第125話 絶望レストラン
雪山へ入るための装備品の購入を済ませた後、一向は夕食をとるため、とあるレストランへと入店していた。
時刻はすでに夕食時の真っ只中。
店内には多くの客が詰めかけており、あちこちで食器の触れ合う音や楽しげな談笑が飛び交っている。
活気に満ちたその空間へ店員に案内された一行は、四人掛けのスクエアテーブルへと腰を下ろしていた。
だが……。
「……やっぱり飲食店も、動物の入店は禁止だよね……」
桃花は声を潜め、不安そうに周りを気にしている。
「至極当然ですね。動物など入店させては、衛生管理上いいわけがありません。見つかれば他の客にも迷惑がかかりますから」
「佐助さん……いくら何でも冷静すぎません? 私、もしバレたらどうしようって、さっきからずっと心臓バックバクしっぱなしで、飛び出そうなんですが……」
オドオドと小声で話す桃花とは対照的に、佐助は実に優雅な手つきで紅茶を楽しんでいる。
だが今のところ、周囲の客たちは特別こちらを気にしている様子はない。
それでも時折、何とも言えない「妙な視線」を向けられているような気がした。
その度に桃花の肩はビクリと震え、居心地の悪さが増していく。
顔色も青ざめ、とても食事を楽しめるような精神状態ではなかった。
「ね、ねぇ佐助さん。やっぱり、このお店を出ませんか? 私、出されてきた料理を食べたとしても多分……いや絶対に、全く味を感じられないような気がするっス……」
「ですが、すでに注文は済ませてしまいました。今更ここを出ていくなんてことは出来ません。それに、こういうのは最終的にバレなきゃいいんですよ……ふふっ」
「い、いや……。それって、完全に悪党の考え方ですよね?」
「心配御無用。こんなことは、今まで何百回も潜り抜けてきています。文字通り、忍びというのはそういうものですから。さ、桃花さんも温かいうちに紅茶を召し上がってください。多少は落ち着くでしょう」
その自信は本物なのか、それとも虚勢なのか。
あまりにも自然体な振る舞いのせいで、どちらとも取れない態度である。
すると、その時だった。
「……レディさ、アンタも悪よねぇ……」
「……んだんだ。こんなことして、自分だけはしれ〜っと美味そうに茶を飲んでんだかんな」
ケルベロスとクマが小さな声で不満を漏らす。
佐助は紅茶のカップを静かに置き、二匹へ視線を向けた。
「……ダメですよ。拙者から声をかけるまでは、“店内で不用意に喋らない、そして動かない” と、店に入る前に言いましたよね? 料理が届くまでは静かにしていてください。配膳されたら、また拙者から食事の指示を出しますので、もうしばらくご辛抱ください」
「……」
「……」
二匹は一瞬で押し黙った。
現在のこの状況。 桃花と佐助は、普通に客用の椅子へと座っている。
そして、ケルベロスとクマも、それぞれ人間用の椅子へと座っており、互いの姿が見える配置だ。
しかし、この二匹だけは、先程の宿と同様に「AI仕込みの動くぬいぐるみ」として振る舞うよう、佐助から厳重に指示されていた。
この店内で周囲から怪しまれず、余計な騒ぎを起こさせないため……らしい。
「あの、佐助さん。何も無理にそこまでしなくても……。テイクアウトとかにして、部屋でゆっくり食べても良かったんじゃ? 私たち、この時点で十分に怪しいと思いますが……」
尤も過ぎる疑問と指摘。
一刻も早くこの場を離れたい。
居心地が悪い桃花の本音が、その言葉には滲んでいた。
「そんなことをしては、せっかくこの『雪籠門』の街まで来た意味が無くなってしまうではありませんか。なんと勿体無い。ここは食事が美味なことで有名な店ですからね」
「え? そういう理由?」
「はい。それにノブからも、“お二人を武神街まで無事に送り届けるだけでなく、しっかりと持て成すように”との命を受けておりますので」
「な、なるほど、そういうことでしたか。そのお気持ちは、とても有難いんですが……」
佐助は仕事として、真面目にやっている。
その一環として、美味しい店での「接待」をしてくれているのだ。
その気持ちは素直に嬉しかった。
だが、その一方で胸は締め付けられるように苦しい。
とんでもなく息が詰まる。
いつバレるのかと気が気ではない。
その不安が頭から離れず、お世辞にも居心地が良いとは言えなかった。
それは桃花だけではない。
AIぬいぐるみを演じさせられているケルベロスやクマも同様である。
微動だにしないよう余計な力を入れ続けているせいで、二匹の体は小刻みにプルプルと震えている。
もはや食事どころではなかった。
特にケルベロスにとっては、これは接待などではなく、もはやただの拷問である。
動物の躾で例えるなら、延々と「お預け」を命じられている状態だろうか……。
「……♪」
それにも関わらず、当の佐助だけは優雅に寛ぎながら紅茶の味を楽しみ、ホッと一息ついている。
そんな空気など、どこ吹く風。
この肝の据わり方は常軌を逸している。
数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女だからこそ出来る芸当なのだろう。
もし事情を知る第三者がこの光景を見たとしたら、とてつもなく滑稽なコントに見えるだろう。
この瞬間——
佐助以外の三人は同時に、一つの真理に辿り着いた。
—— 佐助は、接待が超絶下手っぴ —— であると……。
そんなことを考えていると、厨房から若い店員が、彼女たちの元へと料理を運んできていた。
注文した料理を一皿ずつ配膳していく。
当然、AIぬいぐるみを演じているケルベロスとクマの前にも、その店員は一人前ずつの料理を置いていく。
もちろん、これも佐助の指示で。
「……」
だが、その店員は明らかに引き攣った不自然な笑顔。
その若さゆえか、目線が泳いでおり動揺が全く隠せていない。
「なぜ、ぬいぐるみの前に料理を……?」という心の声がダダ漏れである。
無言のまま配膳を終えると、逃げるように厨房へ戻っていく。
きっとバックヤードへ戻った瞬間、「なんか変な客が来た」と他の従業員へ話していることだろう。
そしてそのまま、あのテーブル連中は「ヤバい変人グループ」として認定されたに違いない。
「//////」
それを容易に想像してしまった桃花は居た堪れなくなり、顔を真っ赤に染めて深く俯いてしまった。
その場から店員が離れ、全ての料理が並び終えると、佐助は二匹へ向き直り「AIぬいぐるみ指示」を解く。
「……では、もうよろしいですよ。話をしても構いません。ただし、声と動きは最小限にし、決して大きく目立たないようにすること。これは厳禁です」
その言葉を聞いた二匹は、壮絶な矛盾を感じていた。
言っていることと、やろうとしていることが噛み合っていないのである。
「……あのさレディ。アタシたちが普通に食べてる方が、余計に目立つと思うんだけど?」
「というかよ、もうすでに目立ってるべさ。周り見てみっせ。チラチラとオラたちを見てるでねぇかや」
時すでに遅し。
周囲の客たちは、この異質な空気を放つテーブルの存在にしっかりと気付いてしまっていた。
「……確かに視線を感じますね。ですが抜かりはありません。拙者の忍術にて、お二方の口へと一瞬で食べ物を運ぶ技がありますので、何の問題もありませんよ」
佐助がとんでもない解決策(?)を口走った。
「なっ、ちょっと何よそれ! どういうこと!? 超怖いんですけど!」
「それって、目にも留まらぬ早業ってやつか? 気にはなる技だけんども……。やられる側となると、確かにおっかねぇっちゃよ。まるで、どんなことでも忍法にしっちまう、あの『忍者服部くん』みてぇだべな」
流石に二匹も拒否反応を示す。
そんな不毛なやり取りを交わしている間も、周りにいる客からの容赦無い「痛々しいものを見る視線」が四人にグサグサと刺さる。
桃花は羞恥心で俯いたまま、顔を上げることすら出来ないでいた。
「あのさレディ、隣の桃花ちゃんを見てごらんなさいよ。顔真っ赤じゃないの。流石のアタシでも、この状況では羞恥心の方が勝るわよ。アンタの心臓って鉄で出来てんの?」
「鉄どころかよ。あの『ガンダニュウム合金』で出来てんでねぇのか? あれってバチクソすんげー頑丈らしいべよ。もはや、そんぐれぇ硬くねぇと耐えらんねぇ状況だぞこれ」
『有人操縦式の人型機動兵器』のMS装甲材に例えられ、散々な言われようの佐助。
それでも彼女は眉一つ動かさなかった。
「失礼な。拙者はMSではなく、歴とした人間です。それに拙者だって、この状況に何も感じていないわけではない」
不服そうに反論する佐助。
その一言で空気が更に険悪となる。
これ以上はまずい。
周りからの痛い視線にも限界を感じた桃花は、慌てて間に入って宥める。
「や、やめましょう! とにかくさ! 早く食べてここを出ようよ! ね? あ! 何なら今出してもらった料理をテイクアウト出来ないか店員さんに頼んでみるよ! ちょっと待ってて!」
そう言うや否や、桃花は席を立ち、急いで店員へと確認を取りに駆け寄った。
顔を真っ赤にし、何とかお願いできないかと必死に頼み込む。
かなり無理なお願いだったようだが、特別に対応してくれた。
店側からすれば「出たばかりの料理を持ち帰る変人客」として見られる形にはなったが……この際、背に腹は代えられない。
料理は全てテイクアウト用へと詰め替えられ、一行は素早く帰り支度を済ませる。
そして店員へ何度も頭を下げた後、足早にレストランを後にし、今晩宿泊する宿へ向かって逃げるように歩き出していく。
……ようやく、張り詰めていた空気から解放された桃花は、大きく安堵の息を吐くのだった。




