第108話 予告「第三騒動」
桃花と信繁による「一騎打ち」の勝負。
結果として、判定人である佐助の裁定により、信繁の勝利という形で幕を閉じた。
戦いの余韻が、周囲の空気に張り詰めているものの、見上げれば雲一つない青空が広がっている。
朝の爽やかな日光がさんさんと降り注ぎ、周囲の木々や建物を優しく照らし出していた。
人々が穏やかに、一日の活動を始めている時間帯だった。
すると、先程の爆発音と衝撃波による騒ぎを受け、村の住人たちが次々と姿を見せ始めた。
「……うるせえな、さっきの音なんだ?」
「また信繁のヤツだろ!」
「あの野郎……! 三日前に、“もう騒がない” って言ったばっかりだろうがよ!」
ざわざわ……。
遠巻きに見え隠れする村人たちの顔。
そこには、ある種の諦めにも似た呆れの色が混じっている。
その不穏な様子に気づいたのは、騒動の元凶である信繁と佐助。
「ヤッベ! アイツらに気づかれちまったか!?」
「……勝負の影響で住人たちが騒ぎ始めたな。あれだけ暴れれば嫌でも気づく」
信繁はバツの悪そうな顔で、大きい体をすくめながら周囲を見渡す。
ここで佐助が冷静に現状を分析するが、その口調には微かな疲労感が滲んでいる。
「おいおいおい! また俺、怒られっちまうぞ! どうしよ!?」
「仕方ないだろ。潔く謝るしかあるまい?」
心底嫌そうな顔をして愚痴る信繁に、佐助は小さくため息をついた。
二人がそんな、日常茶飯事とも言えるやり取りを交わしている最中。
ざわめく人の中から、一人の男が信繁の元へゆっくりと歩み寄ってきた。
その表情は、完全に怒っているというより「またお前か」と呆れ返っている様子。
その男は腰に手を当て、容赦なく苦情をぶつけてくる。
「……おいおいノブさんよ。またやりやがったな? いい加減にしてくれっての!」
「悪い! ラジオ体操みたいな勝負をしてただけなんだわ! ゴメンゴメンゴ!」
「はぁ? なんだその勝負……」
強い口調を受けた信繁は、両手を合わせて「ごめんね」ポーズで平謝りをする。
村人の男の「またやりやがったな?」という発言を聞く限り、今回のような騒ぎは初めてではないようだ。
信繁は普段から、村のあちこちで色々と派手に暴れては、何かとやらかし続けているであろう前科がビンビンに伝わってくる。
その男は大きくため息をつき、頭を振った。
「……まぁ、いいんだけどよ。アンタらには日頃から、賊や鬼どもから守ってもらってるし、温泉にも入らせてもらってるからな。これ以上強くは言えないが、やっぱりやかしいよ! かなりの被害が出たりするからよ!」
男は渋々といった様子でため息をつく。
自分たちの身を守ってもらっているという感謝の自覚はある。
だが、それとこれとは話が別だと言わんばかりに、言いたいことははっきりと言ってくる男。
ある意味では、気兼ねなく文句を言えるほど、信繁に対する親しみがある証拠なのかもしれないが……。
しかし、ただ言われっぱなしの信繁ではない。
すぐに男の肩を小突くように反論する。
「それはお互い様だろ? 昨日だってお前ら『ヒロコちゃん』と『マサミちゃん』と一緒に機関銃ぶっ放してただろうがよ。あれの方が百倍やかましいぜ。それにこの間、賊や鬼どもが来た時だって、俺らの出る幕なく、それで一方的に返り討ちしてたろ。ある意味、お前らの方が逞しいっつーの」
どうやらこの村は、単に守られているだけの弱い村ではないらしい。
むしろ、相当に賑やかで物騒なところのようである。
防衛手段としても、その機関銃と使い手たちが配備されており、住人たち自らそれを使って外敵に弾丸をぶち当てていくほど、精神的にも肉体的にも逞しいようだ。
信繁と村人の、どこかズレた次元の言い合いを横で聞いていた佐助。
この口論を止めるため、呆れつつも二人の間に割って入る。
「今回はノブだけでなく、拙者も当事者です。お騒がせしてしまい申し訳ありません」
佐助が丁寧かつ誠実に頭を下げる。
その姿を見た村人の男は、目を見開いて驚きの声を漏らした。
「え? そ、そうだったのかい。珍しいな。今回は猿飛さんも関わってたなんてよ」
「はい。以後気を付けますので、ここはどうか……」
佐助の静かな対応に、男はすっかり毒気を抜かれたように大人しくなる。
「ああ、わかったよ。あんたにそう言われちゃ仕方ない。また温泉入りに来るからよ。その時はよろしく頼むわ」
さっきまでの剣幕はどこへやら、佐助の誠実な言葉を聞いた村人は、あっさりと納得して引き下がっていった。
そのあまりにも鮮やかな態度の違いを見ていた信繁は、納得のいかない様子だ。
不満げな表情を隠そうともしない。
「なんで佐助だと、あっさり引き下がんだよ。俺ん時はめっちゃ文句言うくせに!」
「普段からノブは暴れ過ぎだからだよ。もう少し自重するんだな」
「チッ、へいへーい」
「……期待は、全くしてないがね」
信繁は子供のように口を尖らせ、全く反省の色が見えない気の抜けた生返事をする。
すると、それまでこの様子をずっと窺っていた桃花。
彼女は実に気まずそうな表情を浮かべ、トボトボと二人へと歩み寄る。
「ごめんなさい。私があんな技使ったから、お二人にご迷惑を……」
申し訳なさそうに、消え入るような声で謝る桃花。
自分のせいで周囲に迷惑をかけてしまったという罪悪感で、その肩が小さく縮こまっている。
だが、そんな彼女の沈んだ心を救い上げるように、信繁と佐助の二人は、まるで妹を慰めるかのように優しく声をかけた。
「桃花ちゃんは何も悪くねぇって! そもそも、俺らが勝負すっぞって言い出したことだからな!」
信繁が豪快に笑いながら、彼女の肩をポンと叩く。
「ノブの言う通りです。桃花さんが気に病むことではありません。お気を遣わせてしまいましたね。配慮が足りませんでした」
佐助もまた、温かい眼差しを彼女に向け、包み込むようにフォローを入れた。
「あ、いや、そんな……」
二人の想定外の優しさに触れ、桃花は驚きつつも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
事の顛末を特等席で静観していたケルベロスは、実に満足そうな表情で艶然と笑っている。
「ウフ♡ 朝からとっても楽しい時間が過ごせたわ〜♪ 観戦ってのもイイものね♡」
その横にいるフィオンや六郎も、非日常的な光景の連続に最初は驚き呆然としていたのだが、今は二人とも胸を高鳴らせ、深く満足しているように見える。
フィオンが興奮冷めやらぬ様子で両手を握りしめ、目を輝かせる。
「私も、朝から凄い戦いを見て、一気に目が覚めました! お二人ともカッコ良かったです!」
「僕……今回の勝負を見て、魂が震えましたよ! 僕もあれくらい動けるようになりたいと、本能的に思ってしまいましたもん!」
六郎に至っては、特に受けた刺激が強すぎたようだ。
憧れの熱い眼差しで、桃花と信繁を食い入るように見つめている。
普段は一歩引いている彼も、根は一人の熱い「男」だったということなのだろう。
少年漫画の主人公のように目をキラキラと輝かせている六郎を見て、信繁は自分のことのように嬉しそうな、いたずらっぽい表情を浮かべた。
「六郎も男だっつうことだな! これから俺が、フィオンちゃんに “だけ”! モテモテになるくらいのイイ男にしてやるからなー!」
「……は!? ノブさんっ!? なんで知って……!?」
突然、全校生徒の前で秘密を暴露されたかのように、六郎は奇声を上げて飛び上がった。
わざとなのか。
それとも本当に何も考えていないのか。
信繁は、想い人である本人が目の前にいるという状況を完全に無視し、堂々と六郎の恋心を豪快にぶちまけた。
一瞬にして、場の空気が甘酸っぱく、そして限界まで不穏な色へと変化する。
「……ん? 六郎さんが、どうかしたんですか? 私のことを?」
当のフィオンはというと、信繁の言葉の意図を全く読み取れておらず、きょとんとした顔で首を傾げている。
純真無垢な天然ぶりを遺憾なく発揮していた。
「あ! その、違っ……!」
顔を茹でダコのように真っ赤にし、あたふたとしながら言い訳を探している六郎。
「はぁ、全くノブは……。良くも悪くも空気を読まないんだから……」
その横で、佐助がこれ以上ないほど、深く重いため息を漏らしていた。
「ウフ〜ン♡ アタシは六郎ボーイのこと応援してるわよ〜ん♪ 頑張りなさいな♡」
ケルベロスは面白そうに笑いながら、熱を帯びた視線で六郎にウィンクを飛ばす。
六郎は顔を限界まで真っ赤に染め上げながら、必死に周囲を取り繕うように笑おうとしてはいるが、ぎこちない。
先程までは戦いによる緊張感が場を支配していたというのに、今や恋に関する甘酸っぱくも気まずい空気が漂っている。
桃花の番から、次は六郎へと回ってきたような光景であった。
急な勝負の後に、即座にクレームが入るというトラブルはあったものの、なんとかその場の平穏を取り戻した。
朝の陽光の下で和やかで楽しげな雰囲気が広がっている。
誰もが、今日の騒動はこれで終わりだと信じて疑わなかった。
——しかし。
彼らにとっての、本当の意味での未曾有の「大騒動」は、まさにここから始まろうとしていた。




