第99話「王城からの使者、無能王子は“奪われないための一歩”を踏み出す」
医務棟の空気が、静かに張り詰めていた。
「王城が……レオン様を?」
ミーアが低く呟く。
その声には、隠しきれない警戒が滲んでいた。
クラウスは扉横へ立ったまま、小さく頷く。
「ああ」
「正式な王宮使節団だ」
「王命文書を持ってきている」
アルベルトが顔を歪めた。
「クソが……」
「仕事だけは早ぇな」
エリシアも冷静な顔を保っているが、瞳は冷たい。
「おそらく、学園襲撃事件の主導権を奪いに来たのでしょう」
「主導権?」
リリアーナが聞き返す。
エリシアは静かに説明した。
「今回の件は、本来なら王城最大級の不祥事です」
「違法研究」
「地下施設」
「封鎖結界」
「赤眼」
「しかも王城内部と繋がっている可能性が高い」
一拍。
「ですから、王城側は“別の事件”として処理したい」
アルベルトが吐き捨てる。
「第一王子暴走事件、か」
「ええ」
エリシアが頷く。
「“危険な神霊契約者が暴走したため、王城が対応した”」
「そういう形へ持っていきたいのでしょう」
ルミアの顔が青ざめる。
「そんな……!」
「違うのに……!」
「分かっています」
エリシアは優しく返した。
「ですが、政治は事実より“形”を優先することがあります」
その言葉に、部屋の空気が重くなる。
アレンが静かに拳を握った。
「また……」
掠れた声。
「また、消されるのか」
レオンはその言葉に反応した。
静かに視線を向ける。
アレンは俯いていた。
「地下でもそうだった」
「失敗した人は消える」
「都合が悪い人も消える」
「だから……」
一拍。
「レオンも、消されるのかなって」
その言葉。
リリアーナの顔が歪む。
「そんなことさせません」
即答だった。
迷いがない。
「絶対に」
ルミアも頷く。
「うん……!」
「今度は、ちゃんと声出すから」
「隠れない」
「怖くても」
ユノも小さく言った。
「レオン、悪くない」
レオンはその三人を見る。
地下施設で、声を押し潰されていた子たち。
でも今は、自分の言葉で話している。
その姿を見ると。
ここで引くわけにはいかないと思った。
「……クラウス」
「何だ」
「使者は何人だ」
「護衛込みで十五」
アルベルトが鼻で笑う。
「完全に連行前提じゃねぇか」
「でしょうね」
クラウスも否定しない。
「おそらく王城側は、“拒否できない”と思っている」
東の塔の無能王子。
王城から捨てられた存在。
だから、逆らえない。
そう思っているのだろう。
だが。
レオンは小さく息を吐いた。
「勘違いしてるな」
その声に、全員が見る。
レオンは処置台からゆっくり降りようとした。
その瞬間。
「動かないでください!!」
リリアーナが即座に肩を押さえる。
「まだ安静です!!」
「使者が来てる」
「だからって動いていい理由になりません!!」
「話すだけだ」
「話すだけで済ませる気あります!?」
「……ある」
「今の間が怪しいです!」
アルベルトが吹き出す。
「完全に保護者じゃねぇか」
「もうお嫁さんですわね」
「ち、違います!!」
リリアーナが真っ赤になる。
だが、肩を押さえる力は緩めない。
レオンは少し困ったような顔をした。
「行かないと話が進まない」
「それなら!」
リリアーナが一歩前へ出る。
「わたしも行きます」
「俺もだ」
アルベルトが立ち上がる。
「つーか一人で行かせるわけねぇだろ」
「同意ですわ」
エリシアも静かに頷く。
「今回は学園側も全面的に関わっています」
「個人案件ではありません」
クラウスも腕を組む。
「王城騎士団としても、今回の件は黙認できん」
レオンは少し黙った。
昔なら。
一人で行っていた。
一人で抱えていた。
でも今は。
こんなにも自然に、“一緒に行く”と言う人間がいる。
それがまだ、少し不思議だった。
「……分かった」
レオンは小さく頷く。
「一人では行かない」
リリアーナが少し安心した顔をする。
「約束ですよ?」
「ああ」
「本当に?」
「本当だ」
「勝手に突っ込んだり」
「しない」
「無茶したり」
「……努力する」
「今ちょっと目逸らしましたよね!?」
レオンは何も言わなかった。
つまり図星だった。
アルベルトが腹を抱えて笑う。
「ははっ!!」
「お前ほんとリリアーナに弱ぇな!」
「弱くありませんわよね?」
エリシアが面白そうに聞く。
レオンは数秒考え。
「……たぶん」
「ほら!!」
リリアーナがまた赤くなる。
だが。
その空気のおかげで、少しだけ部屋が軽くなった。
その時。
医務棟の窓の外。
生徒たちの声が聞こえてきた。
「本当にレオン様が……」
「黒い雷、見た?」
「やばかったよな……」
「でも学園守ってくれたんだよな」
「王城が危険人物って言ってるらしいけど……」
「いや、あれなかったら俺ら死んでたろ」
ざわめき。
噂。
まだ混乱している。
だが。
少しずつ広がっている。
“無能王子”ではなく。
“学園を守った人”として。
レオンは窓の外を見た。
複雑な感覚だった。
昔は、視線なんて嫌いだった。
期待も、評価も、全部重かった。
でも今は。
少しだけ違う。
「……レオン様」
ミーアが静かに言う。
「どうしますか」
その問い。
東の塔時代なら。
“隠れる”を選んでいた。
だが。
今は違う。
レオンは静かに答えた。
「会う」
「王城の使者に」
リリアーナが少し緊張した顔になる。
「大丈夫ですか?」
「分からない」
レオンは正直に言った。
「でも逃げない」
一拍。
「逃げたら、また番号にされる」
ルミアたちが、静かに顔を上げる。
その言葉は。
彼女たちのためでもあった。
エリシアがゆっくり立ち上がる。
「では準備しましょう」
「王城側にも理解していただきませんと」
アルベルトがニヤリと笑う。
「ああ」
「今のレオンが、昔の“捨てられた王子”じゃねぇってな」
その時だった。
コンコン――。
再び扉がノックされる。
全員の空気が変わる。
クラウスが静かに前へ出た。
「……来たか」
扉の向こう。
聞こえたのは、冷たい男の声。
「王命執行使節団です」
「第一王子レオンハルト・フォン・アルディアへ、正式通達を行います」
空気が張り詰める。
リリアーナがレオンの横へ立った。
エリシアも。
アルベルトも。
クラウスも。
誰も離れない。
レオンはその空気を感じながら、静かに目を閉じる。
そして。
ゆっくり開いた。
「……入れ」
その声は、もう。
東の塔で俯いていた少年のものではなかった。




