第87話「王城内部の歪み、無能王子は“敵の中の迷い”を見る」
学園医務棟裏。
黒雷が、静かに空気を焦がしていた。
別動隊の騎士たちは動けない。
目の前にいるのは、東の塔に追放された“無能王子”のはずだった。
だが。
今のレオンから感じる圧は、明らかに異常だった。
暴力的。
なのに冷静。
怒っている。
でも暴走していない。
それが逆に怖い。
「答えろ」
クラウスの低い声が響く。
「誰の命令だ」
別動隊の騎士たちが顔を見合わせる。
言えない。
だが黙ってもいられない。
クラウスの目が、完全に戦場の指揮官のものへ変わっていた。
「副団長……」
一人の騎士が恐る恐る口を開く。
「これは……宰相府直属命令です」
空気が凍る。
エリシアの顔色が変わった。
「宰相府……!」
アルベルトが舌打ちする。
「やっぱりかよ……!」
クラウスの目が細くなる。
「私の命令系統を飛ばしたのか」
「し、しかし!」
騎士が慌てて言う。
「“被験者は最優先回収対象”と!」
「“必要なら処分も許可”と!」
その瞬間。
レオンの黒雷が爆ぜた。
バチィィィッ!!
騎士たちがびくっと震える。
空気が一気に冷える。
「処分」
レオンの声は低かった。
「また言ったな」
別動隊の騎士が後退る。
「っ……!」
「ま、待て!」
「俺たちは命令で――」
「だから何だ」
レオンが一歩踏み出す。
黒雷が地面を走る。
騎士たちの顔が青ざめる。
「命令なら、子供を殺していいのか」
「違う!」
「俺たちはただ――!」
「器だと思ってる時点で同じだ」
静かな怒りだった。
怒鳴っていない。
だが、重い。
その時。
「レオン」
クラウスが低く呼ぶ。
レオンは止まらない。
だが、視線だけ動かした。
「落ち着け」
「お前がやれば、完全に王城側へ口実を与える」
「……」
「“第一王子暴走”」
「“危険神霊契約者”」
「“学園側反逆”」
「全部まとめて使われるぞ」
レオンの黒雷が、少しだけ揺らぐ。
図星だった。
今ここで騎士を潰せば。
王城は確実に利用する。
地下施設の真実より、“暴走した第一王子”を広める方が簡単だからだ。
「チッ……」
アルベルトが悔しそうに舌打ちする。
「マジでクソだな、政治って」
「ええ」
エリシアが低く返す。
「だからこそ、向こうは慣れているのですわ」
ルカが静かに言った。
「赤眼も同じだった」
全員が見る。
「都合の悪い情報は消す」
「失敗は処分」
「暴走は危険存在として封印」
「王城は昔からそうやってきた」
一拍。
「だから、レオンを暴走扱いにしたい」
リリアーナの顔が強張る。
東の塔。
魔力なし。
無能王子。
全部。
最初から“切り捨てるため”だったのかもしれない。
レオンは静かに黒雷を収めた。
完全ではない。
まだ怒っている。
でも、止めた。
それを見て、クラウスはほんの少しだけ目を細める。
「……本当に変わったな」
「何回も言うな」
「事実だからな」
クラウスは剣を下ろした。
その動きに、騎士団側がざわつく。
「副団長!?」
「まさか撤退を……!?」
クラウスは振り返らずに言う。
「別動隊は下がれ」
「しかし!」
「命令だ」
低い声。
絶対服従の圧。
騎士たちが歯を食いしばる。
だが逆らえない。
「……了解」
別動隊が後退し始める。
リリアーナが少しだけ安堵の息を吐いた。
だが。
完全に終わったわけではない。
クラウスは再びレオンを見る。
「今回、私は引く」
アルベルトが眉を寄せる。
「意外だな」
「本気で戦えば学園側にも被害が出る」
「それは本意じゃない」
「王城騎士団のくせに優しいじゃねぇか」
クラウスは少しだけ沈黙する。
そして。
「……俺は騎士だ」
静かな声。
「子供を処分するために剣を持った覚えはない」
その一言。
王城騎士団側の何人かが顔を上げた。
驚いたように。
救われたように。
彼ら全員が赤眼側ではない。
知らなかった者もいる。
疑問を抱いていた者もいる。
クラウスは、その境界線に立っている人間だった。
レオンが静かに問う。
「なら、なぜ王城にいる」
クラウスは少しだけ笑った。
苦い笑い。
「簡単には辞められん」
「お前も王族なら分かるだろ」
レオンは返さない。
代わりに、クラウスが続ける。
「だが」
一拍。
「宰相府がここまで腐っているなら、話は別だ」
空気が変わる。
エリシアが目を細める。
「……それは」
「協力してくれる、と受け取ってよろしいのかしら?」
クラウスは即答しなかった。
王城騎士団副団長。
その立場は重い。
簡単に裏切れるものではない。
だが。
彼は静かに言った。
「少なくとも」
「子供を狩る側には立たん」
リリアーナが胸を押さえる。
敵にも、迷いがある。
全部が同じじゃない。
それは希望だった。
その時。
学園正門側で、大きな騒ぎが起きた。
「っ!?」
「何だ!?」
教師が叫ぶ。
空。
上空。
そこに巨大な魔導陣が展開されていた。
赤い。
嫌な色。
ルカの顔色が変わる。
「まずい……!」
「何ですの!?」
エリシアが問う。
ルカは歯を食いしばる。
「封鎖術式だ」
「赤眼の……!」
瞬間。
赤い光が空から降り注いだ。
ゴォォォォォッ!!
学園全体を覆う、巨大な赤い結界。
空気が重くなる。
生徒たちの悲鳴。
教師たちのざわめき。
カティアが即座に術式解析を開始する。
「これは……!」
「転移阻害結界!」
エリシアの顔が青ざめる。
「そんな……!」
「学園を完全封鎖する気ですの!?」
ルカが低く言う。
「赤眼は証拠を外へ出さない」
「そのための封鎖術式だ」
「つまり」
アルベルトが顔を歪める。
「最初から、全員消す気だったってことかよ……!」
空気が一気に戦場へ変わる。
クラウスですら目を細めた。
「……聞いていない」
「副団長!」
騎士団員が叫ぶ。
「これは宰相府直属の極秘術式です!」
「学園側が抵抗した場合、“危険区域指定”として封鎖――」
「チッ……!」
クラウスが完全に舌打ちした。
「本気でやる気か……!」
レオンは空を見上げる。
赤い結界。
嫌な感覚。
地下施設と同じ匂い。
閉じ込めるための力。
逃がさないための術式。
その瞬間。
医務棟側から、小さな悲鳴。
「いや……!」
ルミアだった。
赤い結界を見た瞬間、完全に顔色を失っている。
「やだ……!」
「閉じ込められる……!」
ユノも震えていた。
「また地下……!」
レオンの目が変わる。
黒雷が静かに広がる。
リリアーナがすぐ横へ立った。
「レイさん」
「……」
「大丈夫です」
彼女は真っ直ぐ言う。
「今度は、違います」
「みんないます」
「一人じゃないです」
その声。
レオンの黒雷が、少しだけ落ち着く。
エリシアも前へ出る。
「ええ」
「ここは東の塔でも地下施設でもありません」
「学園ですわ」
アルベルトが炎剣を肩へ担ぐ。
「しかも、結構めんどくせぇ味方が多い」
「誰がめんどくさいんですの?」
「お前ら全員」
「否定できませんわね」
バルドが巨大な戦斧を構える。
「さて」
軍人の顔。
完全に戦場の目。
「ここからが本番だ」
学園長も静かに前へ出る。
「全防衛結界、最大出力」
「教師陣は生徒保護優先」
「戦闘班は正門維持」
鐘が鳴る。
緊急警戒音。
学園中が動き始める。
王城。
宰相府。
赤眼。
そして学園。
ついに。
逃げ場のない衝突が始まろうとしていた。
その赤い空を見上げながら。
レオンは静かに刀を握り直した。
「……絶対に」
低い声。
「返さない」
その言葉に。
ルミアが涙を浮かべながら、小さく頷いた。




