第94話「無能王子VS赤眼中枢、黒蒼雷は“壊された世界”へ牙を剥く」
赤い空が、裂けていた。
ドゴォォォォォォンッ!!
黒蒼雷。
赤杭術式。
空中で激突し、爆散し続ける。
衝撃波が学園全体を揺らす。
教師陣の結界が軋み、生徒たちが悲鳴を上げた。
「まだ来ます!!」
「数が減らない!!」
エリシアが高速詠唱を続けながら叫ぶ。
額に汗。
魔力消費も限界が近い。
だが。
空を埋め尽くしていた赤杭は、学園へ一本も届いていなかった。
全部。
黒蒼雷が斬り落としている。
バチィィィィィッ!!
空を走る雷の残光。
黒と蒼。
それが幾重にも交差し、赤を切り裂いていく。
アルベルトが呆然と呟く。
「……マジで全部落としてやがる」
しかも。
速いだけじゃない。
精密。
赤杭が学園へ落ちる角度。
崩壊地点。
全部計算した上で、空中爆破している。
以前のレオンには無かった戦い方だった。
守るための制御。
守るための破壊。
クラウスが低く言う。
「戦い方が変わったな」
バルドが笑う。
「前はもっと暴れてたって顔してんな」
「実際そうだ」
クラウスは空を見上げたまま続ける。
「だが今は、“後ろを守る戦い”をしている」
その言葉。
リリアーナの胸が熱くなる。
空。
黒蒼雷の中心。
レオンは右腕から血を流しながら、それでも止まらない。
空間を蹴るように加速し、赤杭を斬り落としていく。
だが。
限界だった。
「っ……!」
右腕が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
神霊出力が高すぎる。
ヴァルガが低く笑う。
『壊れるぞ、主』
「分かってる」
『それでも止めねぇか』
「止めたら落ちる」
下には学園。
リリアーナ。
ルミア。
アレン。
だから。
止まれない。
ノワールが静かに言う。
『……なら』
『せめて、少し分けろ』
「?」
次の瞬間。
黒蒼雷の一部が、レオンの右腕ではなく全身へ流れ始めた。
「っ……!」
負荷分散。
ヴァルガが笑う。
『全部一人で抱えんな』
『俺らもいる』
レオンは数秒黙る。
そして。
「……ありがとな」
ヴァルガとノワールが同時に止まった。
『……は?』
『今、主が普通に礼言った?』
「うるさい」
だが。
ほんの少しだけ。
雷が穏やかになった。
その時。
空のオルディスが、静かに口を開いた。
『理解できない』
赤い瞳。
そこにあるのは、本気の困惑だった。
『何故そこまで他人へ執着する』
『非効率だ』
『弱者は切り捨てるべきだ』
『それが最適だ』
レオンは空を睨む。
「お前」
一歩。
「ずっと一人だったんだな」
空気が止まる。
オルディスの笑みが消えた。
初めて。
本当に初めて。
感情が揺れた。
『……何?』
「人を切り捨て続けた」
「だから誰も残らなかった」
「だから、お前には分からない」
黒蒼雷が弾ける。
「名前呼ばれることも」
「助けたいと思うことも」
「一緒に生きたいって思うことも」
一拍。
「全部知らない」
オルディスの赤い瞳が揺れる。
怒り。
否定。
だが。
ほんの少しだけ。
痛みみたいなものも混じっていた。
『……感情論だ』
「そうだな」
レオンは即答する。
「でも」
一歩。
「お前よりマシだ」
その瞬間。
オルディスの魔力が爆発した。
ゴォォォォォォォッ!!
赤い空がさらに歪む。
巨大魔導陣。
今までとは桁が違う。
ルカの顔が完全に青ざめる。
「まずい……!」
「また禁術ですの!?」
エリシアが叫ぶ。
ルカは震える声で言った。
「神霊侵食領域……!」
空気が凍る。
「周囲の魔力を強制暴走させる!」
「神霊契約者が一番危険だ!!」
リリアーナがレオンを見る。
「っ……!」
オルディスが両腕を広げた。
『なら見せてやる』
『最適化された世界を』
赤い魔力が、学園全体へ降り始める。
嫌な感覚。
魔力そのものが汚染されていく。
教師陣が苦しみ始めた。
「ぐっ……!」
「魔力制御が……!」
騎士団側も顔を歪める。
「身体が重い……!」
リリアーナも膝をつきかける。
「っ……!」
胸が苦しい。
魔力が乱される。
エリシアが歯を食いしばる。
「精神干渉まで混ざっていますわ……!」
オルディスが笑う。
『人間は脆い』
『だから支配が必要だ』
『管理が必要だ』
『感情は不要だ』
その時。
レオンの黒蒼雷が、静かに広がった。
バチィィィィィッ……
今までみたいな暴発じゃない。
もっと静かな雷。
優しい熱。
リリアーナが目を見開く。
「……え」
苦しさが消える。
エリシアも気づいた。
「侵食が……止まってる?」
黒蒼雷が、学園側を包み込んでいた。
まるで。
守るみたいに。
ヴァルガが笑う。
『お前、ほんと変わったな主』
ノワールも小さく呟く。
『前は壊すことしか考えてなかったのに』
レオンは空を見上げる。
「今は違う」
オルディスの目が細くなる。
『……防御共鳴』
『そんな使い方まで』
レオンが静かに言う。
「お前には出来ない」
『何故?』
「一人だからだ」
オルディスの顔から笑みが消えた。
次の瞬間。
赤い魔力が爆発的に膨れ上がる。
『黙れ』
初めて。
感情が漏れた。
怒り。
歪んだ激情。
『感情は人を壊す!!』
『名前は人を縛る!!』
『だから切り捨てるべきなんだ!!』
叫びだった。
研究者の仮面が剥がれる。
リリアーナが息を呑む。
「……この人」
エリシアも静かに呟く。
「壊れてますわね」
レオンは空を見つめたまま言う。
「知ってる」
だから。
止める。
オルディスの周囲へ、巨大な赤い球体が生まれる。
神霊侵食核。
見ただけで危険と分かる。
ルカが叫ぶ。
「駄目だ!!」
「あれは学園ごと消し飛ぶ!!」
その瞬間。
レオンの黒蒼雷が、さらに深く唸った。
神霊輪が高速回転。
空間が軋む。
ヴァルガが笑う。
『行くか』
ノワールも静かに頷く。
『今度は真正面』
レオンは刀を握る。
深く。
静かに。
「……終わらせる」
その言葉と同時。
黒蒼雷が爆発した。
ドォォォォォォォンッ!!
空が裂ける。
レオンが、一直線にオルディスへ突っ込んだ。
赤と黒蒼。
二つの力が。
ついに真正面から激突しようとしていた。




