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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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101/128

第101話「変わり始めた学園、無能王子は“自分の居場所”を少しずつ知っていく」


 王城使節団が去った後。


 医務棟には、妙な静けさが残っていた。


 誰もすぐには喋らない。


 先ほどまでの空気が重すぎたのだ。


 王命拒否。


 それは、本来なら簡単に口にしていい言葉じゃない。


 まして相手は王城。


 王国そのもの。


 普通の貴族なら、その場で膝をついていた。


 だが。


 レオンは断った。


 真正面から。


 迷いなく。


 そして。


 それを見ていた全員が、もう理解していた。


 東の塔で捨てられた“無能王子”は。


 もう、どこにもいない。


「……ふぅ」


 アルベルトが大きく息を吐き、椅子へ背中を預けた。


「緊張したぁ……」


「今さらですの?」


 エリシアが呆れたように言う。


「いや、だって相手あのタイプだぞ?」


「“私は感情ありません”みたいな顔しながら嫌味言ってくるやつ」


「確かに少々鬱陶しかったですわね」


「少々どころじゃねぇよ」


 アルベルトは肩を回す。


「でもまぁ」


 一拍。


「スカッとはした」


 その視線がレオンへ向く。


「王命断るとか普通やらねぇし」


「そうか」


「そうかじゃねぇ」


 アルベルトが笑う。


「お前、自分で思ってるより大分ヤバいことしたからな?」


「分かってる」


「本当に?」


「たぶん」


「お前最近その返し多いな!?」


 リリアーナが即座に割って入る。


「駄目です」


「今の“たぶん”は絶対分かってないやつです」


「……」


 否定できない。


 レオンが黙ると、リリアーナがさらにじとっとした目を向ける。


「それに」


「王命断るなら断るで、もっと自分を大事にしてください」


「ん?」


「“もう従わない”って言うなら、ちゃんと生き残らないと意味ないんです」


 真っ直ぐな声だった。


 レオンは少しだけ目を細める。


 昔なら。


 自分がどうなろうと構わなかった。


 でも今は。


 “生きろ”と言ってくる人間がいる。


 それがまだ少し、むず痒い。


「……努力する」


「今度はちゃんと聞きましたからね?」


「……ああ」


 エリシアが口元を隠して笑う。


「本当に弱いですわね」


「誰がだ」


「リリアーナ様に」


「違う」


「違いません」


 即答だった。


 アルベルトまで頷く。


「うん、完全に弱い」


「認めろ」


「認めません」


 レオンが真顔で返す。


 だが。


 その空気は、もう以前みたいな重苦しさではなかった。


 笑いがある。


 軽口がある。


 ちゃんと、“日常”になり始めている。


 その時だった。


 コンコン――。


 再び扉がノックされる。


 全員が一瞬だけ警戒する。


 だが。


「し、失礼します……!」


 入ってきたのは、女子生徒だった。


 二年生くらい。


 茶髪の少女。


 かなり緊張している。


 その後ろには、男子生徒も数人いた。


「……?」


 レオンが首を傾げる。


 少女はレオンを見るなり、勢いよく頭を下げた。


「あ、ありがとうございました!!」


 室内が止まる。


「え?」


 リリアーナが瞬きする。


 少女は真っ赤な顔で続けた。


「その、わたしたち!」


「避難遅れてて……!」


「前庭近くにいたんです!」


「でも黒い雷が結界みたいになって、瓦礫から守ってくれて……!」


 男子生徒も慌てて頷く。


「俺も見た!」


「最後、空から赤い杭いっぱい降ってきた時!」


「黒い雷が全部落としてた!」


「マジで死ぬかと思ったんです!」


 レオンは少し黙る。


 そんな細かいところまで見えていなかった。


 必死だったから。


 でも。


 助かっていたらしい。


「だから、その……!」


 少女が再び頭を下げる。


「ありがとうございました!」


 後ろの生徒たちも続いた。


「助かりました!」


「ありがとうございます!」


「レオン様!」


 “レオン様”。


 その呼び方に、レオンは少しだけ目を見開いた。


 昔は。


 王族として呼ばれても、そこに尊敬なんて無かった。


 哀れみ。


 侮蔑。


 失望。


 そういうものばかりだった。


 でも今は違う。


 目の前の生徒たちは、本気で感謝していた。


 レオンは少し視線を逸らす。


 慣れない。


 こういうのは。


「……気にするな」


 短く返す。


 少女が少し困ったように笑う。


「そういう返し、なんかズルいです」


「何がだ」


「もっと偉そうでもいいのに」


「面倒だ」


 その返しに、生徒たちが小さく笑った。


 空気が和らぐ。


 その時。


 別の男子生徒が、おずおずと前へ出た。


「あ、あの」


「何だ」


「黒い雷……」


 一拍。


「すげぇ、かっこよかったです」


 レオンが止まる。


 横でアルベルトが吹き出しかけた。


 エリシアも笑いを堪えている。


 リリアーナは少し誇らしそうだった。


「……そうか」


 レオンは短く返す。


 でも。


 ほんの少しだけ。


 耳が赤かった。


 リリアーナが気づく。


「……ふふ」


「何だ」


「なんでもないです」


 完全に面白がっている顔だった。


 その後、生徒たちは見舞いの花や焼き菓子を置いて帰っていった。


 部屋には、少し不思議な空気が残る。


 アルベルトがにやにやしながら言う。


「人気者じゃん」


「違う」


「いや違わねぇだろ」


「英雄扱いされてんぞ」


「向いてない」


「顔赤かったくせに」


「赤くない」


 リリアーナが即答する。


「ちょっと赤かったです」


「味方が増えた……」


 レオンが小さく呟く。


 エリシアが笑う。


「諦めてくださいまし」


「もう学園側は、かなりレオン様寄りですわ」


「王城側は嫌がるだろうな」


 アルベルトがニヤリと笑う。


「“無能王子”のはずが、学園の英雄になってるし」


 その時。


 廊下の方が少し騒がしくなった。


「ん?」


 リリアーナが扉を開ける。


 すると。


 そこには大量の箱が積まれていた。


「……何これ」


 ミーアが一枚の紙を見る。


「差し入れ一覧……ですね」


「果物」


「菓子」


「栄養薬」


「花束」


「……ぬいぐるみ?」


 アルベルトが爆笑した。


「誰だよぬいぐるみ送ったやつ!!」


 リリアーナも吹き出す。


「人気者すぎません!?」


 レオンは完全に困った顔になっていた。


「……何でこうなる」


「好かれてるんです」


 リリアーナが笑う。


「助けたから」


「名前を守ったから」


「みんな見てたんですよ」


 レオンは廊下の箱を見る。


 数日前まで。


 自分へ向けられる感情なんて、ほとんどなかった。


 でも今は。


 こんなにもある。


 温かいものが。


 少しだけ、胸の奥へ落ちていく。


 その時。


 レオンの視線が、ふと窓の外へ向いた。


 屋上。


 誰かがいた気がした。


 白いローブ。


 金色の瞳。


 風に揺れる銀髪。


 だが。


 瞬きをした時には、もういない。


「……まただ」


 小さく呟く。


 エリシアが反応した。


「何かありましたの?」


「いや」


 レオンは少し考え。


「誰かに見られてる気がする」


 その瞬間。


 部屋の空気が変わった。


 クラウスが静かに目を細める。


「敵か?」


「分からない」


「殺気は?」


「ない」


 むしろ。


 妙に静かだった。


 敵意とも違う。


 観察。


 確認。


 そんな感じ。


 リリアーナが少し不安そうにレオンを見る。


「……怖いですか?」


 レオンは数秒黙り。


 そして、小さく答えた。


「いや」


 一拍。


「でも、何か知ってる感じがする」


 黒蒼雷。


 神霊。


 そして、自分自身。


 あの金色の瞳は。


 全部知っているような気がした。


 まだ見えない。


 だが。


 物語の奥にある“何か”が、確実に近づいてきている。


 そして。


 レオン自身もまた。


 少しずつ変わり始めていた。


 守るために。


 逃げないために。


 そして。


 自分の居場所を、失わないために。

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