第126話 オールレンジクッキング
大騒ぎになりかけていたレストランを後にした一行は、そのまま今晩泊まる宿へと戻り、借りた一室で腰を落ち着けていた。
……あの時、桃花の咄嗟の機転があったからこそ、大きな問題にならずに済んだとも言える。
その部屋の中には、桃花と佐助、そしてケルベロスにクマ。
雪山へ挑むために購入したアウトドア用品が隅へ積まれ、レストランからテイクアウトしてきた料理も袋に入ったまま、テーブルの脇へ置かれている。
ようやく一息つける……。
誰もがそう思った、その時だった。
突如、佐助がスッと床へと沈み込んだ。
そして、そのまま額が床に触れるほど深く、土下座の体勢をとって頭を下げる。
「……桃花さん、ケルベロスさん。先程はご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございませんでした。ここに謝罪申し上げます」
あまりにも突然の謝罪。
予想外の行動に、桃花もケルベロスも思わず目を丸くする。
「え? ど、どうしたんですか佐助さん!? 一体何を……」
「お二人の気持ちや都合を全く考えず、拙者の独りよがりで事を進めてしまい、不快な思いをさせてしまったことを……。深く反省しております」
その言葉で、桃花たちはすぐに何を指しているのか理解した。
先程のレストランでの出来事だろう。
自分なりに二人をもてなそうとした結果、かえって騒ぎを招き、ゆっくりと食事を楽しむ時間を提供することができなかった。
それに対して佐助は、強い責任を感じていたのである。
「昔から、散々ノブに言われてきました。“お前が接待した相手の評判は超悪いから、くれぐれも気をつけるように” と。それなのに、今回もまた同じ過ちを犯してしまいました……。お二人には、なんとお詫びしてよいものか……これ以上の言葉が思いつきません」
言葉を紡ぐたび、佐助の額はさらに床へ押し付けられていく。
その姿からは、自責の念と後悔が痛いほど伝わってきた。
そして——
「今回は、お二人を武神街へお届けするのが拙者の役目。任務中である今は……まだ出来ませぬ。ですが! それが無事に完了した暁には! この猿飛佐助! 切腹にて、命を持って償わせていただきます!」
「はいぃぃ!?」
「何ですって!? アンタ何バカなこと言ってんのよ! やめなさいよ正気!?」
またしても、とんでもないことを言い出した。
土下座の謝罪から、まさか切腹話まで飛躍するとは夢にも思わず。
これには桃花もケルベロスも、今日一番と言っていいほど驚愕する。
接待に失敗したから腹を切って死ぬなど、狂気の沙汰である。
部屋の空気が、一瞬にして張り詰めた。
「そ、そんな……。顔を上げてください。佐助さんは、私たちのために一生懸命、頑張って接待していたことは分かってますので、どうかお気になさらないで……」
桃花は慌てて佐助へ声を掛ける。
責める気持ちなど、最初からなかった。
だからこそ、その思いを少しでも伝えていく。
「そうよ。そんな腹切りなんてしないでいいわよ。それに、アタシの方こそ……ごめんなさいね。さっきは言い過ぎちゃったわ……。だから、これでおあいこってことで、仲直りしましょ♡」
ケルベロスも素直に非を認め、小さく微笑みながら手を差し伸べるような口調で続けた。
二人の言葉を聞いた佐助は、ハッとしたように顔を上げる。
「で、ですが……。それでは拙者の……」
なおも責任を果たそうと何かを言いかける。
……すると、その時。
全く空気を読まない(逆に読んでいるとも言える)イケボが、ベッドの上から絶妙なタイミングで響いてきた。
「なぁ、オラ腹減ったべよ」
クマが鋭く割って入ってきた。
そこから、更に袋の中から料理を取り出し、眉をひそめた。
「……って、おいおい。このメシ冷めっちまってるでねぇかや……。そんなんもういいからよ。これ早く食うべっちゃ」
そう言って料理を持ち上げ、三人へ見せる。
ここまで言われてしまえば、嫌でも全員の視線はクマへと向いてしまう。
だが、この一言が絶妙なタイミングのきっかけとなり、重苦しかったこの場の雰囲気が一気に好転した。
「……ふふっ、クマさんは食いしん坊だね。じゃあ、みんなでご飯にしよっか!」
この流れに乗った桃花は、クマと一緒にテーブルへ料理を並べ始めた。
「あ、あの……桃花さん……」
まだ何か言おうとする佐助。
律儀に床へと座り続けている佐助に対し、桃花が遮るように言葉を被せた。
「ほら! 佐助さんも一緒に食べましょう!」
「しかし……」
「私たちは悪いことをされたなんて、全然思ってませんから。だから、もういいじゃないですか」
「……」
黙って話は聞いているが、納得はしていない。
「それでも、まだ気が済まないのでしたら、私たちを無事に武神街まで案内してください。目の前にある巨大な雪山を越えるには、佐助さんがいないと無理ですからね」
そう言って、半ば強引に話を前へ進める。
この発言に、佐助は少し戸惑いながらも答えていく。
「お二人を武神街まで案内するのは拙者の役目。これはノブから直接受けた任務です。なので……」
「でしたら、武神街に着いたらその街を案内してください。佐助さんは何度も武神街へ行ったことがあるんですよね? 私は行ったことがないので、色々と案内をしてもらえると助かります。それで今回の件はチャラにする……ということでどうですか? ね、ケルちゃん」
突然話を振られたケルベロスだったが、その意図をすぐに察した。
「そうね。武神街へ着いたら、そこで任務完了サヨナラバイバイ。っていうのも寂しいわよね〜。アタシも昔、武神街に行ったことあるけど、今の街は分からないからさ。知ってるレディが、色々と案内してもらえるとありがたいかも〜♡」
ケルベロスは茶目っ気たっぷりにパチっとウインクし、桃花と息ピッタリに上手く話を合わせていく。
責任を背負い込み過ぎる佐助への、これ以上引きずらせないための優しい芝居。
その真意は言葉にせずとも、十分すぎるほど伝わっていた。
二人の言葉を聞いた佐助は、再びハッとしたような表情を浮かべる。
「……な、なんと慈悲深く、ありがたいお言葉!……承知いたしました。この猿飛佐助。武神街までの案内だけでなく、その後の街の観光案内まで謹んで承りました。お二人が最大限楽しめるよう、全力で努めて参りますので、どうか拙者にお任せくださいませ!」
「え? いや……。観光で行くのではないんだけど……あれれ?」
桃花とケルベロスが武神街へ行く『本当の目的』を聞かされていない佐助は、すっかり二人が観光旅行で行くのだと、完全に思い込んでしまったようである。
話が少し違う方向へと、多少ズレて着地してしまったが、佐助の切腹が回避できたなら、とりあえずでも良しとするしかない。
「ウフフ♪ 観光するのもイイじゃないの♪ さぁ! あのバカクマが持ってる料理をあったかくして食べましょ♡……って、あら?」
ケルベロスがテーブルの上に視線を送ると、不思議なことに気がつく。
いつの間にか、料理からホカホカと湯気が立ち上っている。
気づけば部屋の中は温かな香りに包まれ、出来立てのような優しい匂いが広がっていた。
「……あ? めんどい話、終わったんか? そんならホレ、オラがメシあっためといたぞ。残りも今レンジであっためてるから、もうすぐ出せるばい」
空腹に耐えられなかったのか。
それとも、この場の空気を察して気を遣ったのか。
真相は本人のみぞ知るところだが、どうやらクマは、自ら進んで備え付けの電子レンジで料理を温めてくれていたらしい。
「クマさん! 気が利くね! ナイスタイミングだよ! じゅるり」
思いがけない気遣いに、桃花は目を輝かせながら嬉しそうに笑う。
そんな桃花の反応を見て、クマもどこか満足げであった。
一方、ケルベロスも少し意外だったのか、ほんのわずかに口元を緩める。
「ふ〜ん。バカクマにしては気が利くじゃない。1μだけ褒めて遣わす」
「あ? 犬っころに褒められても全然嬉しくねぇし。つーかなんだ、その1μだけっつーのはよ。全然褒めてねぇべっちゃ」
その軽妙なやり取りに、桃花と佐助も自然と笑みを浮かべる。
先程まで部屋を覆っていた重苦しい空気は、もうすっかり消え去っていた。
そして、全ての料理が出揃ったところで、「いただきます」という元気な合図とともに、食事を堪能していく。
明日の過酷な雪山越えに向けて、楽しい雰囲気のまま一夜を過ごしていくのだった。
「……というか、オラに対しての謝罪は?」
……という、クマの疑問はガン無視されていたが……。




