第89話「赤眼中枢、無能王子は“本当の敵”と初めて目を合わせる」
赤い空。
黒い煙。
崩れた魔力残滓。
学園上空には、まだ戦闘の余韻が残っていた。
処理班の仮面騎は全滅。
だが。
封鎖結界は消えていない。
そして何より。
赤い結界の向こう側。
黒いローブの男。
そいつだけが、異様だった。
『――見つけた』
不気味な声が、空から響く。
男は笑っていた。
まるで。
面白い玩具を見つけた子供みたいに。
レオンは静かに空を見上げていた。
右腕から血が落ちる。
爆発を上空へ逃がした反動。
かなり無茶をした。
それでも。
視線は逸らさない。
男もまた、レオンだけを見ていた。
「……誰だ」
低い声。
空の向こう。
黒ローブの男はゆっくり口元を吊り上げる。
『君が、“成功体”か』
その瞬間。
空気が変わった。
レオンの目が細くなる。
成功体。
その単語。
地下施設と同じ匂い。
ルカの顔色が変わる。
「……っ!」
エリシアが気づく。
「知っていますの?」
ルカは歯を食いしばる。
「赤眼中枢……」
「おそらく、幹部級」
ざわめき。
クラウスも目を細めた。
「幹部だと?」
ルカは低く続ける。
「処理班を直接動かせるのは、一部の上位管理者だけだ」
「しかも、封鎖結界を単独展開できるなら……」
一拍。
「かなり上だ」
アルベルトが顔をしかめる。
「つまりラスボス候補かよ」
「候補どころじゃないかもしれませんわね」
エリシアが静かに返す。
黒ローブの男は、そんな下の様子を見ながら楽しそうに笑っていた。
『面白い』
『本当に面白い』
『王城が捨てた失敗作が、ここまで育つとは』
レオンの周囲の黒雷が、静かに揺れる。
「……失敗作」
『ああ』
男はあっさり頷く。
『東の塔の無能王子』
『魔力ゼロ』
『神霊不適合』
『廃棄寸前』
『全部、君の評価だ』
リリアーナが顔を歪める。
「っ……!」
ルミアも不安そうにレオンを見る。
だが。
レオンは怒鳴らなかった。
昔なら刺さっていた。
今でも、何も感じないわけじゃない。
でも。
もう違う。
「そうか」
短く返す。
男が少しだけ目を細めた。
『怒らないのか?』
「今さらだ」
一拍。
「それより」
レオンの目が冷える。
「子供を使ったのはお前か」
空気が変わる。
男は少し黙り。
そして。
笑った。
『半分正解』
『私は管理者の一人だ』
『だが、赤眼はもっと大きい』
『王族』
『貴族』
『宰相府』
『軍部』
『全部繋がっている』
その言葉に、学園側の空気が重くなる。
クラウスも険しい顔をした。
「……やはり、そこまで腐っているか」
『腐敗?』
男は楽しそうに首を傾げる。
『違う』
『進化だよ』
赤い瞳が、静かに細くなる。
『神霊は選ばれた力だ』
『なら、人間側も進化しなければならない』
『適合しない者は淘汰』
『適合する者だけが残る』
『それが最適化だ』
リリアーナが震える声で言う。
「そんなの……!」
「人じゃありません!」
『人?』
男は小さく笑う。
『感情で泣き叫ぶだけの弱者が?』
『無意味だ』
『力だけが価値だ』
その瞬間。
黒雷が爆ぜた。
バチィィィッ!!
空気が震える。
レオンの目が完全に冷えていた。
「……なら」
一歩。
「お前、価値ないな」
男の笑みが止まる。
ほんの一瞬だけ。
「力しか見てない」
「名前を見てない」
「人を見てない」
一拍。
「そんな奴、いらない」
その言葉。
リリアーナの胸が熱くなる。
ルミアも目を見開いた。
レオンが、“人”を基準に怒っている。
昔の彼なら、こんな言葉は言わなかった。
男は数秒黙り。
そして。
『……なるほど』
静かに笑った。
だが今度の笑みは、少し違う。
興味。
観察。
研究者の目。
『やはり君は特別だ』
『実に興味深い』
「気持ち悪いですわね」
エリシアが冷たく言う。
男は視線を向ける。
『エリシア・フォン・ローゼンベルク』
『王都上位貴族』
『優秀な術式使い』
『第二適合候補だった女』
エリシアの表情が止まった。
空気が凍る。
「……今、何と?」
男は楽しそうに笑う。
『知らなかったのか』
『君の家も、赤眼と繋がっていたぞ』
その瞬間。
エリシアの顔色が変わった。
「嘘ですわ」
『本当に?』
『君の父は何故、あれほど神霊研究へ投資していた?』
『何故、適合率測定へ異常に執着した?』
『何故、君だけ特別扱いだった?』
一つずつ。
静かに突き刺さる。
エリシアの瞳が揺れた。
思い当たる節が、ある。
幼い頃から続いた検査。
異常なほど厳しかった教育。
“期待されていた”感覚。
でも。
まさか。
「……エリシア様」
リリアーナが不安そうに見る。
エリシアは数秒黙り。
そして。
「後で考えますわ」
静かに言った。
「今は目の前です」
その声は震えていた。
でも折れていない。
男はさらに笑う。
『強いな』
『だから適合候補だったのだろう』
その時。
レオンの黒雷が、さらに強く弾けた。
「おい」
低い声。
「次、余計なこと喋ったら斬る」
男は目を細める。
『怖いな』
「本気だ」
『知っている』
一拍。
『だから面白い』
その瞬間だった。
男の背後に、巨大な赤い魔導陣が展開された。
ルカの顔が真っ青になる。
「まずい!!」
「今度は何ですの!?」
「召喚陣だ!」
空気が凍る。
「赤眼は時々、“失敗作”を兵器化する……!」
赤い魔導陣が脈打つ。
ゴォォォォォッ!!
嫌な咆哮。
次の瞬間。
巨大な腕が、魔導陣の中から現れた。
黒い皮膚。
赤い血管。
歪んだ爪。
「っ……!」
リリアーナが息を呑む。
さらに。
頭。
肩。
巨大な身体。
十メートル級。
完全な怪物。
『実験体・グラン=ゼグス』
男が静かに言う。
『神霊暴走型融合兵器』
『地下施設の最高傑作だ』
怪物が咆哮した。
ゴァァァァァァァッ!!!!
学園中が震える。
生徒たちの悲鳴。
教師陣の動揺。
ルミアが震える。
「……いた」
小さな声。
「地下に、いた」
ユノも青ざめる。
「みんな、食べられた……」
レオンの目が変わる。
完全に。
殺意の色へ。
怪物の身体には、赤い術式が刻まれていた。
そして。
胸部。
そこに。
小さな名前が刻まれている。
【被験者No.08】
レオンの黒雷が暴れた。
バチィィィィィッ!!
空気が裂ける。
「……番号じゃない」
低い声。
怪物が咆哮する。
男は笑う。
『さあ、見せてくれ』
『失敗作と最高傑作』
『どちらが上か』
その瞬間。
怪物が学園へ向かって落下した。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
地面が砕ける。
結界が軋む。
教師陣が吹き飛ぶ。
「きゃああっ!!」
「結界維持!!」
「押し返せ!!」
だが。
怪物は止まらない。
赤い瞳。
歪んだ咆哮。
その口から、黒い魔力が溢れる。
ルカが叫ぶ。
「駄目だ!」
「暴走する!」
「近づけば全員――」
次の瞬間。
レオンが前へ出ていた。
黒雷が爆ぜる。
ヴァルガが笑う。
『いい顔だ、主』
ノワールも低く呟く。
『今度は、ちゃんと助けたいんだろ』
レオンは刀を握る。
静かに。
でも。
今までで一番強く。
「……ああ」
一拍。
「助ける」
その言葉と同時。
黒雷が空へ走った。
怪物と、レオン。
学園を守るための本当の戦いが、始まろうとしていた。




