第121話 モンスターブリーダー
ブチキレたケルベロスに薙ぎ払われたクマ。
当然ながら、その巨体はもうこの場にいない。
何十本もの大木をへし折りながら、森の奥深くへと消えていったからである。
「フゥー! フゥー! フッ……!」
三つの首が荒々しく呼吸を繰り返す。
そんなケルベロスの様子を見て、桃花は恐る恐る声をかける。
「ケルちゃん。大丈夫……?」
黒い体毛の隙間からは熱気が立ち上り、周囲の空気まで張り詰めていた。
怒りの余韻はまだ収まっていない。
「……しかし、あの勢いで殴り飛ばされたら……ほぼ間違いなく即死でしょう。残念です」
激しく破壊された森の惨状を見渡し、佐助が静かに呟く
今なお、遠くの方から「ズズン……バキィッ!」と、へし折られた大木の倒れる音が断続的に響いている。
ケルベロスの一撃が、どれほど凄まじかったかを物語っていた。
クマが飛んでいった方向を見ながら、桃花は顔を引き攣らせ、複雑そうな表情を浮かべる。
「クマさんの安否確認をしに来たのに、まさかトドメを刺す流れになるなんて……」
「フンッ! 桃花ちゃんには悪いけど、これがヤツの運命よ! 受け入れなさい!」
まだ少し息を荒げながらも、ケルベロスが吐き捨てるように言い切った。
「なら、せめて熊肉だけでも拾ってあげよう。美味しく料理してあげて、しっかり弔ってあげなきゃね、じゅるり」
「……桃花ちゃんさ、結局アイツを食うことしか考えてなかったんじゃないの?」
欲望を丸出しに怪しい笑顔の桃花を見て、ケルベロスは一気に冷静さを取り戻した。
呆れ半分、笑い半分といった表情になると、再び黒い炎に包まれ、本来の姿から愛らしい黒柴の子犬へと変身する。
「……ほう、体の大きさを変えられるのは便利ですね。拙者の忍術でも似たようなことは出来ますが、ここまでの精度はありません。素晴らしい」
変身を二度見た佐助が感心したように頷く。
「私からしたら、一瞬で感情の切り替えをする佐助さんの方が素晴らしいと思いますが?」
「いや、桃花ちゃんも人のこと言えないわよ。さっきまで、あのバカクマを心配してたくせに、今では食べる気満々じゃないのよ。感情の切り替えで言ったら、アンタの方が上よ」
「え、そう? えへへ……え?」
コントのようなやり取りを交わしながらも、一行はお目当てである熊肉を回収するため、とりあえずクマが飛んでいった方向へ歩き始める。
森の中には、一本の道が出来上がっていた。
もちろん、本来そこに道など存在しない。
ケルベロスの一撃によって、大木という大木が一直線に薙ぎ倒され、まるで巨大な刃物で森そのものを抉り取ったかのような光景が広がっていた。
本来なら木々に遮られ、ほとんど陽の光など届かない場所。
なのにも関わらず、今では眩しい朝日が一直線に差し込んでいる。
それだけ、あの一撃が規格外の威力だったのかを物語っていた。
程なくして、終点と思われる場所へ辿り着く。
真正面には一本の大木が倒れずに残っている。
どうやら、そこで勢いが止まったらしい。
「……この辺かな? 結構歩いてきたけど、クマさんいる?」
桃花が周囲を見渡しながら尋ねる。
「アイツの血の匂いはするけど見当たらないわね……。レディの方はどうかしら?」
「……あの威力でしたからね。バラバラのグッチャグチャになっている可能性が高いと思われますので、体の部位を探す方が早いかもしれません」
あまりにも冷静に、まるで肉片になって原型を留めていないような、あまりにも生々しい言い方。
それを聞いてしまえば、嫌でもその情景を想像してしまうのが人間の性である。
桃花の顔色が、みるみる青ざめていく。
「う……。なんか、熊肉どころではなくなってきたよぉ……」
反射的にグロテスクな光景を想像してしまい、思わず肩を震わせる。
その時だった。
何かを見つけた佐助が、静かに二人を呼ぶ。
「……桃花さん、ケルベロスさん。あれを見てください」
指差した先。
何本もの折れた大木が折り重なる下。
そこから、仰向けになった「クマらしき足」が一本突き出ているのが見えた。
だが、この位置からでは、他の部位がどうなっているのかは確認できない。
「た、確かに足が見えるね……。多分、あれはクマさんの足だよ……」
「ウフ♡ もしかしたら、“足だけ” かもしれないわね〜♪」
「嫌な言い方しないでよ。まともに見れないって……」
青ざめる桃花とは対照的に、残酷な冗談で茶化すケルベロス。
「では拙者が確認しますので、お二人はここでお待ちください」
佐助は全く躊躇することなく、落ち着いた足取りで大木の元へと歩み寄っていく。
「こ、この状況で自分から確認するって……。凄すぎますよ……」
桃花は引き攣った顔で、彼女の背中を見守った。
そして、クマの足元へと近づいた、その瞬間——
「……っがっはぁ!?」
覆い被さっていた大木の隙間から、クマが勢いよく飛び出してきた。
もちろん、五体満足で。
特に目立った怪我もなく、普通に生きていた。
「……なんてことだ。あれだけの攻撃をまともに受けて生きているとは……。それだけでなく、目立った外傷もない。これは一体、どういうことでしょうか……?」
流石の佐助も驚きで目を見開く。
目の前の現実を信じられていない。
「佐助さんも、そう思いますよね……。私も昨日、クマさんを吹っ飛ばした時も、全然怪我してませんでしたから。まさか、今回も同じようなことになるとは、私も思いませんでしたが……」
桃花も昨日の出来事を思い出しながら頷く。
大木から這い出たクマは、すぐさま自分の目の前にいる三人の姿を視界に捉えた。
「……ぁ、あ? あんぎゃっばぁぁぁぁぁ!!? バケモノどもぁぁぁぁぁぁ!!?」
驚いている佐助の更に上をいく、最高のリアクションと驚きを見せた。
「バケモノって……。拙者からしたら、あなたの方が余程バケモノですがwww」
そのクマの必死な顔を見た瞬間、再び佐助の笑いスイッチがオンされる。
「こ、これがっ!! 夢だけど、夢じゃなかったーーーってやつかーーーい!!」
これは夢ではなく、現実だったのだと、ここでようやく理解した。
そのことに気づいたクマは顔面蒼白。
森全体に響く程の大声を出し、全身を震わせながら大混乱していた。
「うるさい!!」
「じゅるり」
「www」
キレるケルベロス。
熊肉が食べたい桃花。
ウケる佐助。
またしても、変な構図が出来上がる。
その時だった。
佐助は笑いを必死に堪えながら、とんでもなく耳を疑うようなことを口にする。
「ふふっwww よ、よし! 決めました! このクマは、拙者が飼いますwww」
「え?」
「はぁ!?」
あまりにも予想外すぎる発言。
桃花もケルベロスも、思わず声を揃えてしまう。
「か、飼うですって!? アンタ! このバカをペットにするって言ってんの!?」
「はい。拙者が責任を持って、最後まで飼い殺しますwww」
「飼い殺しますって……。それを笑いながら言うとか、物騒すぎますよ……」
一番冷静だと思っていた人物による、まさかの不意打ち爆弾発言。
このワケが分からない状況に、二人は戸惑うしかできない。
「……ア、ア、アンタさ、今からアタシたちを武神街まで送るのよね? 仮によ? 仮に、そのバカをペットにするとしたら、一体どうするつもり? まさかとは思うけど、アタシたちと一緒に連れていく、なんてことは……もちろん、言わないわよね?」
ケルベロスは冷静に、牽制するような強い口調で佐助へと問いかけた。
もちろん、その答えは……。
「連れて行きます」
即答だった。
「拙者が飼いたいという理由以外にも、このクマは熊坂長範の一員で犯罪に手を染めていたという罪があります。それをこのまま見逃すワケにもいきませんwww」
「……だから、クマさんを佐助さんの元に置き、飼い殺しという名の監視をすると?」
「桃花さん! なんと理解が早い!」
嬉しそうに頷く佐助。
もはや、ツボに入ったクマを、ただペットとして飼いたいだけにしか聞こえなかった。
「正気とは思えないわ……。そもそも罪って言うんならさ、そのバカを警察に突き出せば済む話じゃないのよ」
「ダメです。そんなことをしたら即刻駆除されます。もしそうなったら、このクマを飼えなくなるではありませんか」
微塵も譲る気はない。
一歩も引かない佐助の意思は、想像以上に固かった。
「……佐助さんが、クマさんを飼いたいのであれば、私は反対しません」
「はぁ!? 何言ってんの桃花ちゃん!」
桃花の発言に、思わずケルベロスが目を丸くして叫ぶ。
「だって、飼う飼わないは佐助さんの自由でしょ? それを私たちが、あーだこーだ言って口を出すことじゃないよ」
「それはそうかもしれないけどさ……。だってバカクマよ? コイツを飼って生活するなんて狂気の沙汰よ! アタシだったら耐えられない! 即燃やしちゃうわ!」
「別にケルちゃんと生活するワケじゃないんだしさ。一緒にいるとは言っても一時的なものだよ。それに、佐助さんだったら大丈夫だよ。きっとクマさんを美味しく育ててくれるって」
最後の方に、さらっと物騒なことを言っている。
「ぐっ……! 桃花ちゃんがそう言うなら別にいいわ……! でもまぁ、その辺にそいつをほったらかしてるよりかは、幾分マシかもしれないからね」
桃花の謎説得により、渋々賛同したケルベロスではあるが、完全に納得したわけではない。
「桃花さん、ケルベロスさん。ご理解いただき、ありがとうございます。心より感謝申し上げます!」
佐助は本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、二人へ深々と頭を下げた。
だがここで、桃花は現実的な問題について尋ねる。
「でも、これからどうします? このまま連れていくとしても、流石に三メートル越えのクマさんを一緒に連れて歩くのは目立ちすぎるし、色々と無理があるのでは……」
「それについては、拙者に考えがあります……。ここで、ケルベロスさんに折り入ってご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
「アタシに?」
「はい。これはおそらく、ケルベロスさんにしか出来ないことだと思われますので」
佐助のその言葉を聞いた瞬間、桃花とケルベロスは顔を見合わせる。
これから佐助が口にするであろう「解決策」について、二人は全く同じ予想をしていた。




