第9話「王都の闇、暁の夜に統一される」
東の塔の夜は、以前とまるで違っていた。
冷たく閉ざされた孤独の塔。
誰にも顧みられず、捨て置かれた場所。
だが今は違う。
灯りがあり、温かな食事があり、人の気配がある。
石造りの円卓には地図と書類が広げられ、レオンを中心に全員が集まっていた。
ミーアは紅茶を配り終え、隣へ控える。
イグニスは机上で翼を畳み。
セレネは水球の中で優雅に揺れ。
ヴァルガは椅子へ逆さに座り。
ルミアとノワールは書類の上で喧嘩していた。
『こっちが上です!』
『邪魔』
『ひどいです!』
「静かにしろ」
二人が即座に姿勢を正す。
レオンは地図へ視線を落とした。
王都裏社会勢力図。
赤い印は、残る敵対組織を示している。
血爪団はすでに吸収済み。
残るは四つ。
「確認する」
低い声が響く。
「今夜で終わらせる」
ガルドンが震えながら拳を握った。
「お、お頭……本当に一晩で?」
「何か問題か」
「いえ! 敵が可哀想だなと!」
「余計だ」
ミーアが少し引きつった笑みを浮かべる。
「……本当に全部やるんですね」
「散らばっている方が面倒だ」
「合理的……」
レオンは指先で一つ目の印を叩いた。
「“灰狼会”」
「密輸専門です!」
ガルドンが即答する。
「違法武器、偽薬、盗品売買!」
「潰す」
次。
「“赤灯館”」
「裏娼館と美人局です!」
「潰す」
次。
「“泥蜘蛛”」
「恐喝、誘拐、賭場経営!」
「潰す」
次。
「“夜哭き梟”」
「暗殺請負、情報屋です!」
少しだけレオンの目が細まった。
「……使える者は残す」
「さすがお頭!」
「褒めていない」
ヴァルガが腹を抱えて笑う。
『判断が早ぇ!』
セレネが紅茶を揺らす。
『統一前に使える駒を見抜く。王向きね』
「やめろ」
その単語だけは、冷たく否定した。
王。
その言葉にだけ、今も棘がある。
レオンは立ち上がる。
「行くぞ」
王都の夜。
月明かりの下、最初の標的“灰狼会”の倉庫街。
荷車に紛れ違法品を流す組織。
見張りが煙草を吹かしながら立っていた。
「ん? 誰だ――」
轟音。
倉庫の扉ごと見張りが吹き飛んだ。
「ノックだ」
レオンが拳を下ろす。
「また雑です!」
ミーアが後ろで叫ぶ。
倉庫内では男たちが武器を取る。
「襲撃だ!」
「誰の縄張りかわかってんのか!」
「わかっている」
レオンの左眼が金に光る。
「今日から俺の縄張りだ」
風が唸る。
雷が走る。
武器だけが砕け、足元だけが凍り、逃げ道だけが影に塞がれた。
三分後。
全員土下座していた。
次。
“赤灯館”。
豪奢な屋敷型の裏娼館。
入口の用心棒が笑った瞬間、扉ごと天井へ刺さった。
中の女たちは保護され、客は全員裸足で外へ追い出された。
館主の妖艶な女主人は、レオンを見るなり膝をついた。
「あなた、好き」
「黙れ」
「もっと好き」
「ミーア」
「目を潰していいですか?」
「駄目だ」
結局、館は接客宿へ業態変更となった。
次。
“泥蜘蛛”。
地下賭場。
荒くれ者たちがカードを投げた瞬間、机ごと凍った。
「イカサマし放題だな」
レオンが呟く。
親玉は泣きながら帳簿を差し出した。
「返します! 全部返します!」
「最初からそうしろ」
最後。
“夜哭き梟”。
情報と暗殺を扱う最も厄介な組織。
薄暗い礼拝堂跡地に本拠を置いていた。
レオンが踏み込んだ時、すでに無数の気配が周囲を囲んでいた。
「面白い」
低い声が響く。
祭壇の上に、白髪の男が座っている。
夜哭き梟の長、クロード。
「他の雑魚を潰した程度で、我らに勝てると?」
「試してみろ」
次の瞬間。
四方八方から短剣が飛ぶ。
矢が飛ぶ。
糸が飛ぶ。
毒針が飛ぶ。
レオンは一歩も動かなかった。
「ノワール」
影が広がる。
全ての凶器が空中で止まり、逆向きになった。
「返却だ」
「な――」
次の瞬間、暗殺者たちは全員壁へ縫い付けられていた。
クロードの額から汗が落ちる。
「……化け物か」
「違う」
レオンが祭壇へ歩く。
「雇い主を変えに来た」
クロードは数秒沈黙し――やがて静かに跪いた。
「……暁の夜に忠誠を」
「賢明だ」
夜明け前。
王都裏社会は終わっていた。
暁の夜本拠地。
王都中央裏区画にある巨大な石造りの旧商館。
元は貴族の脱税用倉庫だった建物を接収した。
三階建て。
地下牢付き。
転移陣設置可能。
情報室、会議室、金庫、訓練場完備。
ガルドンが涙目で叫ぶ。
「す、すごい……! 我々にも本部が!」
「前は酒場だったものね……」
ミーアが呆れる。
広間には新たな幹部たちが並んでいた。
ガルドン。
赤灯館女主人・シェラ。
泥蜘蛛親玉・ボルグ。
夜哭き梟長・クロード。
元敵対組織の長たちである。
全員が、黒衣の少年の前で膝をついていた。
「確認する」
レオンが玉座代わりの椅子へ座る。
「俺は表に出ない」
「はい」
「暁の夜は合法と非合法の境界で稼げ」
「はい」
「弱者から奪うな。貴族と腐った商人から奪え」
幹部たちの目が輝く。
「おお……!」
「革命だ……!」
「かっこいい……!」
「うるさい」
全員静かになった。
ミーアは少し誇らしげだった。
「……主様っぽいです」
「やめろ」
クロードが一歩進み出る。
「お頭。表社会で動くための身分が必要かと」
レオンの目が細まる。
「続けろ」
「戸籍偽装、出生記録、商会推薦状、全部作れます」
ガルドンが胸を張った。
「そこは得意分野です!」
「誇るな」
「失礼しました!」
レオンは少し考えた。
王都を動くには、表の顔が要る。
裏の王では足りない。
「作れ」
「お名前は?」
広間が静まる。
レオンはゆっくり告げた。
「レイ・ノクト」
ミーアが少しだけ微笑む。
捨てた名ではない。
それでも、自分で選んだ名だ。
「平民出身、地方商家の養子。年齢十六。学力優秀。身元保証付き」
クロードが即座に書き留める。
「完璧に仕上げます」
「期限は三日」
「二日で」
「やるな」
「褒められました」
「気のせいだ」
幹部たちがどよめく。
主に認められたい欲が強すぎた。
レオンは立ち上がる。
窓の外には夜明けが差し始めている。
王都の表はまだ眠っている。
だが裏は、もう彼のものだった。
「次は表だ」
その一言に、全員の背筋が伸びる。
王家に捨てられた少年は今。
夜を支配し、朝へ手を伸ばし始めていた。




