第97話「戦いの後、無能王子は初めて“帰る場所”を知る」
青空だった。
さっきまで赤く染まっていた空が、嘘みたいに静かだった。
封鎖結界は消えた。
侵食魔力も残っていない。
残っているのは、戦いの跡だけ。
砕けた石畳。
崩れた校舎の一部。
焼け焦げた前庭。
でも。
学園は残った。
生徒たちも。
教師たちも。
誰一人欠けずに。
「……終わったんだな」
バルドが空を見上げながら呟く。
戦斧を肩へ担いだまま、大きく息を吐く。
「生きてんのが奇跡だろ、これ」
「ええ」
クラウスも静かに頷いた。
「普通なら壊滅していた」
王城騎士団の何人かは、まだ呆然としている。
赤眼。
地下施設。
封鎖結界。
全部、信じられないものばかりだった。
「副団長……」
一人の騎士が震える声で言う。
「俺たち、ずっと……」
クラウスは短く返した。
「後で整理しろ」
「今は負傷者優先だ」
「……はい!」
騎士たちも動き出す。
学園側と協力して、瓦礫撤去や治療補助を始めていた。
さっきまで敵だったはずなのに。
今は、同じように走り回っている。
エリシアがその光景を見ながら、小さく息を吐く。
「変な光景ですわね」
「まあな」
アルベルトが苦笑する。
「でも嫌いじゃねぇ」
その時。
「レイさん!」
医務班の教師が叫ぶ。
「治療室の準備できました!」
リリアーナはすぐに頷いた。
「お願いします!」
彼女は、ずっとレオンを抱えたままだった。
正確には。
抱えたまま離せなかった。
「……リリアーナ様」
エリシアが苦笑する。
「そろそろ下ろしても?」
「だ、駄目です!」
「なんでですの?」
「だってまた無茶したら困るじゃないですか!!」
「今は気絶してますわよ」
「……あ」
リリアーナの顔が真っ赤になる。
アルベルトが吹き出した。
「お前、完全に嫁ポジだな」
「なっ……!?」
「違います!!」
「でもずっと抱えてるぞ」
「うっ……!」
リリアーナは真っ赤なまま、視線を逸らした。
だが。
結局、腕は離さない。
エリシアが小さく笑う。
「もう隠す気ありませんわね」
「そ、そういうんじゃ……!」
その時だった。
「……ん」
レオンが小さく動いた。
リリアーナが即座に顔を近づける。
「レイさん!?」
「大丈夫ですか!?」
レオンは薄く目を開ける。
ぼやける視界。
最初に見えたのは。
泣きそうなリリアーナの顔だった。
「……近い」
「誰のせいですか!!」
即座に怒鳴られた。
レオンが少しだけ目を細める。
「生きてるか」
「生きてます!!」
「そうか」
そのまま、また目を閉じかける。
「寝ないでください!!」
「……眠い」
「当たり前です!!」
エリシアが横から口を挟む。
「ほぼ自壊寸前でしたもの」
クラウスも近づいてくる。
「右腕は特に酷い」
「しばらく動かすな」
レオンは小さく眉を寄せる。
「動かないと困る」
「動くなと言ってる」
「……」
「そこは素直に聞け」
レオンは数秒黙り。
「……努力する」
「絶対しませんわね」
エリシアが即答した。
アルベルトも頷く。
「しねぇな」
「しませんね」
リリアーナまで乗る。
レオンが少しだけ不満そうな顔をした。
「信用ないな」
「あります」
リリアーナが即答する。
「でも無茶する信用がありすぎるんです」
「……」
否定できない。
その時。
小さな足音が聞こえた。
ルミア。
ユノ。
そして。
アレンだった。
まだふらついている。
だが。
ちゃんと、自分の足で立っていた。
レオンは少しだけ目を開ける。
「……大丈夫か」
アレンは数秒黙り。
そして。
「……助けてくれて」
掠れた声。
「ありがとう」
その瞬間。
周囲が静かになった。
地下施設で。
名前を奪われ。
怪物にされた少年。
その子が。
今、自分の名前で立っている。
レオンは小さく息を吐く。
「間に合って良かった」
アレンの目が揺れる。
「……なんで」
「え?」
「なんで、助けたの」
一拍。
「怪物だったのに」
レオンは少しだけ考え。
そして、静かに言った。
「泣いてたから」
アレンが止まる。
「助けてって言ってた」
「だから助けた」
当たり前みたいに。
本当に自然に。
レオンはそう言った。
ルミアが泣きながら笑う。
ユノも目を擦る。
アレンは唇を震わせ。
そして。
初めて、ちゃんと笑った。
「……そっか」
その笑顔を見て。
リリアーナの胸が熱くなる。
エリシアも静かに目を伏せた。
クラウスが小さく息を吐く。
「王城は……本当に馬鹿だな」
アルベルトが笑う。
「同感」
その時。
学園長がゆっくり前へ出た。
静かな拍手。
パン――。
一回。
また一回。
それが、周囲へ広がっていく。
教師。
騎士。
生徒。
誰からともなく拍手が始まる。
レオンは少しだけ目を見開いた。
「……何だ」
「当然でしょう」
エリシアが笑う。
「学園を守った英雄ですもの」
「英雄……」
レオンが嫌そうな顔をする。
アルベルトが吹き出した。
「似合わねぇ顔すんな」
「向いてない」
「でも実際そうだろ」
リリアーナが小さく頷く。
「……わたしは、そう思います」
レオンは少し黙る。
拍手。
歓声。
感謝の声。
東の塔では、絶対に聞こえなかった音。
昔の自分なら。
居心地悪くて逃げていた。
でも今は。
少しだけ。
悪くないと思ってしまった。
その時。
遠くの校舎屋上。
誰かが静かにこちらを見ていた。
白いローブ。
金色の瞳。
長い銀髪。
女性だった。
彼女は静かにレオンを見つめる。
『……黒蒼雷』
小さな声。
『本当に目覚めたんだ』
その瞳には。
驚きと。
どこか懐かしそうな色が混ざっていた。
だが。
誰も、その存在には気づかない。
レオンだけが。
ほんの一瞬だけ、屋上へ視線を向けた。
「……?」
気のせいかと思う。
だが。
そこには、もう誰もいなかった。
風だけが静かに吹いていた。
そして。
王立アルディア学園。
赤眼襲撃事件。
その戦いは終わった。
だが。
王城の闇。
神霊。
そして黒蒼雷。
全ては、まだ始まったばかりだった。




