第96話「赤眼崩壊、無能王子は“終わらせる覚悟”で最後の雷を振り下ろす」
黒蒼雷が、空を覆っていた。
バチィィィィィィッ!!!!
赤い暴走術式。
黒い雷。
空の中心で、二つの力がぶつかり合っている。
だが。
押しているのは、黒蒼雷だった。
オルディスの顔から余裕は完全に消えている。
赤い瞳が揺れる。
恐怖。
焦り。
そして。
理解できないものを見る目。
『やめろ……!』
『この研究は必要なんだ!!』
『人は弱い!!』
『だから管理しなければならない!!』
叫び。
もはや研究者の顔じゃない。
壊れた人間の断末魔だった。
レオンは空で静かに刀を構える。
右腕は限界。
感覚がほとんどない。
黒蒼雷が無理矢理、肉体を動かしている状態。
でも。
止まらない。
止まれない。
後ろには。
守りたいものがある。
リリアーナが空を見上げながら、震える声で呟く。
「……レイさん」
怖い。
でも。
信じている。
あの人なら、止めてくれる。
エリシアも静かに空を見つめていた。
胸が熱い。
東の塔で捨てられた無能王子。
そう呼ばれていた人間が。
今。
学園全体を守っている。
クラウスが低く呟く。
「王城は……何を捨てたんだろうな」
アルベルトが苦笑する。
「見る目、なかったんだろ」
その時。
オルディスの赤い術式がさらに暴走した。
ゴォォォォォォォッ!!
侵食魔力が空間を歪める。
自壊。
暴走。
もう制御不能だ。
ルカが顔を青ざめさせる。
「駄目だ……!」
「術式崩壊が始まってる!」
「このままじゃ、空間ごと――!」
レオンは静かに前へ出た。
黒蒼雷が唸る。
ヴァルガが低く笑う。
『完全に巻き込む気だな、あいつ』
ノワールも静かに言う。
『最後まで一人のまま』
レオンはオルディスを見る。
赤い魔力に呑まれながら。
それでも、自分の正しさへ縋っている男。
「……お前」
低い声。
「最後まで、人を見なかったな」
オルディスが叫ぶ。
『黙れ!!』
『お前に何が分かる!!』
『人は裏切る!!』
『壊れる!!』
『だから切り捨てるしかない!!』
レオンは静かに答える。
「違う」
一歩。
「壊れるから」
「支えるんだろ」
オルディスの赤い瞳が揺れた。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
昔の人間みたいな顔をした。
苦しそうに。
悲しそうに。
だが。
次の瞬間には赤い侵食が全身を覆う。
『私は……!』
『間違ってない!!』
レオンは静かに刀を握る。
「もう終われ」
その言葉と同時。
黒蒼雷が空間を裂いた。
ドォォォォォォォォンッ!!!!
一閃。
巨大な黒蒼の斬撃が、赤い暴走術式ごとオルディスを呑み込む。
空が割れる。
封鎖結界が悲鳴を上げる。
バキィィィィィンッ!!
赤い空へ、巨大な亀裂。
侵食魔力が崩壊し始めた。
「結界が……!」
「壊れてる!!」
教師たちが叫ぶ。
だが。
まだ終わっていない。
暴走した侵食核が、最後の抵抗みたいに膨れ上がる。
ルカが絶叫する。
「レオン!!」
「核が残ってる!!」
空気が凍る。
赤い核。
崩壊寸前。
もしここで爆発すれば。
学園ごと消し飛ぶ。
リリアーナの顔が真っ青になる。
「っ……!」
だが。
レオンは逃げなかった。
黒蒼雷を纏ったまま、一直線に侵食核へ突っ込む。
「レイさん!!」
リリアーナが叫ぶ。
エリシアも顔色を変えた。
「駄目ですわ!!」
「巻き込まれます!!」
でも。
レオンは止まらない。
ヴァルガが笑う。
『最後まで無茶苦茶だな、主』
ノワールも静かに呟く。
『でも』
『嫌いじゃない』
レオンは侵食核へ手を伸ばす。
熱い。
焼ける。
存在そのものが崩れそうな圧力。
それでも。
掴む。
「終わりだ」
低い声。
黒蒼雷が、侵食核そのものへ流れ込んだ。
バチィィィィィィィィッ!!!!
侵食。
暴走。
それを。
黒蒼雷が内側から食い潰していく。
オルディスが目を見開く。
『や、め……』
レオンは静かに言った。
「お前の“最適化”」
「ここで終わりだ」
その瞬間。
侵食核が、完全に砕け散った。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!
赤い空が崩壊する。
封鎖結界が砕ける。
空から赤い破片が降り注ぎ。
そして。
外の空が見えた。
青空だった。
赤じゃない。
本物の空。
学園中が静まり返る。
風が吹く。
侵食の気配が消えていく。
教師たちが呆然と空を見上げる。
「終わった……?」
「封鎖が……消えた……」
王城騎士団側も言葉を失っていた。
クラウスが静かに息を吐く。
「……勝ったのか」
アルベルトが笑う。
「みてぇだな」
その時。
空から、黒い影が落ちてきた。
「っ!!」
リリアーナが顔を変える。
「レイさん!!」
レオンだった。
黒蒼雷が消えていく。
神霊輪も崩れていく。
完全に限界だ。
落下。
だが。
地面へ激突する寸前。
リリアーナが走った。
「間に合って……!!」
銀色の魔力を爆発させる。
飛ぶ。
そして。
レオンを抱き止めた。
ドサッ――!!
「っ……!」
衝撃で二人一緒に転がる。
リリアーナの腕の中。
レオンは意識が朦朧としていた。
「レイさん!!」
「しっかりしてください!!」
返事がない。
右腕は酷い。
全身も傷だらけ。
エリシアがすぐ駆け寄る。
「治癒術式急いで!!」
教師陣も動き出す。
だが。
その時。
レオンが、微かに目を開けた。
「……終わったか」
掠れた声。
リリアーナが泣きそうな顔で怒鳴る。
「終わりました!!」
「だから寝てください!!」
「……そうか」
小さく笑う。
本当に少しだけ。
安心したみたいに。
その顔を見て。
リリアーナの目から涙が零れた。
「無茶しすぎです……」
「死んだら許しませんから……!」
レオンはぼんやりしたまま、小さく呟く。
「……悪い」
リリアーナが止まる。
「え……?」
「心配……かけた」
その瞬間。
リリアーナの顔が真っ赤になった。
「い、今それ言います!?」
「……?」
「もう……!」
泣きながら怒る。
エリシアが横で小さく笑った。
「本当に、天然ですわね」
アルベルトも吹き出す。
「命懸けの後でそれ言うか普通」
クラウスは静かに空を見る。
赤い侵食は消えた。
封鎖結界も崩壊。
そして。
学園は守られた。
東の塔で捨てられた無能王子が。
全部を守った。
その事実だけが、静かに残っていた。
だが。
誰も気づいていなかった。
崩壊した赤い空のさらに奥。
遥か遠く。
誰かが、この戦いを見ていたことを。
金色の瞳。
白いローブ。
静かな声。
『……見つけた』
その視線は。
まっすぐ、レオンだけを見ていた。




