第123話 雪籠門 - セツロウモン -
あれから、更に数日が経っただろうか。
一行は、目的地である『武神街』を目指し、旅を続けていた。
十文字村へ向かう前までは、桃花とケルベロスだけであった。
しかし今では、その武神街までの案内人である『猿飛佐助』と、なし崩し的に彼女のペットにされた『クマ』が同行している。
人数(と匹数)が倍に増えたことで、旅路は以前よりも、ずっと賑やかなものへと変わっていた。
「なんか急に肌寒くなってきましたねー。雪が降ってきてますよ……」
桃花は両腕をさすりながら、空を見上げる。
灰色の空から舞い落ちる雪は次第に数を増やし、辺り一面を白く染め始めていた。
地面には薄く雪が積もり、まるで世界が少しずつ冬へと塗り替えられていく途中のような、美しい雪景色が広がっている。
「はい。もう目の前は雪山ですからね。本日泊まる街、『雪籠門』でしっかりと準備をし、万全の状態で山へと入りましょう」
佐助は前方の山を見据えながら、穏やかに答えた。
明日には、いよいよ本格的な雪山へ入る予定となっている。
まずは今夜の宿を確保するため、目的地である街『雪籠門』を目指して歩みを進めていた。
「アタシはそこまでの寒さは感じないんだけどね〜♪」
「ケルちゃんはモフモフしてるもんね〜。あったかそう」
黒柴の子犬へと変身しているケルベロスは、相変わらず余裕そうな表情を浮かべている。
「クマさんの方も寒さは大丈夫そうだよね。だって熊なんだし」
そう言って桃花は、隣を歩くクマへ視線を移した。
「……」
今のクマの姿はと言うと、ケルベロスと同程度の目線……つまり、小型犬くらいの大きさにまで縮められていた。
あの後、白いアザラシの姿にされたクマだったが、今後どこに行っても怪しまれないようにと、最終的に持ち運びやすい「ぬいぐるみのようなサイズ」へと体を変えられていたのである。
しかも、ただ小さくなっただけではない。
その姿にはもう一つ大きな変化があった。
「まさか、アザラシの白い毛色のまま、元に戻らなくなるなんてね。まるで白熊だよ」
元々は茶色い毛並みだったクマ。
だが今では、全身が真っ白な毛で覆われ、まるで本物の「シロクマ」のような姿になってしまっていた。
「やっぱりストレスが原因なのかな?」
「過度な魔法を受けた副作用も考えられますね。もしくは、複合的な要因が重なった可能性もありそうですが」
クマがシロクマになってしまった原因について、桃花と佐助が真面目に考察を交わす。
「……もういいんじゃない? これ以上深く考える意味ないでしょ。コイツの毛が白くなった以外の異変はないし、バカみたいにピンピンしてるんだもの。心配ないわよ」
魔法をかけた張本人であるケルベロスは、心底どうでもいいといった様子で一蹴した。
しかし、当のクマにとっては死活問題なほど深刻なようである。
「オラはあのイカした茶髪が良かったんだよ! これじゃまるで、年取ったジジイ熊でねぇかや! どうしてくれんだっぺよ! 責任取れっちゃ!」
「あっそう」
「おい!」
「うるさいわね、静かにしなさいよ」
「元に戻せねぇなら! おめぇの魔法でオラの毛をイカした茶髪に変化させろや!」
「嫌よ」
「なんでだよ!」
ギャーギャーと喚くクマをケルベロスは適当にいなす。
それどころか、クマには一切目もくれず、歩きスマホをしながら器用に画面を操作している。
微塵も興味関心がない態度であった。
「つーかよ! おめぇがぶっ飛ばしたせいで、オラの大事なスマホが木っ端微塵に破壊されてたんだぞ! それも責任取って弁償しろや! それと、おめぇが噛みついたオラの腹傷! あれまだ治ってねぇんだからな! それと一緒に治療費も請求してやるばい!」
「ふーん」
「おい!!」
もはや返事すら機械的だった。
そもそも、本当に話を聞いているのかすら怪しい。
傍から見れば、小さな動くぬいぐるみが言い争っているようにしか見えない。
その光景があまりにも滑稽であった。
桃花は微笑ましく見守っているが、佐助はこれが余程ツボなのか、また「www」とウケまくっている。
「ったく! さっきからやかましいわね! そういうことはアタシじゃなくて、アンタの飼い主に直接言いなさいよ。もしくは自分で買え」
「おめぇが全部やらかしたことでねぇかよ! なに自分は全然関係ねぇってツラしてんだっちゃよ! それにだ! それにだ! オラはこの女に飼われてやるなんて一言も言ってねぇべっさ! 勘違いするでねぇ!」
実際のところ、クマをぶっ飛ばしたのはケルベロスだった。
その結果、スマホを粉々にしたのもケルベロス。
魔法を何度も浴びせたのもケルベロス。
上記、これらは全て事実であるため、怒る理由だけは全て正当であった。
だからこそ、クマの怒りは未だ収まらない。
そんな騒がしいやり取りを見兼ねた佐助が、飼い主を名乗る者として口を開く。
「大人しくしなさい。拙者はお前の飼い主だと何度も言っているだろう。これ以上言うことを聞かないようなら、新しいスマホは買ってあげませんからね」
「!!」
その一言だけで、クマはピタリと静かになった。
相当スマホが欲しかったのだろう。
あれだけ騒ぎ続けていたのに、今では嘘のように大人しくなっている。
やはり飼い主と言い張る佐助には、色々な意味で敵わないようだ。
どこか親子にも似た、不思議な力関係すら漂い始めている。
言葉の意思疎通ができる分、普通の動物よりも手懐けやすいのかもしれない。
結果として、クマの抗議は全て却下された。
「でもさ、なんか白って、罪を洗い流した風が出てる感じがしていいんじゃない?」
落ち込むクマに対し、桃花は少しでも励まそうとフォローを入れる。
だが……。
「見かけだけ白くても実際には “風” だから、何一つ洗い流せてないわよ。そんなのは気休めにもならないわ。しかも白いの全然似合ってないし」
ケルベロスの冷酷な一言で、まるで破壊されたクマのスマホの如く一瞬で粉砕する。
「……そ、それでもさ! 飼われると言っても、佐助さんと一緒に住んでいれば衣食住の保証はされてるわけじゃん? これからは安心だよね!」
「はぁ!? 何が保証だっぺよ! オラあの村出ようとした瞬間、あの狂った村人どもに容赦無く機関銃でブッ放されてんだぞ! しかもヤツらの腕が無駄にいいのか、ほとんどの弾丸がオラに命中してるしよ! あれクッソ痛かったんだぞ! あんな地獄みてぇな場所に、何一つ保証なんてねぇっぺさ!」
クマの必死な形相に、あの時の壮絶な情景が目に浮かぶ。
しかし、それよりも聞き捨てならない内容が飛び出していたことにツッコミを入れる。
「あ、あの時の弾丸ってクマさんに当たってたの? しかも全弾ほぼ命中したって? なんでそれで怪我してないの? というか、普通は当たったら死んじゃうんだけど?」
「バカは死なないんでしょ。アタシが噛みついた傷なんて擦り傷のようなものじゃない。放っとけば治るわよ。それなのに、治療しろやら請求するやら大袈裟に言ってバカみたい。というか、なんで腹にだけ傷がつくのか意味不明だわ。弱点?」
桃花とケルベロスは、クマのあまりにも常軌を逸した耐久性に、感心を通り越して呆れ果てた。
物理法則を無視して生きているこの生物は、ある意味では規格外である。
「おめぇには罪の意識っつーのがねぇんかよ! このイカれた狂犬が!」
「罪の意識って……。ついこの間まで強盗・恐喝してたクマさんがそれ言う?」
「それについては、アタシも強くは言えないけどね……」
「……」
ケルベロスの自嘲気味な発言を聞いた桃花は、その過去を知っているだけに、思わず黙り込んでしまう。
一瞬だけ、場の空気が静まり返る。
この微妙な空気を察したのか、ケルベロスの事情を知らない佐助が咄嗟に割って入る。
「……お二方、明日は雪山へと入ります。その時に、このクマはとても役に立ちますよ。吹雪で前が見えない時や、万が一に雪崩が発生した時は、そのまま盾として使うことが出来ます。場合によってはクマで暖を取り、拙者たちの寒さを防ぐことにも使えることでしょう」
飼い主とは到底思えない発言だった。
「え?」
「は?」
それを聞いた桃花とケルベロスは、流石に驚いた表情を見せるが、それ以上に驚愕していたのは……。
「おめぇもオラのことを一体なんだと思ってんだっぺよ! マジで信じらんねぇべっちゃな! おめぇみてぇな狂ったヤツに動物を飼う資格はねぇ! 人間の皮を被った鬼か悪魔かよ!」
「ふふっ、鬼か悪魔か……。もしくは『妖怪』かもしれませんがね」
不敵に、そして怪しく笑う佐助。
その笑みは、どこか底知れないものを感じさせる。
「な、なんべっちゃね。急に笑いやがってからに。おっかねぇ女だべな……」
クマは思わず身震いを覚えてしまう。
先程まで大騒ぎしていた勢いはどこへやら、その不気味な笑みに本気で戦慄している。
「あ、そういえば、その雪山には妖怪の『雪女』が出るって話でしたね」
桃花が思い出したように呟く。
「悪魔のラウムと信繁ダンディも話してたわね。アタシは会ったことないけど。その二人が気をつけろと言ってるんだから、かなり危険なのは確かよね」
「はい。その雪女の件も併せて、拙者が同行しているのもあります」
クマのやかましいクレームから一転、妖怪『雪女』の話題を境に、ゆっくりと場の雰囲気が引き締まっていく。
桃花とケルベロスは真剣な表情で佐助の話へ耳を傾けた。
クマだけは、話の重要性をあまり理解していない様子ではあるが、それでも珍しく口を挟まず、大人しく聞いていた。
「その雪女の情報については、次の街『雪籠門』に到着したら詳しくお伝えいたしますので、また後ほど」
「はい。お願いします。このペースだと夕方前くらいには着きそうですね」
そして一行は、そのまま雪道を進み続けた。
舞い落ちる雪は次第に強さを増し、白銀の景色はどこまでも広がっていく。
やがて空が茜色に染まり、夕暮れが近づく頃、無事に雪山の麓に築かれた街『雪籠門』へと辿り着いた。




