第119話 黒夢顎 - クロユメアギト -
クマのことが心配だと言う桃花に付き合い、ケルベロスと佐助は、クマがいる森の奥深くまで足を踏み入れていた。
そして獣道を抜けた先の広場で、三人がようやく見つけたものとは……。
「……zz……z……何で、おめぇはオラの肉を使った熊鍋を食わせるんだっちゃよ……。バチクソ美味いじゃねぇか……zzz」
地面で大の字に寝そべりながら、意味不明な寝言を呟くクマの姿だった。
その光景を前に、三人は揃って立ち尽くす。
「……」
「……」
「……」
森には鳥のさえずりだけが響き、何とも言えない沈黙が流れる。
その静寂を最初に破ったのは、もちろんこの魔獣だった。
「……コイツ、自分の肉を使った熊鍋を、自分で食べてる夢見てるとか意味わかんないんだけど、バカじゃないの? 頭狂ってるんじゃないの?」
「しかも、自分で美味しいとか言ってるし……。夢の中でも、味って分かるのかな?」
呑気に寝ているクマを見て、ケルベロスと桃花は心の底から呆れ果てる。
そんな冷ややかな視線を浴びていることなど露知らず、当のクマは幸せそうな顔で眠り続けている。
「……これが、お二人の言っていたクマですか? 近くで見ると、思っていたよりも体が大きいですね」
佐助は率直な感想を口にしたが、その表情に驚きはない。
「体重500kgを余裕で超えてますからね。なんか、こうして見てると『カビゴン』に見えてきません?」
「?」
「……」
突如飛び出した桃花の例えに対し、佐助は何の話だろう? といった感じで首を傾げる。
一方のケルベロスは「またかよ……」とでも言いたげな表情。
桃花は二人の反応など全く気にすることなく、嬉々として話を続けていく。
「もし、この場に『モンスターボール』があったら一発でゲットできますよ。だって隙だらけだもん」
「いやいや、コイツはポケモンじゃないわよって。仮にコイツを捕まえてバトルに出してみなさいよ。速攻フルボッコにされてボロ負け確定よ? モンスターボールを無駄にするだけだわ」
「あー確かに、クマさん弱いもんね〜」
寝ていることをいいことに、好き放題言われるクマ。
そんな二人が話している間、佐助は静かにスマホを取り出して何やら検索していた。
そして数秒後。
「……なるほど、これが『カビゴン』ですか……」
スマホの画面とクマを交互に見比べる。
「桃花さんの言う通り、確かに特徴が似ているように思います。体格、大きさ、仰向け、お腹が出ていて寝ている……というところなども一致していますね」
大真面目な分析だった。
その言葉を聞いた桃花は、ぱっと表情を輝かせる。
「そうですよね! 似てますよね! そっくりですよね! ね!」
「はい。毛の色を青と白で染め上げれば、より近づく見た目になることでしょう」
「ですよねー!」
思いの外、この話で盛り上がる二人。
このまま本当に、クマを『カビゴン』へ改造し始めてもおかしくない勢いだった。
それにも関わらず、全く起きる気配がなく、呑気に寝続けているクマを見たケルベロスは、深い溜め息を漏らす。
「はぁ〜あ……。それにしても、アタシたちが目の前でこんなにも賑やかに話をしているというのに、コイツといったら全く起きる気配がないわね。バカみたいに冬眠してるんじゃないの?」
すると……。
「……z、ZZ、ZZZ……! ングガッ……ゴッ、ンガッハハーン……!」
今度は豪快で見苦しい、いびきまでかき始めた。
「イビキまでかき始めたわよコイツ! メチャクチャ腹立つ顔しやがってこの野郎! オラァ起きろぉぉぉ!」
無防備に、そして気持ち良さそうに寝ているクマの顔を見て、なぜかケルベロスの怒りスイッチが入った。
ブチギレた彼女の背後には、どす黒い炎がメラメラと立ち上がっている。
今にもクマを丸焼きの消し炭にしてしまう勢いだ。
「ちょちょちょ! 待って待ってケルちゃーん! ダメダメー! クマさんを燃やしたら、わざわざここまで来た意味がなくなるよぉ!」
桃花は慌てて両手を広げ、必死に止めへ入る。
しかし、その横では。
クマを見つめていた佐助が、肩を震わせ始めていた。
どうも様子がおかしい。
「www。桃花さん、ケルベロスさん……。な、なんですか? この面白い生き物はwww 超ウケるんですけどもwww」
口元と腹を押さえながら、必死に笑いを堪えている。
体はプルプルと震え、今にも吹き出しそうだった。
笑いのツボにハマったみたいである。
「あ、あれれ? 佐助さん? どうしたんですか? なんかキャラ変わってません? なんで?」
激おこプンプン状態のケルベロス。
ツボって笑う佐助。
予測不能な両者の反応を見て、桃花は一人であたふたするしかなかった。
騒がしさはどんどん増していく。
これだけドタバタと騒がしい状況になっているにも関わらず、当のクマは一向に起きる気配がない。
その図太さが気に食わなかったのか、ますますケルベロスの怒りの火へ油を注ぐ。
「このバカクマが! 起きろぉぉぉ!」
「あっ! だからケルちゃんダメよんって! 何で起こそうとするの!?」
桃花の制止も聞かず、ケルベロスは一直線にクマへと駆け出した。
そして、無防備に丸出しになっているデカいクマの腹へと飛びつき、ガブッ!! っと思い切り噛みついた。
「……ZZZ……ぐへへ、そんなにオラが……好きなんか……zz?」
起きなかった。
腹の肉を引きちぎらんばかりに噛まれているにもかかわらず、起きない。
「ケルちゃーーん!!」
桃花は慌ててケルベロスをクマの腹から無理やり引き剥がした。
「何やってんの! クマさんのお腹から血が出てるって! やり過ぎだよ!」
クマの腹には、くっきりと鋭い歯型が刻まれていた。
そこからは、まぁまぁな量の血がタラ〜リと流れ出ている。
「何でコイツ起きないワケ!? こんだけ噛みついたら普通は起きるじゃん!? マジで冬眠してんの!? もしかして死んだ!?」
桃花に抱えられたケルベロスは、信じられないものを見る目でクマを見下ろしている。
「www」
その横では、未だに佐助がクマの顔を見て一人でマジウケし続けていた。
「ねぇ佐助さん! 一体今のどこに笑う要素が!?」
クールビューティーな忍びという第一印象を持っていた桃花は、佐助の意外すぎる姿に戸惑いの色を隠せない。
怒り狂うケルベロス。
腹を抱えて笑い震える佐助w。
狼狽える桃花。
腹から血を流しながら眠り続けるクマ。
まるで全員が、それぞれ決められた役割を演じているかのような、不思議な構図だった。
だが流石のクマも、ここまで騒がれれば寝続けることもできなかったらしい。
「……んあ……? な、なんだぁ? なんか、やかましいっちゃな……誰だっぺよ」
クマの目覚めに、いち早く桃花が気づく。
「あ! クマさんが起きた!」
眠そうな顔で目を擦りながら、ゆっくりと上体を起こす。
まだ視界がぼやけているのか、目を細めたまま、ボーっと三人を見つめている。
「……」
三人も黙って見返す。
「……」
「……」
「www」
ただ一人、佐助だけは笑いを堪えたままだったが……。
やがてクマの焦点が合い、脳内で徐々に現状の処理が追いついてきたようだ。
すると……。
その寝ぼけた顔が、見る見るうちに純度100%の恐怖の顔へと変貌していく。
昨日、自分を散々ボコボコに懲らしめてきた、あの恐ろしい女(桃花)と犬がいる。
その二人が、なぜかまた目の前にいる。
しかも、知らない女まで増えている。
嫌な予感しかしなかった。
また何かされる。
そんな恐怖が全身を駆け巡る。
「なななぁぁぁぁっ!!? なんでぇぇぇ!!? おめぇらがこんなところにいるんだっちゃべよぉぉぅ!! 何しにきやがった!! オラに一体何の用だっべ!!」
パニックに陥り、後ずさりしながら叫ぶクマ。
同時に恐ろしい昨日の記憶がフラッシュバックしている。
だが——
次の瞬間、クマのパニックがピタリと止まり、どういうわけか急に冷静さを取り戻した。
恐怖に染まっていた表情にも、謎の「余裕」すら生まれ始めている。
そして、クマはポンッと手を叩き、晴々とした顔で言い放つ。
「…………おぅあああっ! 分かったっぺ! これ、“夢” だな!」
「はぁ!?」
あまりにもポジティブなクマの現実逃避。
それを聞いたケルベロスの呆れ果てた声が、静かな森の中へと空しく響き渡った。




