第122話 ミラクルメイクアップ
佐助は地面に転がるクマへ視線を落としたまま、静かに口を開く。
「先程、ケルベロスさんが使用していた、体の大きさを変化させていた技。それをクマへ使っていただきたいのです」
「そうくると思ったわ」
「それしかないもんね」
桃花とケルベロスは「やっぱりな」と全く同じ反応を見せた。
「それで、出来ますでしょうか?」
念のため確認する佐助に対し、ケルベロスは自信満々に胸を張る。
「もちろん出来るわ♪ コイツの大きさはどれくらいにする? 希望はあるかしら?」
「そうですね。今のケルベロスさんと同じくらい……では、いかがでしょうか?」
「余裕ね♪ 何なら更に小さくも出来るわよ♪ キーホルダーくらい縮められるわ♡」
「そんなにも小さく出来るのですか!? なんと素晴らしい! ではお願いします!」
その内容を聞き、目を輝かせる佐助。
普段は冷静沈着な彼女とは思えないほど、純粋に心を躍らせていた。
一方のケルベロスも、頼られて悪い気はしない。
むしろ気を良くし、ノリノリである。
「魔法って凄いよね。そんなことまで出来ちゃうんだからさ」
桃花は魔法を見て改めて感心した。
「ウフ♡ だって魔法だもの♪ アタシって、こういうの得意だからね〜♪」
得意げに笑うケルベロス。
そしてクマへ向き直ると、前足をゆっくりと突き出し、縮小魔法を発動させようとした。
だがその時。
ここまでずっと大人しく(というより状況が理解できずフリーズして)いたクマが突如として声を荒げた。
「お、おめぇらよ! オラを無視して勝手に話を進めてんじゃねぇっての! さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言いやがってからに! 誰がおめぇらみてぇなイカれた連中と一緒に行くかってんだよ! ペットに成り下がんのもごめん被るっちゃ! いい加減に……!」
「キーホルダーになりなさーい♪」
クマの抵抗をガン無視した明るい声で魔法を放つ。
彼女の前足から淡い光が溢れ出し、一瞬でクマを包み込む。
そして、クマはあっという間にキーホルダーにされた。
そこにいたのは、わずか6〜7cm程まで極小サイズに縮められたクマ。
しかも頭には、金属製のキーチェーンがしっかりとブッ突き刺さっている。
まるで最初から、そういう商品だったかのような完成度。
そのまま地面にポテっと落ちたクマを、ケルベロスがチェーンの端を摘んで拾い上げる。
「あらあら、どうしたの〜? こんなにもバカみたいに小さくなっちゃって〜♪」
「オイ! ナンジャコリャ! ドウナッテンダッチャ! モトニモドセッチャヨ!」
声まで小さくなっていた。
その可愛らしい高音が、余計に笑いを誘う。
クマはキーチェーンにぶら下がったまま、ジタバタと必死に手足を動かして暴れている。
その光景を目の当たりにした佐助は、満足気に目を輝かせた。
「ああ! なんてことだ! これが魔法というものなのですか! 素晴らしい力です!」
普段の冷静沈着な忍びの印象はどこへやら。
どうやら彼女は、本物の魔法を見るのは初めてのことだったらしい。
「クマさんの体が、こんなにも小さくなるなんて……。魔法って、一体どうなってんの?」
桃花もクマの劇的な変化に驚きを隠せない。
何度も魔法は目にしているはずなのに、やはり理解は追いつかない様子。
「アタシにかかれば、これくらいチョロいものよん♪ 簡単すぎて眠くなるわ!」
誇らしげに胸を張る姿は、どこか得意げな先生のよう。
「流石ケルちゃん! ならさ! 違う動物の姿に変化させることとか出来る!?」
「ナンダッテ!!?」
クマだけが最悪の予感に震えた。
「ウフフ♡ もちろん出来ちゃうわよん♪ 何かに変化させてみる?」
「あ、じゃあさ! パンダにしてみて!」
「パンダ!!?」
「オッケーイ♪ それじゃ、次は……パンダになりなさーい♪」
「アアーーーーーー!?」
再び淡い光に包まれ、クマは一瞬で白黒のパンダへと姿を変えられた。
大きさもキーホルダーサイズから、子犬姿のケルベロスと同程度に調整されている。
「……はっ! オラどうなったっちゃ!?」
激しく混乱するパンダ。
当然、自分の姿は自分では見えない。
それを見た桃花は、着物の袖から手鏡を取り出し、しゃがみ込んでパンダの前へと差し出す。
「ほら! 見て見てクマさん! 可愛い子パンダになったよ!」
パンダは恐る恐る鏡を見る。
「……のぉっ!!?」
鏡に映る自分の姿。
そこには、まるで動物園の見世物のような、愛らしい子パンダの姿があった。
彼にとっては信じ難い悪夢だろうが、これは間違いなく現実である。
その事実を直視した瞬間……。
「……Nooooooooooooooooooooooooooo!!!!!」
まるでムンクの『叫び』のような悲しい表情。
そして悲しい絶叫が森中へ響き渡る。
そんなクマの絶望とは裏腹に、この状況を作り出した三人は、きゃっきゃと凄まじい盛り上がりを見せている。
パンダの悲鳴など、一切耳に入っていない。
「どこからどう見てもパンダですな! 凄い再現度です! これは忍びである拙者でも、到底到達できない技の極み……!」
佐助は最大限の賞賛を贈りながら、桃花の隣にしゃがみ込み、うっとりした表情でクマパンダを見つめている。
「ウッフ〜ン♡ こんなのは朝飯前なのよね〜♪ なんならもっとやれるわよ〜ん! ヘイ! リクエスト〜カモーン!」
褒められて完全に気分を良くしたケルベロスが、更に調子に乗る。
「では拙者が! 次はレッサーパンダを所望します!」
「いいですね! パンダ繋がりのレッサーパンダ! それじゃケルちゃん! レッツゴー!」
「オッケーイ! あ〜らよっと〜♪」
ケルベロスの前足が再び光を放つ。
「やめてけろぉぉぉーーー!!!」
やめてけろと、彼が泣き叫ぼうが絶対やめないのがケルベロス。
こんな面白いことを、絶対やめさせるわけがない桃花と佐助。
そして光が消えていき、お目当ての姿が現れる。
「……おめぇらよ! オラで遊んでんじゃねぇっちゃ! マジで最低なヤツらだな!」
そこに立っていたのは、二本足で立ち上がるレッサーパンダ。
両手を大きく広げ、必死に威嚇のポーズをとっている。
だが、その仕草は怒っているどころか、ただただ愛らしい。
「これはいい!! すっごく可愛いよ!! クマさんはこの姿のままの方が絶対にいいって!!」
「確かに……! クマよりも、このレッサーパンダの方が愛らしい」
すこぶる評判が良いレッサーパンダ。
もはや元の姿になど戻らせない勢い。
「ウッフフ♡ そんじゃ次は、タヌキ! いってみましょ〜♪」
「あ! ならさ! 次は『青ダヌキ』にしてよ! あの丸々とした短足のやつ!」
「それは拙者も見てみたいです! 是非お願いします!」
「なんだって!? てめぇら! いい加減にしやがれっちゃ……! アッーーーー!?」
森の奥深くは、もはや狂乱のパーティー会場と化していた。
誰もクマの悲鳴など聞く耳を持たない。
その後もクマは、次々と様々な動物の姿に変えられ、着せ替え人形の如く散々弄ばれ、三人のおもちゃにされ続けた。
三人にとっては最高の遊び。
クマにとってはトラウマ確定、最悪の悪夢そのものであった……。
……………………………。
……………………。
……………。
……どれくらい時間が経っただろう。
木々の影は長く伸び。
周囲も少しずつ薄暗くなっていく。
夢中になって遊び続けた結果、気付けば空は橙色へ染まり始めていた。
「っはぁー! これ楽しいねー! まだまだ遊び足りないもん!」
「はい。ですが……少々楽しみすぎてしまいましたね。もう夕刻です」
満面の笑みを浮かべ、まだまだ遊び足りない様子の桃花。
その隣で、佐助は懐から趣のあるデザインの懐中時計を取り出し、冷静に時間を確認している。
つい時間を忘れ、遊び呆けてしまったようだ。
「マジ? もうそんな時間? ちょっと遊びすぎちゃったわね〜♪」
ケルベロスも調子に乗りまくって、魔法の無駄遣いを楽しんだようである。
そして——
その魔法の無駄使いを散々受け続けたクマはというと……。
「…………………」
その姿は、最終的に真っ白なアザラシの体にされていた。
精神崩壊寸前。
丸々とした身体で地面に転がり、微動だにしていない。
地上では這いずることしかできないその体では、絶対に逃げられない姿であった。
「それじゃ、この辺でお開きにしましょうかね〜♪」
「待ってケルちゃん! 最後に、最後にもう一回だけ! お願い!」
桃花が名残惜しそうに懇願する。
その瞬間。
真っ白なアザラシから、か細く弱々しい震えた泣き声が聞こえてきた。
「……もう……勘弁してください……。お願いします、お願いします……」
完全に心がへし折られていた。
先程までの威勢の良さは、文字通り影も形もない。
「……あなたのペットにも、何だってなりますので……お許しを……。どうか、元の姿に戻してください。お願いします……」
アザラシの姿で、まるで土下座をしているかのように地面へ突っ伏している。
地面の土には、大量の涙が染み込んでいた。
このアザラシからすれば、目の前で笑い合っている三人は、悪魔か鬼以外の何者でもないだろう。
昨日の物理的、精神的な暴力に引き続き、彼にとって今日も最恐最悪の1日になってしまった。
そんな姿を見下ろしながら、ケルベロスが呆れたように肩を竦める。
「なんで熊鍋にするって言われた時より辛そうにしてんのよ。普通逆でしょうが」
「……」
何も答えなかった。
いや、答える気力すら残っていなかった。
その空気を切り替えるように、佐助が口を開く。
「桃花さん、ケルベロスさん。とりあえず日が暮れる前に、このアザラシを連れ、今日の目的地である町へ向かいましょう。今なら余裕で辿り着けます」
そう言うと、ぐったりと地面に転がるアザラシをヒョイと拾い上げ、小脇に抱えた。
まるで荷物でも持つかのような、あまりにも自然な動作だった。
「やっぱり連れていくんですね……」
「もう反対はしないけどさ、アンタも物好きよね……」
結局連れていこうとするその執念に、二人は呆れ半分で溜め息をついてしまう。
そして、足早に進む佐助の後を追い、三人は本日の目的地へと向かって歩き出す。
こうして武神街までの同行者は、佐助とアザラシ姿のクマが加わり四人。
正確には、二人と二匹になった。
波乱の旅は、この後も更に賑やかに続いていく……。




