第90話「暴走兵器グラン=ゼグス、無能王子は“殺すためではなく救うため”に雷を振るう」
ドゴォォォォォォォンッ!!!!
怪物が、学園前庭へ着地した。
地面が陥没する。
石畳が吹き飛ぶ。
結界が悲鳴みたいに軋んだ。
「きゃあああっ!!」
「下がれ!!」
「生徒を避難させろ!!」
教師陣が一斉に動く。
だが。
グラン=ゼグスは止まらない。
十メートル級の巨体。
黒い皮膚。
赤い血管。
胸部には、無機質な刻印。
【被験者No.08】
その文字を見た瞬間。
レオンの黒雷が激しく弾けた。
バチィィィィィッ!!
空気が震える。
怒り。
殺意。
でも。
それだけじゃない。
怪物の中から、微かに聞こえる。
悲鳴みたいな声。
『……たす……け……』
レオンの目が細くなる。
ノワールが低く呟いた。
『中にいる』
ヴァルガも笑みを消す。
『完全に死んじゃいねぇ』
レオンは怪物を見る。
暴走兵器。
失敗作。
そう呼ばれている。
でも。
まだ人間だ。
ルミアが震える声を漏らす。
「……あの子」
リリアーナが振り返る。
「ルミアさん?」
ルミアは顔を青ざめさせたまま、怪物を見ていた。
「地下にいた……」
「ずっと叫んでた」
「助けてって……」
その言葉。
レオンの中で何かが決定的に変わる。
殺すだけじゃ駄目だ。
助ける。
今度こそ。
助けられなかった地下の誰かを。
せめて、この一人だけでも。
黒ローブの男が、空の向こうで笑う。
『さあ、どうする?』
『殺せば終わる』
『だが、中身も消える』
『救おうとすれば、君たちが死ぬ』
『実に美しい選択だ』
「……趣味悪ぃ」
アルベルトが吐き捨てる。
エリシアも冷たい目を向ける。
「本当に、人として終わっていますわね」
怪物が咆哮した。
ゴァァァァァァァァッ!!!!
衝撃波。
前庭の木々が吹き飛ぶ。
教師陣の結界が削られる。
「ぐっ……!」
「強い……!」
バルドが戦斧を構えた。
「総員、正面固定!」
「レオン!」
レオンは短く答える。
「時間をくれ」
バルドがニヤッと笑う。
「十分だ」
次の瞬間。
バルドが地面を踏み砕いた。
ドゴォォンッ!!
巨体とは思えない速度。
戦斧が怪物の脚へ叩き込まれる。
ガァァァンッ!!
鈍い衝撃。
だが。
「硬ぇな……!」
怪物の皮膚は、異常なほど頑丈だった。
赤い術式が衝撃を分散している。
怪物が腕を振るう。
「っ!!」
バルドが咄嗟に防御。
だが吹き飛ぶ。
地面を滑り、建物の壁へ激突した。
「副司令!!」
「大丈夫だ!!」
瓦礫を払いながらバルドが立ち上がる。
口元から血。
だが笑っていた。
「最高に面倒くせぇな!!」
アルベルトが炎剣を振るう。
「なら燃やす!!」
轟炎。
巨大な炎刃が怪物へ叩き込まれる。
ドゴォォォォッ!!
爆炎。
だが。
「効いてねぇ!?」
怪物が炎を突っ切る。
赤い術式が炎を食っている。
ルカが叫ぶ。
「術式核を壊せ!!」
「胸部の刻印だ!」
「でも!」
リリアーナが顔を強張らせる。
「胸に人がいるんですよね……!?」
「だから難しい!」
ルカが歯を食いしばる。
「核だけを壊さなければ、中身も死ぬ!」
エリシアが高速で術式を組み上げる。
「精密破壊術式……!」
「ですが、動きが速すぎます!」
怪物が再び咆哮。
口内へ黒い魔力が収束する。
ルカの顔色が変わる。
「まずい!」
「広域砲撃!!」
学園側が凍りつく。
生徒避難がまだ終わっていない。
ここで撃たれれば。
前庭ごと消し飛ぶ。
「全員伏せろ!!」
教師陣が叫ぶ。
だが間に合わない。
その瞬間。
黒雷が走った。
バチィィィィィッ!!
レオンだった。
一直線。
怪物の顔面へ飛び込む。
「レイさん!!」
リリアーナが叫ぶ。
レオンは構わない。
黒雷加速。
刀を逆手へ持ち替える。
狙うのは。
口内の術式核。
「――断て」
静かな声。
黒雷斬撃が、怪物の口内を貫いた。
ドゴォォォォォッ!!
黒い魔力砲が暴発。
空へ逸れる。
赤い空が裂ける。
だが。
怪物の巨大な腕が、レオンを掴んだ。
「っ――!」
握り潰される。
骨が軋む。
リリアーナの顔が真っ青になる。
「レオン!!」
怪物が咆哮。
そのまま地面へ叩きつけようとする。
だが。
レオンは、逃げなかった。
怪物の腕を掴み返す。
黒雷がさらに膨れ上がる。
「……聞こえる」
低い声。
怪物の動きが、一瞬止まった。
「助けてって言ってる」
怪物の赤い瞳が揺れる。
『……あ……』
微かな声。
今度は、確かに聞こえた。
ルミアが涙を浮かべる。
「っ……!」
生きてる。
まだ。
完全には壊れていない。
黒ローブの男が、空で笑みを深くした。
『なるほど』
『本当に聞こえているのか』
『面白い』
クラウスが低く呟く。
「……神霊共鳴」
エリシアが振り返る。
「何ですの?」
「稀にある」
「神霊契約者が、暴走個体の“核人格”へ干渉する現象だ」
一拍。
「だが成功例はほぼない」
怪物が苦しそうに暴れ始める。
赤い術式と黒雷がぶつかっている。
中の人格が反応しているのだ。
レオンは怪物へ手を押し当てた。
黒雷ではない。
もっと静かな魔力。
優しい熱。
「名前は」
怪物が震える。
『……な……』
「思い出せ」
『……なま……え……』
「お前の名前だ」
周囲が息を呑む。
戦場のど真ん中。
怪物へ語りかけている。
普通じゃない。
でも。
レオンは本気だった。
「番号じゃない」
「被験者でもない」
「お前の名前を言え」
怪物が苦しそうに頭を抱える。
赤い術式が暴れる。
黒い血が流れる。
『……や……だ……』
「思い出せ」
『いたい……』
「終わらせる」
『こわ……い……』
「もう地下じゃない」
一拍。
「だから戻ってこい」
その瞬間だった。
怪物の赤い瞳から。
涙が落ちた。
リリアーナが息を呑む。
エリシアも目を見開く。
アルベルトが呟く。
「……泣いてる」
怪物が、震えながら声を漏らす。
『……ア……』
赤い術式が暴走する。
男が目を細めた。
『おっと』
『これは困る』
次の瞬間。
空の黒ローブ男が術式を展開した。
赤い杭。
巨大術式。
一直線に怪物へ向かう。
「っ!!」
ルカが叫ぶ。
「強制自壊術式!!」
「止めろレオン!!」
間に合わない。
術式速度が速すぎる。
リリアーナが叫ぶ。
「レイさん!!」
だが。
レオンの目は揺れなかった。
黒雷。
影。
そして。
右腕の奥。
神霊が、さらに深く共鳴する。
ヴァルガが笑う。
『行けるぞ、主』
ノワールも静かに言う。
『今なら届く』
レオンの周囲へ。
黒雷とは違う光が混ざり始めた。
蒼い雷。
黒い影。
二つが絡み合う。
空気が震える。
クラウスが目を見開いた。
「……まさか」
エリシアも息を呑む。
「第二共鳴……!」
レオンは刀を握る。
静かに。
深く。
そして。
初めて、自分の意志で言った。
「――開く」
黒雷と影が爆発した。
その瞬間。
レオンの背後へ、巨大な黒蒼の神霊輪が出現した。




