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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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第100話「王命、そして拒絶――無能王子は“従わない意思”を初めて王城へ向ける」



 コンコン――。


 静かなノック音。


 だが。


 その場にいた全員が、空気の変化を感じていた。


「王命執行使節団です」


 扉の向こうから聞こえる声は冷たい。


 感情がない。


 まるで書類を読むみたいな声だった。


「第一王子レオンハルト・フォン・アルディアへ、正式通達を行います」


 リリアーナが小さく息を呑む。


 ルミアたちも緊張した顔になる。


 王城。


 その言葉だけで、まだ怖い。


 地下施設。


 赤眼。


 全部が繋がっている。


 だから。


 王命と言われても、もう簡単に信用できない。


 クラウスが静かに前へ出た。


「俺が開ける」


 レオンは小さく頷く。


 クラウスが扉へ手をかける。


 そして。


 ゆっくり開いた。


 そこにいたのは、白銀の礼装を纏った男だった。


 三十代後半ほど。


 黒髪を後ろへ流し、片眼鏡をかけている。


 整った顔立ち。


 だが、目は冷たい。


 その後ろには、王城騎士団の礼装騎士が並んでいた。


 完全武装ではない。


 だが。


 空気は完全に“圧力”だった。


 男は部屋を一瞥する。


 レオン。


 リリアーナ。


 エリシア。


 アルベルト。


 そしてクラウス。


 一瞬だけ、その目が揺れた。


「……第一騎士団副団長クラウス殿」


「何故こちらに?」


「学園防衛任務中だ」


 クラウスが冷たく返す。


「貴様らこそ、随分早かったな」


 男は感情を変えない。


「王命ですので」


 形式的な声。


 だが。


 どこか、人を見下した響きが混ざっていた。


 アルベルトが小さく舌打ちする。


「感じ悪ぃな」


 男の視線がアルベルトへ向く。


「第二王子殿下」


「こちらは正式な王命執行です」


「私語は控えていただきたい」


「は?」


 アルベルトの額に青筋が浮く。


 エリシアが小さく肩へ手を置いた。


「落ち着いてくださいまし」


「今は向こうのペースへ乗るべきではありません」


「……チッ」


 男は再びレオンを見る。


 その目だけが、少し鋭くなった。


「第一王子レオンハルト・フォン・アルディア」


「貴方へ王命を伝達します」


 レオンは静かに返す。


「言え」


 男は懐から巻物を取り出した。


 王家紋章付き。


 正式文書だ。


 空気がさらに重くなる。


 男は淡々と読み上げ始めた。


「第一王子レオンハルト・フォン・アルディアは、王立アルディア学園において極めて危険な神霊暴走を引き起こした疑いあり」


「その危険性および周辺被害確認のため、速やかに王城管理下へ移送するものとする」


 リリアーナの顔が歪む。


「暴走なんて……!」


 だが男は止まらない。


「なお、対象は高濃度神霊侵食反応を示しており、周囲への二次災害防止の観点から拘束権限を認可する」


「以上」


 沈黙。


 空気が凍る。


 そして。


 最初に動いたのは、アルベルトだった。


「……ふざけんな」


 低い声。


「全部見てただろうが」


「暴走したのは赤眼側だ」


「レオンが止めたんだろ」


 男は冷静に返す。


「その件については現在調査中です」


「現時点で王城は、“危険神霊反応の確認”のみ事実として認識しています」


「だから拘束?」


 エリシアが冷たく笑う。


「随分と都合の良い調査ですこと」


 男は視線を向ける。


「ローゼンベルク家ご令嬢」


「貴族として軽率な発言は控えていただきたい」


「軽率なのはそちらですわ」


 エリシアの笑みが消える。


「学園襲撃」


「封鎖結界」


「処理班」


「地下施設」


「その全てを無視して、レオン様だけ拘束?」


「本気で通ると思っていますの?」


 男は表情を変えない。


「王命です」


 その瞬間。


 レオンが小さく息を吐いた。


「……なるほど」


 全員が見る。


 レオンは処置台からゆっくり立ち上がった。


「レイさん!」


 リリアーナが慌てる。


「まだ動いたら……!」


「大丈夫だ」


「全然大丈夫じゃありません!」


 だが、レオンは静かに前へ出た。


 右腕には包帯。


 顔色も悪い。


 それでも。


 男は一瞬だけ警戒した。


 空気が違う。


 目の前にいるのは、東の塔で俯いていた王子ではない。


 男は冷静を装って言う。


「では、同行を――」


「断る」


 その一言で。


 空気が止まった。


 使節団側の騎士たちがざわつく。


「なっ……」


「王命拒否……!?」


 男の目が細くなる。


「今、何と?」


「断ると言った」


 レオンは静かに繰り返す。


「俺は行かない」


 男の声が低くなる。


「……王命拒否は、反逆行為に該当します」


「そうか」


「理解していますか?」


「してる」


 一拍。


「それでも断る」


 リリアーナの胸が熱くなる。


 エリシアも静かに目を細めた。


 アルベルトは笑う。


「いい顔するようになったな」


 男は明確に苛立ち始めていた。


「理由を聞きましょう」


「王命に従わない理由を」


 レオンは静かに答える。


「信用できない」


 男の表情が止まる。


「……何?」


「地下施設があった」


「赤眼がいた」


「王城と繋がってた」


「なのに」


 一歩。


「今さら“保護”とか言われても信用できない」


 その言葉。


 ルミアたちが小さく頷く。


 男は冷たい声で返す。


「証拠は?」


「ある」


 即答だった。


 全員が一瞬止まる。


 レオンは静かに言った。


「被害者がいる」


 ルミア。


 ユノ。


 アレン。


 三人の身体が僅かに震える。


 だが。


 逃げなかった。


 レオンが続ける。


「名前を奪われた人間がいる」


「地下施設で壊された人間がいる」


「それが証拠だ」


 男は数秒黙り。


 そして、冷たく言った。


「感情論ですね」


 その瞬間。


 空気が変わった。


 リリアーナの目が怒りで揺れる。


 エリシアの笑みが消える。


 アルベルトが前へ出かける。


 だが。


 レオンの方が先だった。


「感情論でいい」


 静かな声。


「お前らみたいに」


「人を番号で見るよりマシだ」


 男の目が細くなる。


「言葉を選んでください」


「選んでる」


「第一王子」


「今の貴方には拒否権が――」


「ある」


 レオンが遮る。


 一歩。


 静かに。


 でも。


 今までで一番、“王族”らしい圧を纏って。


「俺はもう」


 一拍。


「お前らに従うだけの人間じゃない」


 その瞬間。


 空気が震えた。


 使節団の騎士たちが息を呑む。


 リリアーナの胸が熱くなる。


 エリシアも目を細めた。


 クラウスは静かに口元を上げる。


 アルベルトが笑う。


「……最高かよ」


 男だけが、冷たい目でレオンを見ていた。


「……後悔しますよ」


「どうだろうな」


「王城を敵に回すことになります」


「最初から敵だった」


 沈黙。


 誰も言い返せない。


 東の塔。


 追放。


 地下施設。


 全部、王城側から始まっている。


 男はゆっくり巻物を閉じた。


「……分かりました」


「本件は王城へ持ち帰ります」


「ですが」


 一拍。


「次は、これで済むとは思わないことです」


 その言葉を残し、男は踵を返した。


 使節団も続く。


 扉が閉まる。


 静寂。


 そして。


 アルベルトが一気に笑い出した。


「ははっ!!」


「お前マジで言いやがった!!」


 リリアーナも、安心したように力を抜く。


「よかった……」


 エリシアが静かに言う。


「ええ」


「ですが、完全に戻れなくなりましたわね」


「……ああ」


 レオンも理解している。


 もう。


 王城へ従うだけの立場ではいられない。


 だが。


 不思議と後悔はなかった。


 ルミアが小さく呟く。


「……かっこよかった」


 ユノも頷く。


「うん」


 アレンが少し笑う。


「ちゃんと、“自分で選んでた”」


 その言葉。


 レオンは少しだけ目を細めた。


 自分で選ぶ。


 それは、昔の自分には出来なかったこと。


 でも今は。


 出来る。


 その時。


 窓の外で、風が吹いた。


 遠く。


 学園屋上。


 白ローブの女性が静かに立っている。


 金色の瞳。


 その視線は、まっすぐレオンへ向いていた。


『……拒絶した』


 小さな声。


『なら、運命は動く』


 その言葉と共に。


 彼女の周囲へ、淡い光が揺れた。


 誰もまだ知らない。


 王城。


 赤眼。


 黒蒼雷。


 その全てより古い“何か”が。


 静かに目を覚まし始めていることを。

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