第111話 ルパンダイブ
信繁の「アウト」という呟き。
それを聞いた全員の視線が、ケルベロスのスマホ画面へと一斉に集まった。
「ケルちゃん悪いな。関係ない写真まで送っちまったみたいだ。それ前に秀吉さんが総大将やってた頃、俺らの仲間と一緒に撮った『ナイチンゲール』が写ってるやつだよ」
そう言って信繁は、誤って関係のない「ヤバい」写真まで送ってしまったことをケルベロスへと謝った。
しかし、当のケルベロスはというと、なぜか興味津々といった様子でスマホの画面を見つめ、口元をニヤニヤと緩めている。
「でもこれ、かなり面白い写真よ♡ なんというか、凄くイイわ♪」
その意味深な反応に、桃花が首を傾げながら身を乗り出した。
「ねぇ、ケルちゃん。それってどんな写真? 私にも見せて」
「あ、私も見たいです! ナイチンゲールさん見たいです〜」
「ぼ、僕も気になります……」
フィオンと六郎も興味を引かれたように近づいてくる。
ケルベロスは特に隠す様子もなく、三人へ画面を向けた。
映し出された一枚の写真。
そこには、和気藹々とした雰囲気の中でカメラに微笑む一人の女性の姿があった。
「あ! この人がナイチンゲールさんですね!?」
「この真ん中にいる女の人ですか?」
写真を見たフィオンと六郎が、すぐさま反応する。
「……やっぱりエルフだね。予想通り、超絶美人さんじゃん。マジで年取らんのね」
桃花はその見た目に納得し、感嘆の息を漏らす。
やはり予想していた通りの美貌だったらしい。
そこに写っていたのは、カメラに向かって微笑む美しい女性の姿。
容姿は二十代から三十代ほど。
白い看護服と修道服を合わせたような清楚な衣装に身を包み、透き通るような白い肌と、眩しい笑顔を浮かべている。
長く美しい銀色の髪をポニーテールでスッキリと結んでおり、大人の女性らしい洗練された魅力と、エルフ特有の神秘的な美しさを兼ね備えていた。
「私、初めて見ました! ああ、早くお会いして色んなお話を聞いてみたいです!」
フィオンは両手を胸の前で組み、ウットリとした表情でその美貌に見入っていた。
伝説の人物の優しげな微笑みに、心からの憧れを抱いているのが手に取るようにわかる。
だが——
「……」
「……」
「……」
その数秒後。
三人は同時に言葉を失った。
先程の写真撮影で起きた「心霊現象じみた衝撃」とは、まったく別方向の衝撃。
ウットリとしていた熱気は一瞬にして冷え込み、場に異様な沈黙が落ちる。
視線が、自然とナイチンゲールの「すぐ後ろ」へと吸い寄せられていく。
カメラに笑顔を向ける彼女の背後。
そこには、空中に勢いよく飛び出している「とある人物」の姿が、鮮明にブレることなく写り込んでいた。
その人物が誰なのか。
なんとなく予想がつく。
そして、その予想は間違っていなかった。
凍りついた空気の中、ケルベロスがゆっくりと口を開く。
「……ねぇ、ダンディ。ナイチンゲールの後ろで勢いよく飛んでるヤツ、もしかして……『ヒデヨシ』?」
「ああ……良くわかったな。その人が、この村の村長『秀吉』さんだよ。な? 凄い人だろ?」
苦笑いを浮かべる信繁。
その返答を聞き、一同は改めて写真を凝視した。
女性陣である桃花とフィオンは、瞬く間に顔を真っ赤にして視線を逸らしたり、バッと両手で顔を覆って背けてしまった。
あまりにも異常な写真に、あのケルベロスですら、流石に顔を引き攣らせている。
「この写真さ。ナイチンゲールを、秀吉が後ろから襲おうとしてる瞬間よね?」
「……ああ。決定的瞬間とは、まさにこれのことを言うよな。タイミングがいいんだか悪いんだか……」
「というかコイツ! 素っ裸のスッポンポンじゃないのっ!」
ケルベロスのツッコミが炸裂。
その写真に写っていたのは、カメラへ向かって優しく微笑むナイチンゲール。
そして、すぐ背後。
その秀吉が彼女に向かって、斜め後方から飛びかかるように跳躍し、「突撃」している瞬間であった。
しかも「全裸」で。
衣服という概念そのものを置き去りにしたかのような、見事なまでのスッポンポンである。
「凄いよな。写真でもわかる通り、一瞬で服を脱ぎ捨ててるんだぜ? マジで意味わかんねぇだろ? 魔法でも使ったのかって疑うよな……」
写真の端には、脱ぎ捨てられた衣服が、空中に舞っている様までが克明に記録されていた。
「しかもこれ、あの有名な『ルパンダイブ』ってやつじゃないの!?」
「ああ。そうとしか思えねぇ動きだよな。しかも、あの一瞬で一体どうやって服を脱ぎ捨ててんだか……。もはや神業だよ。俺は未だに魔法じゃねぇかって思ってるよ」
「あえて名付けるとしたら、『ヒデヨシダイブ』ね」
「名付けんなって……。この写真撮っちまった直後、マジで大変だったんだからな。戦場よりも修羅場だったわ……」
当時の地獄絵図を思い出したのか、信繁の目から徐々に感情というものが消えていく。
呆れを通り越し、もはや悟りの境地に到達したような顔だった。
話を聞く限りでも、先程の佐助やフィオンの反応を見る限りでも……。
とにかく秀吉という人物は、とにかく破天荒で規格外。
常識をどこかの次元へと捨ててきたぶっ飛んだ男のようである。
そんなカオスな余韻が場を支配していた。
まさにその時だった。
背後の通りから、先ほど信繁が語った「修羅場」を、今まさに再現してしまうような、「とある人物」の甲高くねっとりとした「声」が突如として響き渡ってきたのだ。
「…………んん〜んっ! いったいた〜! フィ〜オ〜ンちゅあ〜ん! おっは〜! 今日も会いにきたよ〜ん! 結婚しよ〜!」
その瞬間。
フィオンの身体がビクリと震える。
顔色は一瞬で青ざめた。
次の瞬間、悲鳴にも近い声を上げる。
「…………っひぃぃぃ!? ひ、秀吉さん!!?」
つい先程まで、憧れの人物の写真に目を輝かせていた美少女はどこへやら。
フィオンの悲鳴が、「今日も」この十文字村へと響き渡っていった。
そして——
この瞬間から、この日の「第三騒動」が始まる。




