第86話「第一騎士団副団長、無能王子は“守るための戦い方”を覚え始める」
ギィィィィィン――ッ!!
黒雷。
白銀。
二つの刃が正面から激突する。
衝撃波が学園正門前を吹き抜けた。
石畳が砕ける。
結界が軋む。
周囲の騎士たちが思わず後退した。
「速ぇ……!」
アルベルトが目を見開く。
「初撃でこれかよ……!」
エリシアも目を細めた。
「第一騎士団副団長……」
「想像以上ですわね」
クラウスは鋭い細剣を滑らせるように動かす。
無駄がない。
小さい動き。
だが、異常に速い。
レオンの刀を逸らし、そのまま喉元へ最短で突き込む。
「っ――!」
バチィッ!!
黒雷加速。
レオンの身体が雷と共に横へ消える。
突きが空を裂いた。
次の瞬間には、レオンの斬撃がクラウスの背後へ迫る。
だが。
「甘い」
クラウスが身体を半歩ずらす。
斬撃回避。
同時に回転。
白銀の剣閃。
レオンの脇腹を狙う。
ギィンッ!!
レオンが刀で受ける。
だが。
「っ……!」
重い。
速いだけじゃない。
細剣とは思えないほど一撃が鋭い。
クラウスが低く言う。
「迷っているな」
「何がだ」
「守りながら戦っている」
一瞬。
レオンの目が揺れる。
クラウスは見逃さない。
「以前のお前なら、もっと踏み込んだ」
「相打ち上等で首を取りに来ていた」
一歩。
白銀が閃く。
「だが今は違う」
「後ろを気にしている」
ギィン!!
再び激突。
黒雷と白銀が火花を散らす。
クラウスの言葉は正しかった。
今のレオンは、“守りながら”戦っている。
学園。
子供たち。
リリアーナ。
エリシア。
後ろに守るものがある。
だから、以前のような捨て身が使えない。
いや。
使いたくない。
その変化を、クラウスは見抜いていた。
「悪い変化ではない」
クラウスが静かに言う。
「だが、迷えば死ぬ」
瞬間。
クラウスの姿が消えた。
「――!」
速い。
今までで最速。
白銀の残光が三つに分かれる。
フェイント。
幻影。
本命は――右。
レオンが反応する。
黒雷加速。
ギィィィィン!!
刃が噛み合う。
だが。
クラウスの左手が動いていた。
「っ!」
肘打ち。
鈍い衝撃。
レオンの身体が吹き飛ぶ。
地面を滑る。
石畳が砕ける。
「レイさん!!」
リリアーナが叫ぶ。
だがレオンは即座に立ち上がる。
口元から血。
右腕の包帯も裂けた。
傷が開いている。
クラウスが目を細める。
「……本当に無茶をするな」
「お前もだ」
「仕事だからな」
「俺もだ」
クラウスが少しだけ目を細めた。
その時。
王城騎士団側が動いた。
「副団長の援護を!」
「突入準備!」
白銀鎧の騎士たちが一斉に前進する。
だが。
「行かせません!」
リリアーナの銀結界が広がった。
ガァァァン!!
騎士団の突撃が弾かれる。
同時に、エリシアの魔導陣が展開。
「氷結拘束陣」
青白い光が地面を走る。
騎士たちの足元が瞬時に凍結した。
「なっ!?」
「足が――!」
アルベルトが炎剣を振るう。
「燃えろ!!」
轟炎。
だが、直撃ではない。
騎士たちの進路を遮断するように炎壁を展開した。
ドゴォォォッ!!
爆炎。
騎士団が止まる。
「殿下!」
「本気ですか!」
「うるせぇ!!」
アルベルトが怒鳴る。
「ガキを実験台にしてる連中に従うかよ!」
その声は、王城騎士団側にも響いた。
騎士たちの何人かが動揺する。
「実験……?」
「本当なのか……?」
「副団長……」
クラウスは答えない。
代わりに、静かにレオンを見る。
「情報を広げる気か」
「隠す気か」
レオンが返す。
クラウスは沈黙する。
その瞬間。
ルカが前へ出た。
「隠していたのは事実だ」
騎士団側がざわめく。
「第五監察官……!」
「本当に生きて……!」
ルカは拘束具付きのまま、騎士団を見る。
「地下施設は実在する」
「被験者は子供」
「暴走個体は処分」
「失敗個体は廃棄」
「全部、本当だ」
騎士たちの顔色が変わる。
「嘘だ……」
「そんなこと、王城が……」
「ありえない……!」
クラウスだけが静かだった。
だが。
ほんの僅かに。
その目が揺れた。
「……ルカ」
低い声。
「お前、そこまで喋るのか」
「喋る」
ルカは即答する。
「もう、壊す側には戻らない」
一拍。
「名前を知ったからな」
その言葉。
レオンは少しだけ目を細めた。
クラウスは静かに息を吐く。
「面倒なことをしてくれる」
「今さらか」
「今さらだ」
その時だった。
医務棟側から、小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ……!」
リリアーナが振り返る。
そこには。
騎士団の別動隊。
いつの間にか回り込んでいた数名が、医務棟裏から侵入していた。
「子供たちを狙ってます!」
教師が叫ぶ。
空気が変わる。
レオンの目が完全に冷えた。
「……おい」
低い声。
クラウスが察する。
「別動隊か」
「知らなかったのか」
レオンが問う。
クラウスは数秒黙る。
そして。
「……私は、正門制圧しか命じていない」
その声。
リリアーナが目を見開く。
「じゃあ……!」
「独自行動か、別命令だ」
クラウスの目が鋭くなる。
「チッ……」
初めて、彼が明確に舌打ちした。
レオンはもう聞いていなかった。
黒雷が爆ぜる。
バチィィィッ!!
瞬間加速。
姿が消える。
「速っ――!?」
騎士団側が反応できない。
次の瞬間。
医務棟裏。
別動隊騎士の目の前へ、レオンが現れていた。
「な――」
言い切る前。
黒雷の蹴りが騎士を吹き飛ばす。
ドゴォォォッ!!
壁へ激突。
別動隊が一斉に剣を抜く。
「確保しろ!」
「被験者優先――」
その言葉。
レオンの黒雷が爆発した。
轟音。
空気が震える。
「名前で呼べ」
低い声。
別動隊が怯む。
「っ……!」
「化け物……!」
レオンの刀が静かに持ち上がる。
「もう一回言ってみろ」
怒鳴っていない。
でも。
圧が異常だった。
別動隊の騎士たちが汗を流す。
その時。
医務棟の窓が開いた。
「レオン!!」
ルミアだった。
ユノもいる。
別動隊の一人がそちらを見る。
「いたぞ!」
「確保――」
瞬間。
レオンの雷が爆ぜた。
バチィィィィッ!!
黒い閃光。
騎士の剣が、根元から消し飛ぶ。
「ひっ――」
騎士が顔を青ざめさせる。
レオンの声は低い。
「近づくな」
その一言だけで、別動隊が止まった。
怖い。
本能で分かる。
この男は、本気で怒っている。
しかも。
ただ暴れているわけじゃない。
ちゃんと“守るため”に怒っている。
だから余計に止まらない。
その時。
背後から白銀の斬撃。
クラウスだった。
「後ろだ」
ギィィィィン!!
レオンが振り返りざまに受ける。
衝撃。
火花。
クラウスは低く言う。
「周囲を見ろ」
「戦場で感情を優先するな」
「……分かってる」
「なら冷やせ」
白銀の剣がさらに押し込まれる。
「お前は今、怒りで速度が乱れている」
レオンの目が細くなる。
図星だった。
ルミアたちを狙われた瞬間、頭が熱くなった。
以前の自分なら、それで良かった。
だが今は。
守るものがある。
暴走すれば、巻き込む。
「守る戦いは」
クラウスが低く言う。
「壊す戦いより難しい」
ギィン!!
剣を弾き合う。
レオンは数歩下がる。
呼吸を整える。
黒雷が静かに収束していく。
リリアーナが少しだけ安堵した。
「……落ち着いた」
エリシアも静かに頷く。
「ええ」
クラウスは剣を構え直す。
「今の方が強い」
「お前、敵なのか味方なのか分かんねぇな」
アルベルトが呆れたように言う。
クラウスは答えない。
ただ。
医務棟側の別動隊を見て、冷たく言った。
「誰の命令だ」
別動隊が固まる。
「副団長……」
「答えろ」
空気が変わった。
王城騎士団側が、初めて揺らぎ始める。
そして。
学園と王城。
その衝突の裏で。
さらに大きな“王城内部の歪み”が、少しずつ姿を見せ始めていた。




