい顔してサラッと悪どいことするわよね〜♪」
「あんなん見っちまうと、今までオラのやってたことが可愛く見えっちまうべよ」
以前、悪事に手を染めていたこの二匹だけは、その光景に動揺した様子はない。
その扉を抜けた先は、一面が雪に覆われた森だった。
かろうじて人が歩けるだけの道幅はある。
だが、お世辞にも歩きやすいとは言えず、踏み固められた雪の下には木の根や岩が隠れている。
それでも慎重に足を運びながら、一行はゆっくりと進んでいく。
歩く道には少しずつ傾斜がつき始め、山を登っているのが分かる。
それに合わせるように雪の降る量も増え、吹雪も徐々に勢いを増していった。
風が唸り、視界は白く霞み始める。
一歩進むたびに足を取られ、体力が奪われていく。
先頭を歩く佐助は、何度も振り返っては三人の様子を確認している。
誰一人として遅れていないか。
無理をしていないか。
その視線には、仲間を気遣う慎重さが滲んでいた。
しばらく進むと、吹雪の向こうに小さな建物がぼんやりと姿を現した。
「……皆さん大丈夫ですか? あそこに拙者たちが所有しているコテージがあります。そこで一旦休みましょう」
その言葉に、桃花の表情が少しだけ明るくなる。
「は、はい! ケルちゃん、クマさん! 大丈夫?」
後ろを振り返り、吹雪に負けないよう声を強めながら二匹へ呼びかける。
「え? アタシ? 超余裕だけど?」
「オラも全然疲れてねぇけど」
「……苦戦してるのは人間だけなんだね……」
人間と動物(魔獣)の違いを思い知らされる。
とはいえ、桃花も佐助も人間である以上、人間の歩調に合わせてもらう他なかった。
全員の無事を確認した佐助は、コテージの鍵で扉を開錠する。
扉を開けて中へ入ると、思っていたよりも綺麗な空間が広がっていた。
石造りの暖炉が据えられ、その隣には乾燥した薪が積まれている。
手付かずに放置されているというより、定期的に管理されている印象だった。
佐助や信繁などの仲間たちが、この場所を維持しているのだろう。
山登りは思っている以上に体力を消耗する。
ましてや雪山となれば、その疲労は何倍にも膨れ上がる。
ようやく一息つける。
そう思った桃花は、背負っていたリュックを床へと下ろした。
「はぁ……。やっと休めるよぉ。寒い寒い〜」
「お疲れ様です。これ以上の無理は禁物ですので、本日はここまでにしましょう」
「これから強く吹雪いてきそうですもんね。それにしても、ここ立派な建物ですね」
「実はこの場所、ノブがDIYで建てたコテージなんです。と言っても、その建設には拙者たちも散々こき使われましたが」
「そうだったんですか? あ、でも納得です。信繁おじちゃん趣味多そうだし、昔からじっとしてられない人だもんね」
「はい。振り回されるこっちの身にもなってもらいたいものです。ここは正規の登山ルートから大きく外れていますので、他の登山客たちはまず知らないでしょう」
「へぇー、何だか秘密基地みたいですね」
「ふふっ、そうですね。点検も年に二回実施し、管理をしていますので状態は悪くないはずですよ」
「確かに綺麗ですよね。雪山だから、もっとガタガタしてるイメージでした」
「定期的な清掃や補充で訪れた際、ついでに泊まりで大宴会をしたりしてますよ」
「え! それ楽しそうです! いいなぁ」
「たまにノブもこのコテージに来て寛いでいます。サボりで」
「……サボり?」
「ええ。連絡も無しに突然消えた時は、大体ここで酒を飲んで酔っ払って寝てます」
「……信繁おじちゃん元気だなぁ。わざわざこんな遠くの雪山まで来るなんて……」
苦笑いの桃花を見て、佐助は柔らかく頷く。
「……それと、ありがとうございます桃花さん。拙者のスーツケースもリュックの中に入れてもらって。重いのではありませんか?」
「いえいえ、全然ですよ。むしろ軽くて仕方ないまであります。このリュック、なぜかどんな物を入れても重さが変わらないんですよね」
おじいさんとおばあさんから貰った四次元リュックサックの謎は、使っている本人ですら分からない。
それでも不便は一切ないため、桃花は当たり前のように使い続けていた。
リュックの中に手を入れ、佐助のスーツケースを取り出して彼女へと渡す。
「……何度見ても、すごい光景ですね。物理法則を完全に無視しています」
「私も最初見た時はそう思いました……」
二人が話をしているその横で、クマはいつの間にか暖炉へ薪をくべ始めていた。
「なぁ、誰か火を起こせるの持ってねぇか? ここさ置いてあるマッチが湿気ってて、燃やせねぇっちゃ」
率先して動いていたクマの姿に、その場にいた全員の視線が集まる。
「……アンタってさ、人間みたいに率先して動くわよね。マジで意外すぎるんですけど」
一番驚いていたのは、どうやらケルベロスだった。
「おめぇらの中のオラって、どんだけ評価低いんだべよ……。それよりも火だっちゃ。誰か火つけてくんろ」
「火ならアタシがつけるわ。退きなさい」
そう言ってケルベロスは、暖炉の前にいるクマを横へ押しのける。
そして口からフッと風を吹くように、持ち前の黒炎を薪全体へ鋭く当てていった。
火力を絶妙に調節した火加減。
やがて薪へ燃え移った炎は黒ではなく、優しい赤い炎となって暖炉の中で静かに揺れ始めた。
冷え切っていた空気が少しずつ和らぎ、室内へ温かな熱が広がっていく。
吹雪の唸り声だけが外から微かに聞こえ、その対比がコテージの安心感をより際立たせていた。
ゆっくりと燃えていく薪を見つめながら、桃花はその炎へ両手をかざし、ホッと息を吐く。
「……はぁ〜、あったかい〜。ケルちゃんの炎あったか〜い」
「ウフ♡ そうでしょ? 何なら薪が無くても、ずっと燃え続ける炎も出せるわよ♪」
「そうなの? ケルちゃんはすごいよね〜。寒い場所では敵無しだよ」
穏やかな笑いがコテージを包む。
張り詰めていた空気もようやく緩み、誰もが束の間の安堵にしばらく身を委ねていた。
その時だった……。
ガチャ!
突然、何者かによってコテージの扉が勢いよく開かれた。




