第124話 超次元アイテム
雪山を越える道を進み続けた一行は、程なくして雪山の麓にある街『雪籠門』へと辿り着いていた。
その街の景色は、先程までとは一変しており、まるで別世界である。
目の前には、一面を白く染め上げた雄大な雪山がそびえ立つ。
建物の屋根には厚く雪が積もり、道端には街の子供たちが作ったであろう可愛らしい雪だるまも並んでいる。
静かに降り積もった雪が街全体を包み込み、見事な雪化粧を施した幻想的な雪景色が広がっていた。
そして、雪籠門の街へ到着したその足で、まずは今晩宿泊する場所を確保するため、そのまま宿の中へと入り、部屋取りまでを完了させた。
その後は、雪山へ入るための装備を整えるべく、街にあるアウトドア用品専門の店舗を訪れていたのだった。
「……ふぅ、何とか部屋も取れて一安心ですね。一時はどうなることかと……」
桃花が胸を撫で下ろしながら息を吐く。
「はい。上手く騙せ……いえ、説得できました」
「あそこで佐助さんが冷静に機転を利かせたおかげです。まさか、ここが “動物の宿泊が不可” な街だったなんて……」
桃花と佐助が振り返っているのは、つい先程、宿の受付で起きたハプニングについてである。
言葉通り、この街の宿はどこも「動物不可」というルールが敷かれており、宿泊が認められていなかったのだ。
そのことを失念していた一行は、宿の受付でそれを見事に指摘されてしまった。
そこで佐助は、子犬へ変身しているケルベロスと、子熊へ変身させられているクマを咄嗟に指差し、「これは今流行りの『AIを仕込んだ動くぬいぐるみ』です」と、何食わぬ顔で、堂々と言い切ったのだった。
当然、桃花はもちろん、ケルベロスとクマも一切打ち合わせなどしていなかったため、突如始まった即興劇に内心では大いに動揺したものの、二匹は瞬時に状況を察し、ぎこちない動きでAIぬいぐるみを演じ切る。
桃花も何とか話を合わせたことで、相手は多少の疑いを持ちながらも納得し、宿泊する部屋を確保することができ、難を逃れて今に至る。
……というわけであった。
「あれには、流石のアタシも驚いたわよ。まさかあんな強引な手段で切り抜けるなんて、思いもよらなかったからね……」
「こういうことは、マジでこれっきりにして欲しいっちゃよ……」
ケルベロスは呆れ半分、感心半分といった表情で肩を竦める。
クマも未だに肝を冷やした様子で、大きく溜め息をついていた。
今回ばかりは、ケルベロスとクマのファインプレーだったと言えるだろう。
もちろん、「AI搭載の動くぬいぐるみ」を演じた経験など、この二匹にあるはずがない。
そんなことは、今まで一度たりともやったことはなかったため、極度に緊張した動きはどこかぎこちなかった。
しかし、その不自然さが逆に「なんか、それっぽい」と、機械的な挙動にも見えたことで、何とか上手く騙す要因へと繋がったのだから結果オーライである。
「このようなことは、おそらく山を越えればないと思われます。その先では、妖怪や魔族はもちろん、野生のモンスターも普通にその辺を彷徨いてますからね。宿へ泊まるのに動物の規制などまずありません」
「その話を聞くと、こっち側って治安が良さそうですよね……。なんでだろう?」
桃花が純粋な疑問を口にすると、佐助は静かに答えていく。
「おそらく理由としては、桃花さんの『おじ様』と『おば様』の存在が強く影響していると思われます。そのお二人が邪魔なヤツらを狩りまくり、数が絶望的に減ったことが大きな要因ではないかと……」
「おじいちゃんと、おばあちゃんが!?」
「はい。昔、拙者の目の前で、凶暴凶悪なモンスターたちを、まるで子供の遊びかのように笑いながら大量虐殺しているところを、何度か見たことがありますので」
「……」
さらりと語られた内容は、あまりにも物騒過ぎた。
鬼やだけでなく、凶暴凶悪なモンスターにまで手にかけていた。
あの二人であれば、ある意味納得できる話ではあるが……。
これを聞いてしまった桃花は、ただ苦笑いを浮かべている。
一方で、おじいさんとおばあさんの話題が出てきた瞬間、先程まで余裕だったケルベロスの表情がピタッと凍りつく。
「……………………」
口を閉ざし、一気に黙り込んでしまった。
不意に飛び出してきた人物と内容に、昔の強烈な記憶が蘇り中である。
このデリケート極まりない空気を察した桃花は、焦りながら強引に話を切り上げる。
「そ、それはそうと……。宿の人たちを騙す形になってしまって、申し訳ない気持ちではあるけどね……。でも、ケルちゃんとクマさん。さっきは本当に良く頑張ったよねー!」
柔らかな笑顔でそう声を掛けると、重くなりかけた空気が少しだけ和らいだ。
「……ですが、部屋へと戻る際には、宿から出た時のように、桃花さんのリュックサックの中へ再度隠れてもらうことになります」
佐助が現実的な問題を口にする。
宿から外出する際、どうしても受付の前を通る必要があった。
外へ出るのに、ケルベロスとクマの「AIぬいぐるみ」を持っていくのは怪しすぎる。
子供ならまだしも、いい歳した桃花と佐助が持つのは、ただの不審者でしかない。
大きい袋があればよかったのだが、持ち合わせがなかった。
せっかく上手く潜り抜けられた難関だったのに、最悪バレて宿から追い出されるのだけは避けたい……。
……ということで。
考え抜いた末の案として、桃花が普段から背負っている『四次元リュックサック』の中へと、その二匹を容赦無くぶち込んで運ぶという、大胆な作戦を敢行した。
そして無事に、宿の受付に見つかることなく、外に出て来れたという流れである。
この『四次元の空間内』という、あまりにも未知の領域。
その領域へ、物は入れたことがあっても、生き物を入れたことなど、桃花自身も試したことはない。
一体どうなるのか。
無事に戻って来られるのか。
そもそも、生きたまま出て来られるのか。
絶対に確実に無事である保証が全くない。
そんな極限な不安を抱え、恐る恐るながらも試した結果……。
なんと、何の問題なく出入りすることが出来てしまい、無事に街へ連れ出すことに成功したというわけである。
……ただし、そのリュックの中へ入る最初の生体実験の犠牲者は、なぜかクマであったのだが……。
「なんで最初に入れられるのがオラだったんだっぺよ! 生きて出らんねがったら、マジでどうするつもりだっちゃよ! 下手すりゃ今頃オラは死んじまってたぞ!」
思い出したように声を荒らげる。
すると、ケルベロスは悪びれる様子もなく肩を竦めた。
「どうするも何も、死んだらそれで終わりよ。それ以外に何かあるわけ?」
あまりにも当然のように言い放ってしまった。
その姿に桃花は思わず苦笑し、佐助も小さく息をつく。
どうやら今回の件では、ケルベロスがクマを人柱……と言うより「熊柱」として扱い、実験台と称して雑に放り込んだらしい……。
そんな不遇な扱いを受けたクマは、更に語気を強めた。
「本当に恐ろしいヤツだべっちゃな! おめぇに人の心は無いんかい! この人で無しめが!」
「アタシ人じゃないし〜♪ 犬だし〜♪ 更に言うと魔族の魔獣だし〜♡ というか、熊のアンタが人間を語るんじゃないわよ。クマのくせに」
「おめぇだって人間の使ってる言葉喋ってるでねぇかよ! おめぇこそ人間を語るなっつーの! 尻尾振って人間に媚び売る犬っころめが!」
「なんですって! このバカクマが! その無駄に白い毛に黒ペンキ塗りたぐって汚いパンダにしてやろうかぁぁ!」
仲が良いのか悪いのか。
互いに言いたい放題でありながら、不思議と会話だけは途切れない。
なぜかテンポ良く、上手い具合に口喧嘩が続いている様子を見ていた桃花は、このままでは埒が明かないと判断し、二匹の間へ割って入る。
「あーはいはい。ここで騒ぐと変に目立つから、そこまでね。それよりも早いとこ買い物済ませるよ」
「桃花さんの言う通り。先ずは装備を整えることが優先です」
佐助にまで窘められ、ケルベロスは露骨に口を尖らせる。
「チッ、アンタのせいでアタシまで怒られたじゃないの。バカ」
「おめぇがオラを雑に扱うからだろうがよ! 被害者ズラすんなっちゃ!」
この勢いは一向に収まる気配がない。
「はぁ……ほら。もう行くよ」
完全に呆れ果てた桃花。
そして、問答無用に右側へケルベロス、左側にクマと、左右の腕の小脇に一匹ずつヒョイっと抱え上げられ、強制連行された。
「ちょっ! 何すんのよ桃花ちゃん! このバカクマと同じような扱いしないで!」
「ケッケケ! いい気味だっぺ!……あいてててっ! おめっ、オラの腹の肉を抓るでねぇ! めっちゃ痛いっちゃ! やめれっ!」
桃花は、煽る発言をしたクマの腹の肉を、指で抓って引っ張る。
そんな賑やかなやり取りを続けながら、一行は雪山へ入るための本格的な防寒具を慎重に選び、必要な品々を速やかに購入を済ませるのだった。




