第114話 超人類
「お前ならよ。あの雪山越えも出来るし、武神街での立ち振る舞いも心得てるだろ? 俺と一緒に何度も行ってるしな!」
「……確かに、何度も往復はしてはいるが……それにしても急だな」
「やっぱし二人が心配でよ。かなり危険が危ないところだから、知ってるヤツと同行した方が、俺としては安心じゃん?」
「……それはそうかもしれんが」
「もし! お前が無理だってんなら俺が行くぜ! 最近体の方も鈍ってるし、定期的に血が騒ぐというかよ! もっと暴れたいというか! あ、そうだ! 何なら今回の武闘大会でも出てみっか! それいいんじゃね?」
「ノブはダメだ! また厄介なことに首を突っ込むだろうが! 絶対ダメ!」
「おい! そんなことねぇだろうがよ! 失礼なヤツだな! 人をトラブルメーカーみたいに言いやがって!」
「全く以ってその通りだろう」
佐助は信繁の言葉を全く信じていない。
彼は過去に何度もやらかし、その度に佐助を困らせていたことがわかる発言。
だが当の本人は、あまり困らせた自覚がないらしい。
「……はぁ、まぁいい。それよりも佐助、お前は少しこの村から離れた方がいい」
信繁は急に声を潜め、佐助にそのように告げた。
「離れる? なぜだ?」
「……前々から思ってたけどよ。お前……近いうちに秀吉さんを暗殺するつもりだろ。事故に見せかけた完全犯罪を企てて、夜な夜な準備してんじゃねぇのか? 何なら実行日も設定してるとか」
「………………」
「否定しろっつーの。 もしかして、俺が言ったこと当たってんのか?」
全く否定しない佐助。
整った顔は氷のように無表情であり、微動だにしない。
沈黙こそが、最も雄弁な「肯定」のようだ。
その姿が逆に恐ろしい。
「……だからよ。今回は出張という形にしといてやるから、少し外に出て頭冷やしてこい。お前に秀吉さんを殺させるワケにはいかねぇよ。異論は認めん」
「随分と強引だな……。まぁ、それは今に始まった事ではないんだが」
佐助は呆れたように小さくため息をつく。
「俺は桃花ちゃんもケルちゃんも心配だし、佐助と秀吉さんも心配なんだよ! こういう形にする方が、今は一番いい! そう俺が判断した! 間違いない!」
「……なるほどな。些か急なことではあるが、ノブがそこまで言うのなら、今回はそれに従おう」
信繁の心配と不安から出た提案に、佐助は渋々ながら了承した。
「そういうわけだ。急で悪いが、今から旅支度してきてくれ。すぐに出られるように、準備だけは済ませてあるだろ?」
「ああ。だが、拙者の通常業務はどうする? 業務内容についてはマニュアルを作成してあるから、そこまで困ることはないだろうが……」
「それは才蔵にやらせる」
——っ!!?
信繁の発言を聞いていたのだろう。
隠れていた才蔵が、思い切り動揺した気配が伝わってきた。
宿の屋根の辺りから、「ガタガタッ!」という、瓦がズレるような物音が響いた。
どうやら隠れて話を聞いていたらしい。
この急転直下の展開による巻き添えを、彼は全く予想していなかったのだろうか。
屋根のどこかに潜みながら、激しく狼狽しているようだ。
急な無茶振りをされてしまった才蔵だが、それでも決して姿を現さない。
抗議の声も出さない。
忍びとしての矜持なのか。
与えられた任務に、忍びらしく耐え忍んでいるようである。
そんな才蔵の動揺を肌で感じたのか、信繁はフォローを入れる。
「大丈夫だ。そこは俺も手分けしてやる。それに、何か分からんことがあったら、すぐ佐助に連絡する。だから、いつでも連絡つくようにはしとけよ?」
「ああ。承知した」
佐助は静かに頷く。
そのやり取りを傍で聞いていた桃花とケルベロスは、完全に置いてけぼり。
二人揃ってポカンと口を開けている。
そして桃花が、状況の確認をするように恐る恐る前に出る。
「あ、あの……信繁おじちゃん? 佐助さんが……わざわざ、私たちを武神街まで送ってくれるってこと?」
「おうよ! 今まで佐助は何度も雪山を越えて武神街まで行ってるからな! 山での動き方や武神街までの道筋も知ってる。知ってる奴がいれば二人も安心だろ? 俺も安心! 佐助のことも安心! そんで秀吉さんの命も安心だ!」
最後の一言には、誰も反論できなかった。
この目まぐるしい展開に、流石のケルベロスも驚きを隠せない。
「……また、すんごいことになってきたわね。どうやら雪山も武神街も、アタシが思ってるよりも、かなり危険ってことなのね」
すると佐助が二人の前へ進み出て、丁寧に頭を下げる。
「急ではございますが、この猿飛佐助、真田信繁の命により、武神街まで同行させていただきたく存じます。よろしいでしょうか?」
信繁の指示とはいえ、本人の意思として改めて確認しているのだろう。
その物腰は、とても柔らかい。
「モチロンよん♡ ってことは、アタシたちを武神街まで送ったら、レディとはそこでお別れってことになるのよね?」
「はい。そこまでお供させていただきます。短い間ではありますが、よろしくお願い申し上げます」
「ヨロシクネ〜♪ 旅が賑やかになるわ〜♡」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします! 助かります!」
この心強い同行者が加わるという展開に、ケルベロスは嬉しそうに尻尾を振っている。
桃花も慌てて、佐助に向かって深々と頭を下げた。
不安で押し潰されそうだった彼女の胸の中に、安堵の光が差し込んでくる。
それを見た信繁も、ようやく安心したように笑みを浮かべる。
「……では、拙者は今から身支度を済ませて参ります。少々お待ちください」
そう言って佐助が一歩引いた……次の瞬間——
シュバッ!
忍びらしく、まるで瞬間移動の如く霞のように消え去った。
「消えた!?」
それを見た桃花は思わず叫び散らしてしまう。
以前にも、イケメン悪魔による瞬間移動を目の当たりにしていた桃花。
だが今回は人間の、しかも忍びによる早業を目の前で見せつけられてしまい、ここでも同じように驚愕の声を上げていた。
まだまだ、この村には常識外れの人物が隠れている……。
そう思わずにはいられなかった。




