第91話「第二共鳴、無能王子は“名前を取り戻す雷”を空へ解き放つ」
黒雷。
影。
蒼雷。
三つの力が、空間ごと震わせていた。
学園前庭。
全員が息を呑む。
レオンの背後。
そこに浮かぶ巨大な神霊輪。
黒と蒼が混ざり合い、静かに脈動している。
「……なんですの、あれ」
エリシアの声が震える。
術式として理解できない。
神霊契約者は存在する。
だが。
ここまで深い共鳴は異常だった。
クラウスも目を細める。
「第二共鳴……」
「本当に到達したのか」
ルカが呆然と呟く。
「赤眼でも、理論段階だったはずだ……」
黒ローブの男だけが笑っていた。
『素晴らしい』
『本当に素晴らしい』
歓喜。
研究者の目。
気味が悪いほど純粋な興奮。
『神霊二重契約』
『完全共鳴域』
『しかも人格干渉型……!』
『王城が捨てたとは思えない』
レオンは聞いていない。
目の前。
グラン=ゼグス。
怪物の中で、まだ泣いている誰か。
『……ア……』
声が掠れている。
でも。
確かに生きている。
「名前」
レオンが低く言う。
「思い出せ」
怪物の身体が震える。
赤い術式が暴走。
黒い血が噴き出す。
空では、赤い杭術式が迫っていた。
強制自壊。
中の人格ごと消し飛ばす術式。
間に合わない。
普通なら。
だが。
レオンの黒蒼雷が空間を裂いた。
ドォォォォォッ!!
地面が砕ける。
空気が吹き飛ぶ。
神霊輪が回転した。
ヴァルガが笑う。
『行け、主』
ノワールも静かに呟く。
『今なら届く』
レオンの右腕。
焼け爛れたはずの傷へ、黒蒼の雷が流れ込む。
痛み。
激痛。
骨が軋む。
でも。
止まらない。
リリアーナが顔を真っ青にする。
「レイさん……!」
エリシアも気づく。
「右腕が……!」
黒雷と蒼雷。
出力が上がりすぎている。
今のレオンは、完全に限界を超えている。
だが。
本人だけが静かだった。
「……ヴァルガ」
『おう』
「ノワール」
『ん』
「一瞬だけ、全部借りる」
空気が変わった。
クラウスが目を見開く。
「待て」
「それは――」
次の瞬間。
神霊輪が爆発的に輝いた。
バチィィィィィィッ!!!!
黒蒼雷が空を裂く。
レオンの姿が消えた。
「消え――」
アルベルトが言い切る前。
レオンは、空の赤杭術式の目の前にいた。
速い。
今までの比じゃない。
空間ごと跳んだみたいな速度。
黒ローブ男の笑みが、初めて僅かに揺らぐ。
『……ほう?』
レオンは刀を振るう。
「邪魔だ」
静かな声。
次の瞬間。
黒蒼の雷刃が、赤杭術式を真っ二つに裂いた。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
赤い空が割れる。
衝撃波。
結界が軋む。
教師陣が必死に防御術式を維持する。
「ぐっ……!」
「抑えろ!!」
だが。
レオンは止まらない。
そのまま空中から一直線に落下。
グラン=ゼグスの胸部。
被験者No.08。
そこへ手を叩き込む。
黒蒼雷が怪物全体へ流れた。
バチィィィィィッ!!
怪物が絶叫する。
ゴァァァァァァァァッ!!!!
暴走。
だが。
今までと違う。
赤い術式が、剥がれ始めていた。
「っ!?」
ルカが目を見開く。
「術式侵食を……剥がしてる!?」
エリシアも驚愕する。
「そんな荒業……!」
普通なら不可能。
暴走術式は、核ごと破壊するしかない。
だがレオンは違う。
中の人格へ直接干渉している。
怪物の中から、悲鳴が響く。
『ぁ……あ……』
「思い出せ」
レオンが低く言う。
「お前の名前」
怪物の赤い瞳が揺れる。
苦しい。
怖い。
痛い。
でも。
その声が聞こえる。
地下で聞いた声。
“助ける”と言った声。
『……ぼ、く……』
怪物の身体が崩れ始める。
赤い術式が剥がれる。
だが。
空の黒ローブ男が笑みを消した。
『それは困る』
瞬間。
男の周囲へ、さらに巨大な魔導陣が展開される。
ルカの顔色が変わる。
「まずい!!」
「またですの!?」
「強制崩壊だ!」
「失敗個体ごと、学園ごと吹き飛ばす気だ!!」
空気が凍る。
魔導陣が巨大すぎる。
さっきの比じゃない。
学園全域を巻き込む規模。
「結界が持ちません!!」
教師が叫ぶ。
カティアも歯を食いしばる。
「出力が高すぎる……!」
リリアーナの顔が真っ青になる。
「そんな……!」
生徒たちの悲鳴。
逃げ遅れた者もいる。
ルミアが震える。
「また……」
「また、みんな死ぬ……!」
その瞬間。
レオンが振り返った。
黒蒼雷を纏ったまま。
その目は、静かだった。
「死なない」
短い声。
ルミアが止まる。
「……え」
「今度は」
一拍。
「守る」
その言葉。
リリアーナの胸が熱くなる。
エリシアも静かに目を細めた。
アルベルトが苦笑する。
「……マジで主人公みてぇなこと言うじゃねぇか」
「うるさい」
レオンが返す。
だが、その声は少しだけ優しかった。
黒ローブ男が術式を完成させる。
『終わりだ』
赤い巨大光。
空全体を覆う崩壊術式。
学園側が絶望しかけた、その時。
クラウスが前へ出た。
「王城騎士団、全防御展開!!」
騎士団側が驚く。
「副団長!?」
「本気ですか!?」
「命令だ!!」
白銀の結界が広がる。
学園側と重なる。
バルドも戦斧を地面へ叩き込んだ。
「軍部も乗るぞ!!」
地面から巨大防御陣。
教師陣も術式を重ねる。
リリアーナ。
エリシア。
カティア。
全員が魔力を流し込む。
でも。
足りない。
崩壊術式の規模が大きすぎる。
その時。
レオンの背後で、神霊輪がさらに回転した。
ヴァルガが笑う。
『やるか』
ノワールも静かに頷く。
『全部、守るんだろ』
レオンは刀を握る。
黒蒼雷が、空へ伸びる。
そして。
初めて。
神霊の力を、“破壊”ではなく。
“守るため”に解放した。
「――黒蒼天雷」
静かな声。
次の瞬間。
空へ巨大な黒蒼雷の柱が走った。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!
赤い崩壊術式と、真正面から衝突する。
空が裂ける。
結界が軋む。
世界そのものが震える。
だが。
黒蒼雷は、押し返していた。
黒ローブ男の笑みが、初めて消える。
『……馬鹿な』
レオンは空を睨む。
右腕が焼ける。
限界。
でも。
止めない。
「……守るって」
低い声。
「決めたからな」
その瞬間。
怪物の中から、小さな声が響いた。
『……ア……レン……』
全員が止まる。
名前。
初めて。
怪物が、自分の名前を言った。
ルミアが涙を流す。
「戻ってきた……!」
レオンの黒蒼雷が、さらに強く輝いた。
赤い空を押し返すように。




