第120話 今朝はDon't Stop
「ケケケ! これは夢だっぺ! こんな最悪な不運が、こう何度も続くはずがねぇっちゃ! そう考えてみると、なんだかまだ夢の中にいる気がするばい!」
「……コイツ、本気で夢だと思ってんの? なんてバカなの……。なんかもう、逆に凄いんだけど」
あまりにも突き抜けた寝ぼけっぷりに、ケルベロスは呆れを通り越し、もはや尊敬にも似た感情すら抱いてしまっていた。
常識では測れない。
ここまでくると、もはや一種の才能である。
「www」
一方、その隣で佐助は相変わらず、このクマの振る舞いに大ウケしている。
目尻には涙まで浮かび、笑いが止まる気配はない。
「佐助さんって、こういうのが面白いと思うんですね。なんか意外でした」
「アタシにはコイツのどこが面白いのか全くわかんないわよ……。アンタ、ちょっと変わってるわ」
「そうでしょうかwww? こんな面白い生物、他にいませんよwww」
再び笑いが込み上げ、肩を震わせる佐助。
ドツボにハマるとは、まさにこのことなのだろう。
普段は冷静沈着な忍びの彼女が、完全にキャラ崩壊を起こしている。
そんな彼女を横目に、桃花とケルベロスは再びクマへと向き直った。
クマの方も相変わらず、自分がまだ夢の中にいると思い込んでいる。
まだ夢の中にいる、という謎の無敵感から最大限調子に乗り、またとんでもなくアホなことを口走った。
「ヒャッホーウィッ! おい、そこのバカな犬っころ! ヘイ、カモンカモ〜ン!」
「ああ!?」
そう言って、クマはケルベロスをビシッと指を差し、その指をクイクイっと曲げ、まるでかかってこいと言わんばかりに挑発する。
「おめぇには昨日、散々やられたからな! やられたらやり返す、倍返しだっちゃ! 夢の中では、オラがバリバリ最強No.1だっぺ! かかってこいやーい!」
「はぁ!? 何だと! ふざけやがってこのバカクマが! 上等よ! このアタシに二度も喧嘩を売ったことを地獄で後悔させてやるわぁぁ!」
あまりにも舐め腐ったクマの挑発に、ケルベロスの堪忍袋の緒が切れた。
先程の秀吉に続き、今度はクマ。
今日は朝からキレまくりの連続である。
その鬱憤を全てぶつけるかのように、足元から黒い炎が激しく噴き上がった。
轟々と燃え盛る黒炎が全身を包み込み、黒柴へと変身していた姿を解いていく。
やがて姿を現したのは、本来の姿である『地獄の番犬』。
圧倒的な威圧感と三つ首を放つ、巨大な魔獣だった。
その姿を再び目の当たりにしたクマは、あまりの迫力に一瞬ビクッと後ずさりする。
「オ、オラの夢の中でも禍々しさ満点だっちゃな! だがしかーし! おめぇがオラに勝つことなど万が一にもねーんだよなぁ! 残念でしたっぺー!」
「やってみなさいよ! バカクマが! これが現実だってことを思い知らせてあげるわ!」
巨大な牙を剥き、ケルベロスが一歩踏み出す。
しかし、その迫力を前にしてもクマは余裕綽々。
するとここで、今までずっと涙を流して笑っていた佐助が、ケルベロスの本来の姿を見た瞬間、スッと表情を変えた。
「……これがあの『地獄の番犬』の真の姿ですか。実際、この目で見るのは初めてです」
「いや、佐助さん。目の前の出来事に対して冷静すぎませんか? ケルちゃんがいきなり大きくなって、首が三つに増えたんですよ? 普通もっと驚きません?」
さっきまで腹を抱えて爆笑していたとは思えない程の、佐助のキリッとした真面目な忍びの顔。
そのあまりの温度差に、桃花は引き攣った表情で驚かされてしまう。
そんな外野の二人を気にする様子もなく、ケルベロスとクマの熱は更に上昇していく。
「はは〜んっぺ! ただ首が三つになってデカくなっただけの犬なんて余裕だべ! ダンスしながらでも倒せっちまうばい! ほれ見るっちゃ!この 『M・J』顔負けの完璧な『月面歩き』をよ! アーオッ!」
そう言うと、そのデカい図体を小刻みに動かし、あの『M・J』の見様見真似ダンスを始めた。
だが実際、そのダンスにキレなど微塵もない。
鈍重な身体が、ただ無駄にドタバタとやかましく動き回っているようにしか見えなかった。
しかし、当のクマだけは完璧に踊れているつもりのようである。
その姿を見たケルベロスの怒りは、更に一段階上のギアへと入っていく。
「何が『M・J』顔負けの踊りよ。ただの盆踊りじゃないの。というか、月面歩きって『ムーンフォーク』のことでしょ。全然! 何一つ出来てないわよ! ただそのまま後歩きしてるだけじゃない! バカ下手くそにも程があるわ! しかも、“完璧に踊れてるだろ?” って顔してるのが余計にムカつく!」
容赦のない酷評が次々と飛び出す。
そんなのは全くお構いなしと言わんばかりに、クマは得意げな顔を崩さず踊っている。
「あっはwww」
そんなポンコツダンスを見て、再び笑いのツボに入り出す佐助。
踊るクマ。
怒るケルベロス。
笑う佐助。
どうしていいのか分からず立ち尽くす桃花。
あまりの下手くそなダンスに痺れを切らしたケルベロスは、地面をドンッ!!と力強く踏み抜く。
その衝撃で地面が揺れる。
「もういいわ! これ以上は見てられない! 一撃で一瞬で仕留めてあげるわ! くたばりなさい!」
「ちょっと待ってケルちゃん! 手加減はしてあげてね! 優しく軽く弱くだよ!」
尋常ではない怒気を感じ取った桃花が、慌てて声を上げる。
「……チッ! 分かったわよ。優しく弱く軽く……ね」
「そうそう! やっちゃダメとは言わないからさ! 優しく弱く軽くね! ケルちゃんが本気出したら、クマさん本当に死んじゃうよ!」
優しく宥められ、渋々怒りを抑え込もうとする。
だがその目の前では、そんな空気など一切読まずに、クマは今も見苦しい踊りを続けていた。
「ヒーヒーフゥー!! ポォッ! ……バカ犬ダッサw」
「!!!!!」
この一言が引き金となってしまう。
ケルベロスの中で、何かが一瞬で弾け飛ぶ。
怒りの限界突破——
桃花の「優しく弱く軽く」という言葉も綺麗さっぱり頭から消え去った。
一瞬にして我を忘れたケルベロスは、超強力な渾身の一撃をクマへとお見舞いする。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
大きな前足が唸りを上げる。
桃花が頼んだ「優しく弱く軽く」とは真逆。
正真正銘「激しく強く重く」の最大出力そのものであった。
ズッドゴォォォォォ!!!!!
まるで隕石でも衝突したかのような、凄まじい音を叩き出した。
次の瞬間、クマの超重量級の体がゴムボールのような勢いで飛んでいく。
「ポォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーッオォォェッ!!!!!?」
全く悲鳴とは思えないやかましい大声。
バキッ!
ボキッ!
ゴリッ!
ズンッ!
まるで大砲から撃ち出された弾丸のような速度で、進路上にあった大木を何十本も無惨にへし折りながら、森の奥深くへと一直線に吹き飛んでいった。
クマの姿は、そのまま木々の向こうへ消えていく。
静まり返っていた森に、なぎ倒された木々が崩れ落ちる轟音と、鳥たちが一斉に飛び立つ羽音だけが、虚しく響き渡っていた……。




